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夏草の中

本筋を外れて小代ちゃんにまつわるお話


 お盆の話の中で、小代ちゃんが出身の村の跡を見てみたいと言いました。小代ちゃんの記憶に村の名前がありましたから、ここから手繰ってみました。だいぶ前に集団離村して消えた村ですから、今の地図にはもう載っていません。

 岩手県の古い資料を調べると該当する村が3つ。うち1つは村内に小学校がありましたからここは違います。あと2つのどちらか。そのあたりの古い地図を探して村の名が記された場所を見ましたが、はっきりしません。国土地理院のページを探すと昔の航空写真がありましたから、これと小代ちゃんの記憶にある地形を照らし合わせてなんとか絞り込めました。細い川沿いに田畑があり、山裾に沿って家が並び、村の前で川が左に曲がっていて、村はずれから谷が二股になっている所。

 白黒の写真を拡大して見ると、建物らしい物が写っていました。これを今の地図に移して印を付けました。今の地図では、村の中を通るあたりに点線が描かれています。徒歩道、つまり自動車は通れない道の印です。小代ちゃんは村に来た自動車を見た記憶があると言ってたので、現役当時はある程度の幅の道があったのでしょう。最近の航空写真を見ると薄く道筋のように見えますから、山仕事の道ぐらいはありそうです。この無人の谷の下2kmほどの所を県道が通っています。ネット情報を手繰って見ると、けっこう険道っぽい(すれ違い困難)みたいですが普通乗用車が通れるとありました。ここまで僕の車で行き、そこから先は歩くことにしました。携帯が使えないかもしれないので、登山用のGPSを借りることにしました。


 高速道を5時間以上+下道を1時間以上+徒歩探索。日帰りは無理なので、軽い観光しながら花巻か盛岡あたりで一泊。朝早くに出て村を探して、現地を昼過ぎに出れば夜には帰れるというプランを考えました。陽子さんと珠子さんはタッちゃんの手伝いで機織神様の所のお祭りに出るというので、メンバーは僕と小代ちゃんとハルちゃんたちです。小学生の子ども連れ5人ですから宿が面倒です。思いつきで探すと、花巻から少し行った所に温泉宿がありました。ちょっと出費ですが仕方ないです。


 さすがに去年までのおんぼろ軽ワゴンとは違います。アップダウンの続く東北道でも流れに乗って走れます。途中で観光農園に寄って牛と遊んで、予定より早目に宿に到着。翌朝は朝食後すぐに出発して小代ちゃんの村を探しに山の方へ。街から離れると県道は段々と細くなって行きます。そのうちに中央の白線が無くなりましたが、その頃にはすれ違う車もほとんど無くなりました。道沿いには崩れかけた家が数軒かたまった場所~おそらく廃村がありました。半ば潰れた古屋には家財道具らしい物が見えます。いつか戻るつもりで戻れなかったのか、片付ける手間もかけられなかったのか。

 GPSで確認しながら走ると目的の分岐点は案外簡単に見つかりました。道は何かに使われているらしく、土の上にはタイヤの跡がはっきり付いていました。分岐の所が広くなっていたので、ここに車を置いてあとは徒歩です。荷物を背負って出発。


 道らしい姿なのは分岐から500mほど先の小川の砂防ダムまででした。ここから先は草藪ですが、掻き分けて通れる程度です。定期的に刈り払われているようです。山の管理道路にでも使われているのでしょうか、草の下には軽トラらしい轍が続いています。そして普段は人のかわりに獣が利用しているんですね。猪らしい足跡がたくさん。出会い頭に突っ込んで来られると恐いですが、バサバサがやがや騒がしい一行ですし、「あ、お肉がいる。」なんてアキちゃんが叫んだりしてますから、姿を見せてもすぐに逃げてゆきます。

 細道は小川に沿って小山を回るように曲がり、その先は少し広く平らな土地になっていました。GPSで確認すると、どうやらここから先が村の農地だったあたり。藪を透かして見ると、山裾に向かって地面が少しづつ段々になっています。おそらく、田畑の跡でしょう。平地の縁には丸石を積んだような所も見えます。すべて草と灌木に被われていて、雑多な樹木が生えています。農地が放棄されて40年あまり。どこからか運ばれて来た種子が育って、それなりの大きさの樹になるのにじゅうぶんな時間です。時間と労力をかけて拓いた農地が自然に戻りかけています。


 道跡を辿って進むと大きく古そうな樹がありました。「この樹、知ってる。村の入り口の山桜の樹。ここから道が、こ~ぅ続いていて。」やはりここが小代ちゃんのいた村でした。しかし村の道のあたりはしっかり根づいた雑木の茂みに閉ざされていました。鉈で伐りつけて通れる隙間を作りました。藪の薄い所は掻き分けて、濃い所は刈り払って、段々の農地の間の緩い坂道を少し登ると石積みで囲まれた平地に出ました。おそらくここが村の家が並んでいたあたり。農地ほどではありませんが、ここにも雑多な樹が生えています。しっかり大きな木は庭に植えられていたものでしょう。

 ちびたちはこっそり打ち合わせをしていたようです。「それじゃ、アレ、やるよ!」ハルちゃんがひと声。「ウィンド・カッタ~~ッ」って、あの回転式草刈りです。前に見た時より切れ味がずいぶんアップしてます。ハルちゃんが『ブヴ~~ブヴ~~』と言いながら茂みごと刈り倒して、ナツちゃんとアキちゃんが『ブフゥ~~』って吹き飛ばして片隅に集めて。一軒づつ家の跡が姿をあらわします。


 やはりここが村の場所でした。「あ、ここの階段、ヨシちゃんの家だ。ここに大きな門があってね。」小代ちゃんはこの村に長く居て、大勢の子どもと遊んだんですね。家も人の姿も無くなっても、その思い出は小代ちゃんの中に残っています。石積みの階段、家の基礎らしい跡、風呂場なのかコンクリで固めた所、敷地の片隅に屋根瓦がきちんと積まれている区画もいくつか。家は解体して跡地を整理して去って行ったのでしょう。そして持って行けなかった物も散らからないようにまとめて。

 「ここがトモちゃんの家。」2本の大きな柿の木がありました。「この木はね、甘いんだよ。でもずいぶん高くなっちゃって、はしごが届かないね。」小代ちゃんは僕たちに昔の村を案内してくれました。「トモちゃんはね、村にいちばん後まで残っていた子どものひとりなの。まだ生きているかもしれないね。」トモちゃんはこの柿の木を覚えているでしょうか。高い枝には青い実がたくさん付いています。穫る人がいなくても、秋には色づくのでしょう。

 石垣から張り出すように大きな木のある家。「これは紅と白の梅。サトちゃんとは良く遊んだんだよ。」敷地をぐるっと回りながら「こっちがお台所でね。」と。「サトちゃんはね、大きくなってわたしが見えなくなった時に泣いたんだよ。それからしばらくして、余所の村へお嫁に行っちゃった。」 台所だったと言う場所の近くに木箱の朽ちたような物がありました。そっと中を見ると、皿や鉢などが入っていました。持って行けない物を残して行ったのでしょう。大きさごとにきちんと重なっていますから、後から取りに来るつもりだったのかもしれません。「あ、この鉢、サトちゃんのお気に入りだったんだよ。」小代ちゃんは蓋付きの丸い大きな鉢を見つけました。「ほら、蓋と周りに蕪の絵が付いているでしょ。これにお漬け物を入れてたんだよ。」


 村の中を進んでゆくと、山へ登るような石段が出てきました。GPSで位置を確認すると、どこやらこの上に村のお寺があったようです。崩れかけた石段を避けて斜面を1段登ったところがお寺の跡でした。下の石積みだけ残っていてお堂はありません。横の方にはお墓を片付けた跡もありました。すべて片付けて村を閉じてここを去った人たちはどんな気持ちだったのでしょうか。お線香をおそなえした後、小代ちゃんは村の跡を見下ろして「ちゃんと後始末してもらってて良かった。」と。寂しい景色ですが、穏やかで荒んだ感じはしません。


 小代ちゃんは、あの蕪の絵の鉢を大事に抱えています。帰ったら綺麗に洗って、漬け物を盛ってあげましょう。帰りの車中でも、小代ちゃんは村の事をいろいろ話してくれました。いつか、村の子どもたちの思い出を物語にしたいと言ってます。


ちょっと長い話になりました。

実は・・・

座敷童が昔遊んだ子どもたちの思い出を語るという趣向で連作短編を構想していました。

この話は、その残渣のいくつかをひと絡げにした物です。


だらだら続いた太志君たちの話はあともう少し。

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