村の防衛戦
≪珠子≫
狼を退治した現場から村まではあまり遠くなかった。木戸のところで犬っ子たちが説明して、あたしたちはすぐに村に入れてもらえたよ。怪我している隣村の娘を抱えていたのもあったでしょうね。
村は柵で囲われているけれど、たくさんの狼を防ぐのはやはり厳しそう。集まった村人を見ると酷い怪我をした様子の男がたくさん。昨晩の襲撃の被害でしょうね。陽子さんの指示で、あたしは昨晩の様子を詳しく聞いたよ。
概要は、「陽が落ちてしばらくした頃に数匹が近づいて来た。」「夜中過ぎに群れがやって来た」「最初は数匹が近づいてきて、柵のあちこちに跳びついたりした。」「いちばん手薄な所が突破され、そこから次々と中へ入って来た。」「押し返すのがせいいっぱい。傷はつけたけど殺すことはできなかった。」「柵の破れ目を挟んで押し合うような戦いになった。」「明け方になって、やっと群れが引き上げて行った。」と。助けた隣村の娘の話もだいたい同じような感じね。
「周りを囲んであちこち一度に襲撃されたら、少人数では手のうちようが無いところだね。でもどうやらこの狼たちの戦法は弱点を突いて一点突破らしい。これならこっちも策はある。」というのが陽子さんの感想。先週のテレビの戦争映画かな?
「とは言っても2人では心許ない。わたしは一度帰って、ちびたちを連れて来るから。」 あ、あたしの着替えも持って来てもらわないと。
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≪犬人の女の子≫
わたしたちは村へ向かいました。助けた隣村のおねえさんは、狐のおばさんが抱いて運んでくれました。村の入り口で、わたしとアム兄ちゃんは異世界から助けが来てくれたことを話しました。みんな喜んでたけど、わたしたちはお尻を叩かれました。
猫のおねえさんの名前は「タマコ」様で、狐のおばさんは「ヨーコ」様だそうです。わたしたちの言葉がわかる猫人のタマコ様が質問をしました。昨晩の様子をもとに今晩の作戦を立てるそうです。その後は、ヨーコ様は仲間を連れて来ると言って一度帰りました。タマコ様は明るいうちにと戦いの準備をはじめました。
わたしとアム兄ちゃんは、村の人にさっきの戦いのことを説明しました。ほんと、あれはすごかったです。ヨーコ様は強い火魔法と土魔法を使いました。遠くの1匹を火の槍で焼き殺して、近くの1匹は土弾で打ち飛ばして倒しました。猫人のタマコ様は、一瞬だったからどんな魔法なのかわかりませんでしたが、走りながら手をひと振りしただけで狼の首を切り飛ばしてしまいました。
とにかく、牙が届かない距離から魔法技で一瞬で倒せるんだから、あれなら大きな狼を防げます。でも同時にあちこちから攻撃されたら防ぎきれないかもしれません。だからヨーコ様は応援を呼びに行ったんですね。
少し暗くなった頃にヨーコ様はわたしより小さな獣人の女の子を3人連れて戻ってきました。この3人じゃ助っ人にならないんじゃないかと思ったけれど、実はすっごく強かったんです。
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≪珠子≫
まずあたしは柵の点検ね。昨晩破られた所は修理されていたけど、そこは向こう側が少し高くなっていて跳び越しやすそうな場所。ほかにはここより弱そうな所は無かったから、この弱点はそのままにして、少し内側に別の柵を立ててもらったよ。ここに誘い込んで、集まった狼たちを順に殲滅する作戦ね。
陽子さんはちびたちを連れて来たよ。遠距離の戦闘はできないけれど、柵に近づけば鎌鼬の技が有効だし、入り込まれても近接戦闘で勝てるだろうから。私ほどでないけど夜目も利くから見張りにもなるし。こいつらって、けっこう便利なんじゃない。
で、持って来てくれた私の着替えって・・・らいむちゃんのくれたふりふりメイド服。こうなったら、派手に暴れてやろうじゃない。ちびたちは紺色ジャージの体操服。陽子さんはバイトで着てる黒のスーツだけど、あれって戦闘服なの?
まず、暗くなる前に、陽子さんに火炎の術で村の畑の向こう側の草原を焼き払って見通しを良くしてもらいました。草の焼けた臭いで狼の鼻も鈍るはずだし。それから、2重にした柵の間のところの土を柔らかい泥にしてもらって。これで多少は狼の動きを止められるでしょうね。
村人たちは貴重な食料を出してふるまってくれたけど。これを最後のご馳走にはしないからね。明日は勝利の祝宴だよ。
夜目の利くあたしは見張り台に上に。すっかり暗くなった頃に、草を焼き払ったあたりに狼の群れが現れた。その群れがゆっくり前に出たのを見て陽子さんに合図。陽子さんの大火炎の術で先制攻撃ね。群れのほとんどは火傷を負ったようで、群れは大混乱。連携もなしに散開して柵に近づいて来たね。
先頭の狼が柵に近づいた頃合いで、裏手の柵で待機していたちびイタチたちに警告。裏手の守りが堅いと判れば、弱点を探しに畑側に戻って来るはずだから。
予想どおり、畑の側に集まった狼は柵を跳び越そうとしたね。陽子さんは照明がわりに中空に火炎を浮かべておいて、トラップ以外の所へ近づく狼は土塊をぶつけて排除。私は柵を越えようと跳んでくるのを1匹づつ斬撃でサクっと。同時に3匹ジャンプされると討ち漏らしが出るけど、柵の内側の泥にはまったところを村人が槍でつんつん。村人にも戦ってもらわなきゃ。1時間もたたないうちに狼の攻撃は終わり。最後に、逃げようとした数匹は陽子さんが炎槍をぶつけて倒してしまった。結局あたしがエプロン翻してジャ~ンプという見せ場は無しだったね。
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≪犬人の男の子≫
いよいよ今晩が最後。これで狼を防げなかったら明日はない。とっておきの食料を出してみんなで食べたあと、戦いの準備をしました。ぼくたち男の子も武器を執れるものは柵の内側で家を守る列に加わりました。ヨーコ様が応援に呼んだのは妹よりも小さい女の子でした。イタチという獣の獣人らしいです。こんな子が戦えるのかと思ったけど、風の魔法を使って遠くの敵を切り裂くことができるんだそうで、これで柵に近づく狼を食い止めるようです。
戦いはヨーコ様の火魔法で始まりました。火傷させて混乱させるための攻撃だったそうですが、何匹かは焼け死んでいました。そのあと、昨晩のように狼たちは柵に走り寄ってきました。イタチの女の子が小さく腕を振ると狼がつんのめるように転びました。立ち上がった狼はもう走れなくなっていて、そこへもう1撃2撃。次々と斃しましたが、2匹同時に走って来た時は防げませんでした。1匹がたおされる間にもう1匹が柵を登って来ました。気づいたぼくはあわてて木槍を突き出したけれど、掠っただけで乗り越えられてしまいました。その狼はイタチの子にとびかかろうとしましたが、身軽に跳んでかわしながら、その子はくるっと回って小剣を狼の首に刺しました。ほんと、一瞬でした。狼が斃れると、その子は何もなかったように再び柵の横に立ち、風魔法を放ってました。イタチって全然知らないけど、実はものすごい戦士の種族なのかもしれません。
その間に、畑の方の柵の「トラップ」の所で狼たちがたくさん退治されていたそうです。友達のトニ君はそっちにいたそうですが、柵を越えるところを猫人のタマコ様が斬り倒して、なんとか越えたものも泥の罠にかかったところを村の大人が突き殺すという、昨晩とちがって一方的な戦いだったそうです。そしてこの間、村の上には大きな炎が浮かんであたりを明るく照らしていました。火魔法をこんなふうに使うなんて聞いたことがありません。ヨーコ様ってすごい魔法使いです。
朝になってあちこちに散らばった狼の死骸を集めました。昨晩襲って来たのは全部で38頭。逃げようとするのも追撃したというので、おそらくこれで全部でしょう。ぼくのいた裏の柵の外には12頭も斃れていました。傷を見ると、前足の腱を斬って走れなくしておいてから首の血管を切り裂いたようです。一瞬で剣を刺した技もすごいけど、すごく戦い慣れている感じです。
戦いが終わってから、村の子どもみんなでイタチの女の子のところに挨拶に行きました。昨晩ぼくの近くにいた子は「ハル」ちゃんと言うらしいです。タマコ様と違ってこの子たちもぼくらの言葉はわからないようですが、そこは子どもどうしで、なんとなく仲良くなれました。目がくりくりっとして、すっごくかわいい子です。




