黒犬の伝説 (村の物語)
この谷間の犬人の村には昔から伝わる話があります。
ある時、村の近くの山の洞窟の前に大きな黒い犬人が倒れていたそうです。その男は何と戦ったのか全身傷だらけでした。村へ運んで介抱しましたが、どこか遠くから来たのか、言葉が通じませんでした。最初のうちその男はたいへん険しい顔をしていましたが、村の娘のひとりが傷の手当てをして世話をするうちに少しづつ穏やかな顔になって行ったそうです。
その男はたいへん力が強く、薪割りなど村の仕事を手伝いました。こうしてしばらく養生するうちに、少しづつ言葉も覚えてその身の上を語りました。
その男の国はこことは異なる神が司っていました。男はもともとは犬だったそうで、猪の群れが村を襲った時に困った村人が神に祈り、神は黒犬を神の使いとして村に送って猪を退治させたそうです。黒犬はその功績で神から人の姿を与えられ、人となった黒犬は村人の娘と結ばれたそうです。
神が人を助けるために獣に人のような姿を与えたのが獣人の始まりというのがこの世界の言い伝え。神は違ってもよく似たことがあったようです。そして獣人と人が仲良く暮らせないのは向こうの世界も同じだったようです。立派な功績を立て神に認められても元の生まれは犬と、その男を快く思わない人もいたそうです。結局その男は愛してくれた妻も子も失い、復讐は果たしたものの、心の傷を負ったまま神殿の裏の洞窟に身を隠したという話でした。
向こうの世界で人のために働いたけれど人に受け入れられなかった者を、こちらの世界の神が呼んでくれたのかもしれない。向こうでは懸命にがんばったけれど、何も守れずに何も得られなかった。許されるならこの村で暮らしたい。人より一段低く見られながらも楽しく暮らす村の犬人たちを見て、男はそう思いました。男は村人に混じって畑を耕す生活を始めました。最初は怪しいよそ者と思っていた村人もだんだんこの男を受け入れるようになりました。
翌年、突然に化猪の群れが山から現れてあたりの村々を襲いました。化猪は男の住む村にも襲って来ました。猪と戦うのは昔に神から自分に与えられた使命。だけど今度は自分のため、自分の住む村の仲間を守るために戦う。男はそう言って、自分の剣を取り出し村の畑の前に立ちました。そして化猪を次々と討ち取りました。そして自分が守り切った村の収穫を祝う祭りの日、男は傷ついた自分を助けてくれた村の娘におそるおそる求婚し、娘はそれ喜んでを受け入れ、村人たちは皆それを祝福しました。
黒犬の男は愛する妻との間に何人もの子どもをもうけて村で幸せに暮らし、彼の子孫の犬人たちは勇猛な狩人として猪や害獣からあたりの村々を守ったそうです。今でもこのあたりの犬人は自分たちを黒犬の末裔と思っていて、大事なものを守るためには躊躇わずに戦うのが勇者の証しだと言います。




