魔獣討伐軍・準備中
お話は春の連休の後あたりです。
魔獣討伐軍との応対はジミー君とタッちゃんに頼りきりです。
≪ジミー君≫
向こうの村から急ぎの連絡がありました。魔獣討伐の軍が編成され、指揮官たちが谷の下の砦に到着したので、猫人村と犬人村から歓迎の挨拶に行くので顔繋ぎにこちら側からも誰か同行して欲しいという事でした。受け入れ準備とか早く取りかかった方が良いですから、作戦とサポートを担当するボクとタッちゃんが行くことにしました。
砦の広間を借りて、獣人村主催で討伐軍の指揮官と士官様御一行を歓迎する会。猫人の村と犬人の村の代表と縞猫商会の会長と頭取夫妻、ボクとタッちゃんも隅の方に混じらせてもらいました。縞猫商会の商会長さんって若い女の子ですけど、獣人を従える人間の商会長として貴族様にちょっと堅苦しく御挨拶。
挨拶の中で、商会が拠点にしている村を守ることになるので、商会と各村が共同して防衛の一部を負うつもりでいること、討伐軍が快適に過ごせるように準備をしている事が説明されました。
「前回の暴走の時には、村は討伐軍に任せっきりでした。その結果、上の方で魔獣を削りきれず、指揮官様が負傷されました。今回は猫人村だけてなく上流の犬人村とも共同して、上の方から少しづつ削ってゆくのが良いと考えました。軍略に詳しい方の指導をいただき、商会の資金と村人の労働力を活用して、村の要所に地形を利用して防衛の土塁や柵を築いています。村の防衛には、軍の兵士様のお力を割いていただかなくても済むと思います。」 だいぶぼかしてますが、こっちはこっちでやってるから気にするなってことですね。
「上から削って残った魔獣については、やはり軍の精鋭の方に当たっていただきたいと思っています。そのため、谷のいちばん下の砦に近い村を片付けて、軍の精鋭と指揮官様が安全に泊まれる場所を用意しています。しかし長い線で削るためには、ある程度の人数が必要です。言い方が良くないかもしれませんが、戦闘力や練度で分けて、どちらかと言うと精鋭の兵士さんではない方を獣人村の方に配置させていただけないでしょうか。」 指揮官は獣人を好いていないらしいですから、獣人と人間という感じに分けてくれそうです。
「指揮官様御一行の泊まる場所は拵えましたが、村は貧しくたいしたもてなしもできません。魔獣暴走の前兆を逃さぬよう、峠を越える者などから情報を集めておりますので、それまでは砦で快適にお過ごしください。」 まあ、できるなら駐屯は短期間の方が良いですね、お互いに。
「あと、こちらの受け入れ担当の獣人が、そちらの補給や人事担当の方と相談したい事があるらしいので、許可をいただけないでしょうか。」 下っ端が勝手に実務の打ち合わせするって、話の流れに紛れ込ませて許可貰う作戦ですね。
その後は立食形式で会食。「なにぶんにも、貧しい獣人の村ですので、貴い方々のお口に合うような物ではありませんが・・・」と村長さん。村の貧しさを強調しています。
副官というのは指揮官の友人だそうで、やはり軍務の経験は皆無のようでした。「人事?どこの領地から何人来たか人数は砦の衛視が数えるから。部隊編成?そんな物要らんだろ。ああ、傭兵のとりまとめ役と奴隷の監視役が領主の軍から来てるなあ。詳しいことはそいつらと決めていいぞ。」 こちらで個別に面接して技能や配置希望を聞いても良いかと尋ねると、「そっちでやってくれるなら、大助かりだな。人数のまとめだけ、後でくれよ。志願兵は慰労金を出さなきゃいけないからな。」と。これはいい具合です。ならば適材適所。技能を持った人材は一人でも多く確保したいです。「陣地や駐屯地の整備に人手が要りますので、先に到着した獣人の中に使えそうな者がいれば、先に村へ来させていただけないでしようか。あ、もちろん、本人の希望は尊重しますので。」「正規兵を使われると困るけれど、奴隷兵なら好きにしてかまわんぞ。ああっ、女はなるべく残しておけよ。」
補給担当は領主の軍から派遣でした。やはり、村へ移動後の食料はほとんど用意されていませんでした。駐屯1か月とすると50人分ぐらいです。砦からいくらか持ち出すとしても、駐屯期間を短くしないと苦しいですね。志願兵だから自前が原則という理屈でしょうか、防具の支給は全然無し。ただ、これは戦時扱いなので、集結した後は長い剣を持てます。そのため護身用より長い18インチの剣がたくさん用意されていましたが・・・見るからに粗雑な鋳物の剣ばかりでした。間合いを取れそうな長柄の武器を尋ねたのですが、「本当はそれが良いのだけどね。そっちで準備してもらえると助かるなあ。」と言われました。逆に見れば、使う武器や戦い方もこちらに任せてもらえるという事です。奴隷兵も半数以上は護身用の短い剣を持っているらしいので、これに柄を付けて銃剣のようにする方が実用的かもしれません。
兵士と奴隷のとりまとめ役は領主の軍の退役士官様でした。どちらも真面目な軍人という感じです。部隊を大きく2つに分けて、主に奴隷兵を谷の奥の駐屯地に置いて村の防衛にあたらせ、司令部と正規兵や傭兵を中心に谷の下側の駐屯地に配置して谷を抜ける魔獣に当たるという計画を説明しました。こちら側が獣人と人間の兵士を分けたいと思っている事はすぐに気づかれました。「そっちは猫人と犬人の村だもんな。村には獣人を回す方がいいだろう。魔獣も面倒だが、横柄な人間があちこちで身勝手されると余計やっかいだろうからな。」
今のところ判っている人員は、人間が約1/4で獣人が3/4ぐらいらしいです。予想以上に獣人の割合が高いです。「人間の奴隷にはハンターや護衛の経験者も多いだろうから、これは傭兵と一緒に戦えるだろう。」「確かに。兵士と奴隷と分けるより、戦い慣れた者と戦えない者に分けるのが合理的だろうな。しかしそうなると、経験の無い者ばかりで魔物相手にどのぐらい生き残れるかな。」やはりお二人は軍人らしい視点で見ています。
そこで、村の防衛体制について説明しました。「昨年から魔獣暴走の気配があり、自主的に準備を進めて来ました。魔獣の通る道筋を固めて、村の周囲には土塁と柵を築きました。奴隷兵には村人とともに柵の内側で魔獣の侵入を食い止めてもらいたいのです。これなら熟練の兵士でなくとも損耗は少ないはずです。魔獣には川沿いの低地を進行させ、村のある段には登りにくいようにします。兵士の方々には、村を抜けて谷へ下る魔獣に対して、少し離れて横から攻撃していただきたいです。これならあまり危険は無いはずです。」「確かにそれなら安全だろうな。しかしそれなら、数が多いまま谷の下まで降りてしまうんじないかな。」 有能な軍人さんみたいですね。
やはり手札をオープンにしなきゃいけませんでした。「実は、村の守りとは別に川沿いで魔獣を削る策を立てています。魔術師を中心に高い攻撃力を持つ者を集められました。これを谷の途中の3~4箇所に配置し、近くを通る魔獣を攻撃して削ります。」正しくは妖怪の妖術ですが、こちら風には魔術師の魔術ですね。「魔獣を相手にできる魔術師を集めたって、魔力持ちの傭兵は高いだろ。猫人の商会の力か?」「まあ、いろいろ付き合いというか伝手というか。あ、ボクたちもその関係でこの仕事してるんですよ。」だいぶぼかしてますが、なんとなく察してくれたみたいです。「だろうなあ、このへんじゃ狐人って珍しいしな。」
お二人には司令部の方に残って貰うつもりだったのですが、「んじゃ、御前は兵士の監督役なんだから司令部の所な。儂は獣人の所な。」「司令部って、あの子爵のお坊ちゃんの所だよなあ。俺一人じゃ辛いなあ。」「儂は奴隷の監督役だからな。確かに、獣人の村の方が気楽だろうな。」どうやらお一人は犬人村へ来られるようです。「あ、儂らは貴族じゃないし、獣人だからって嫌っていないから心配は無用だぞ。」「俺もそうだけど、兵士には庶民の出もけっこういるんですよ。俺のオヤジは探索者で、子どもの頃は犬人とも一緒に遊んだりしてたんですよ。」
各地からの奴隷兵が集まりだすのは10日ほど後というので、その頃にまた砦に来る事にしました。ボクとタッちゃんと交替で詰めて、到着した者から順に調査票のような物を書いてもらうようにします。
村では、柵や土塁や建物とか、まだしなきやいけない工事が残っています。武器や防具の準備も要ります。人が集まるのだから、食事の世話も必要です。技能を持った人材はいくらでも欲しいです。まず配置希望を訊いて、経歴や技能から使えそうな者を選って、なるべく早く村へ来て働いてもらえたら助かります。そのうちのいくらかは、暴走の後も村に残って貰えるでしょうか。犬人村は昨年の狼の襲撃で働き手が不足しています。猫人村も前回の暴走の大被害から回復していません。さて、どんな人が来るのでしょうか。




