[1.0]
書きたいが行動に繋がらなかった1年。
ゆっくりまったりやっていきます
「ありがとうございました――」
柔らかな笑顔が印象的だったお姉さんの声を背中に受けて、店の外へと足を踏み出した途端体にカラリとした熱気が伝わってきた。
カランカランと心地いい音を鳴らすベル付きのドアを後ろ手に閉めながら空を見上げる。
今日もいい天気。絶好のお祭り日和っていうやつかな?もくもくとわたあめみたいな入道雲が浮かぶ空は快晴とは呼ばないらしいけれど、入道雲が浮かぶ飲み込まれるような青空は何気なしに眺めていても心が弾む。
こんな気持ちのいい日に、こんなにいいお店に出会えるなんて!
お客さんに届け物をして帰る途中に道を間違えて、道を1本踏み入ったのが今日の幸せに出会えるポイントだったんだなぁ等とぼんやり考えながら、今回の掘り出し物を食べる場所を探して歩く。
さっき買ったお店の紙袋からは香ばしくて芳しい香りがずっと漂ってきていて、気を抜いたらお腹が鳴ってしまいそうだった。
周りに人はいないし別にいいかとも思うのだけれど、ここには人じゃない隣人たちが沢山住んでいる。
いくら周りにいるのが言葉はかわせないけれど様々な色で光りながらふよふよと漂う精霊達しかいないとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
気分かもしれないけど、精霊達もからかうようにくるくる回ったりするからやっぱりここでは気は抜けない。
再度決意を改めて美味しく昼食を取れる噴水でもないかと歩き出した時、何かが意識の端で静かに変わった。
何が変わったのか、すぐにはわからなかったけれど、胸の奥がチリチリと震えるような違和感を感じて、それでも何もないし気のせいかとまた歩き出して、それでも胸の奥の違和感は取れなくて充てなく歩き回り、数分進んだ時、大通りだと思われる方向から人々のざわめきが聞こえてきた。
やっぱり何かあったんだろうか。どうしようもなく胸はチリチリと不安に焦がれて、何がそんなに不安なのかもわからないまま足はだんだん騒ぎの中心へと無意識のうちにかけていく。
この騒動が済んだら少し冷めてしまうだろうけど、今日の幸せの昼食を取ろうって決意しながら進んでいく。
段々と人が増えてきて、うまく前に進めなくなってきて焦燥が募って、前に進めば進むほど心のざわめきは大きくなって、怒鳴られることも覚悟しながら人波を分けて、くぐり抜けて、とにかく前へ、前へ進んでいく。
進んで、進んで漸く人の先に光が見えてきて、広場が見渡せる位置に出るーー突然、何かに顔から突っ込んだ。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
壁、のような。少なくとも人の硬さではなかった。壁にしても、人にしても前に誰もいないし何も無いことを確認していたのにどうしてこんなことになってしまったのか。
痛みに座り込んで空を仰ぐと、
「っ!?」
夜だった。
おかしい。あまりにもこれはおかしい。
だってさっきまで太陽が登っていて、昼食を買って、精霊達と戯れて、入道雲が青空で、人並みをかき分けていたときでさえ夜の気配なんて欠片もなかったのに。
それに、この夜はあまりにも静かだった。
周りには他の人がいたはず。自分がぶつかった壁のようなものもなにかわかっていない。
まずは、とあたりを見渡してみると、200mくらいの円に綺麗に並んだ人々が見えて、どこかで見たことのあるような顔もあるからきっと街の人なんだろうけど何故彼らが一言も話さずにこんなに綺麗に円に並んでいるのかがわからないし、信じられないくらいに不気味だった。
そして、よく観察してみると更に不気味なことに気付いて、彼らは一言も話していないのではなくて、話しているけれどこのあたりの空間は一切の音が聞こえないようだった。
唯一の利点は錯乱している人の狂気が音を伝って辺りに伝わらないことくらいだろうか。そうでなくともこの場にいる時点でもうどこか狂っているんじゃないかと自分を疑わなければこの連続した異常についていけそうになかった。
それにしても、この透明な壁は俗に言う結界、っていうやつなのかな?全てを拒絶して、一部のものだけを受け入れる、壁か膜かはわからないけど、意志みたいなものをこの結界からは感じる。その一部が何なのかはわかんないけど…
目の前の結界についていると、周囲にいた人がみんな空を見ていることにふと、気がついた。何故今更空をと思いながらも倣って空を見上げると、結界を見て考えないようにしていた胸のざわつきがどんどん大きくなってきていて、不安で、不安で仕方が無い。
きっと、ちょうど全員の視線を空が独り占めした頃、ある1点に黒い点が現れた。
点だと思っていたものはだんだんと大きくなり、穴が大きな穴に変わる頃になると、人々は皆安心したような表情を浮かべた。
でも、まだだ。この胸のざわめきはまだ止まっていない。この後に何が起こるのかわからないけど、そんなに酷いことが起こらなければいいのに、と思う。
そして、その時は来た。光を吸い込むような黒の中に虹色の光が飛び交う穴の中から、ゆっくりと、だけど徐々に加速しながら何かが落ちてきた。後にも先にも落ちてきたのはその一つだけで、周囲の人々は期待を一転怪訝な表情を浮かべている。
周りの人を横目に、胸さわぎはこれかと思った。何か、じゃない。人だ。紛れもなく落ちてきているのは人だ。あの人だけは絶対に落としちゃいけない。自分だけど自分じゃない何かが叫ぶ。落とすな、殺すな、助けろ、と。見つけた。見つけた。彼が、私がーーーーーー
助けないと、そう思った途端、目の前の結界を自分の手が突き抜けて、そのまま結界の内側へと倒れ込んだ。
兎に角、中に入れたのは自分だけで、驚きの表情で自分を見つめる群衆を尻目に駆け出して。
後先なんて何も考えられなくて、自分が人目を偲ぶ理由すら忘れて、全力で彼の下へ急ぐ。
駆け出すまでに時間がかかってしまったせいで、彼の体が落ちてくるスピードは刻々と上がってきていて、下で待っていたのでは受け止めきれないだろう事が分かるから、今だけは結界があって良かったと誰でもいいから感謝しながら風をおこす。
彼のスピードを弱めながら、私は彼の下へ、私の力だけで果たして止められるだろうか。
嗚呼、やっと辿り着いた。
この高さからの落下だけれど、私と風がクッションになればきっと助かる。助けてみせる。多少人より身体の頑丈さに自信がある。
あの人達も来ていることがここから見えたし後はきっと大丈夫。
夜の空に光がきらきら。精霊たちを纏って真昼の真夜中を自由落下。
セカイの夜明けを知らせる流星みたいだ。