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相矢印  作者: 雪見桜
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俺と恋敵



灯里が真山さんのことを本格的に気に入ってしまったらしい。

突然のお宅訪問宣言から一週間経ってもなお毎日真山さんの話題を楽しそうに口にする弟。



「陽菜ちゃんってば俺の顔見た瞬間全力疾走で逃げようとするんだよ。まったく酷い話だよねー」



…頼むからこれ以上北上家の評判を落とさないで欲しい。

お前は真山さんと一言も喋るな。

そう言いたい気持ちは山々だが、本人に一声すらもかけられない俺に言う資格がないというのも分かっているつもりだ。癪だが。


しかし、あの誰にでも執着しない灯里をここまで懐かせるなんてつくづく真山さんは不思議な人だと思う。

もしかしたら兄弟で好きになる人のタイプも被ってしまってるのかもしれない。

そこまで考えて教室へと足を運んだ時のことだった。



「ちょ、まじかよ」


「うわ、やばいだろそれ」



何やら教室中が騒がしい。

ザワザワといつも以上に言葉が飛び交っていた。




「なんかあったのか?」



普段とのあまりの違いに、思わずそこら辺にいるクラスメイトにそう問う俺。

続いた言葉に絶句した。




「あ、北上!お前知ってた?森崎と真山ができてるんだって。あり得ねえよな、全っ然イメージできねえ」



それは俺がつい一週間前に知ったばかりの事実。



「やっぱ驚くよな、うわー森崎って少女趣味ないと思ってたのに」


「なんだお前らも同じ話してんのか?いやまじすげえよな、さすがにちょっと引くわ」



明らかにガキに興味なさそうな森崎と明らかに恋愛ごとに疎そうな真山さんの組み合わせは、高校生にとっては随分と衝撃的な事件だったらしい。

いや、俺も衝撃的すぎてまだそのダメージが抜けちゃいないんだけどさ。

しかしそれ以上に真山さんのことが心配になってしまう。

どこからバレただなんて考える余裕はない。


ただ、こんなバレ方をしたら真山さんがタダじゃ済まないことは俺にだって分かる。

それを一度考えてしまうと今までのウジウジした気持ちなんて軽く吹っ飛ぶ勢いだった。



「それで真山さんと森崎はどこにいるんだよ?」


「さあ?でも誰かが呼びだされてたって言ってたから職員室じゃね…っておい、北上!?」



その言葉を聞きだしてすぐさま飛び出す俺。

今が昼休み明け間近だなんて関係なかった。


ただ一心に職員室を目指す俺。

何をするかんなんて考えちゃいなかったけど、とにかく何かしなくてはと相変わらず頭の悪そうな思考で我武者羅に走る。

目的地に着くころには息が上がっていて。

少し息を整えてからいざ職員室に入ろうとしたその瞬間。



「…何やってんだよ、お前」



そこには絶体絶命にはおおよそ見えない噂の当事者がいた。

相変わらず呆れたような顔を隠そうともしないで腰に手を当てて俺を見下ろしている。


…なんでこんな時まで余裕なんだよ。

真山さんの心情を思うと腹が立ってくる。

しかしそんなこと言ってる場合じゃないのも分かってた。



「あの、噂聞いたんですけど」


「あー、だろうな。…ったく、その積極性をもっと早く出せっつの。ろくでもねえ」


「は?」


「なんでもねえよ。さっさと来いボケ」



職員室にいざ踏み込もうとしていた俺は、何故か首根っこを掴まれ逆方向に引き連れられて行った。

たどり着いた先は言うまでもなく森崎のテリトリーだ。

いつも通り淀みなく椅子にどかりと腰かけ舌打ちひとつ。

当然だが相当不機嫌だった。



「で、聞きたいことは何だ」


真っ直ぐ俺を見つめてくる森崎。

心底面倒そうに装ってはいるがその目は真剣そのもので。

ゴクリと息をのみこんで、俺も見つめ返した。



「先生、真山さんと付き合ってるって本当ですか?」


「知ってどうすんだよ」



聞けと言うから聞いたら、そっけなく返される答え。

さすがに我慢が切れて鋭く森崎を睨んでしまう。

どうしてこの人はこの事態でも態度を変えないんだ。

もし真山さんが本気で困っていたら、この対応ははっきり言ってそんな彼女を追い詰める行為だ。

森崎と真山さんの関係を知ったことはショックだったが今回のこの森崎の態度はそれ以上に腹が立つ。


俺は人の欠点を指摘できるほど大層な人間じゃ間違えてもないが、他人に対する配慮ができない行為が心底嫌いだ。

私情は大いに混ざっているがそれを抜いたって今森崎がしていることに対して同意はできなかった。



「あのな、北上」



いざ怒鳴ろうとした時、静かに森崎は口を開く。

今度はなんだとイライラしながら息を吐けば、相手は頭をだるそうにかきながら話し始めた。



「お前が腹立ってる理由は分かるつもりだ。お前がアイツを好いてんのも知ってる」



いつもと同じテンポで、しかしいつもより少し真剣な声色の森崎。でもな…と声は続く。



「何も伝えようとしないお前に何で俺がとやかく言われなきゃいけない?お前はいっつもそうやって陰で指くわえて見てるだけじゃねえかよ。んなもんでお前に腹立てられんのも理不尽な話だ」



淡々と直球で響く森崎の言葉に、心臓が抉られるような感覚に陥った。

言っていることは確かに正論で、俺自身どうにかしなければいけないと思っていたことだったから尚更だ。


でも、だからって。

今回の俺の心に宿った感情は強かった。



「そのことと真山さんは関係ないだろ!俺は確かに先生の言うようなどうしようもない奴だけど、だからって真山さんを傷つけるようなことは許せねえよ。ふざけんな!」



それまで溜めていた想いをぶつけるように声を上げる。

子供じみた言葉だと思うけど、それでも今の俺には精いっぱいの言葉だ。

緊張と怒りで息が上がったまま森崎を睨めば森崎はそこでやっと椅子から立ち上がり俺の目の前にきた。




「だったら、動けアホ」


「だから…!」


「言えんじゃねえかよ、ちゃんと自分の気持ちを。行動できてるじゃねえか」



大きくため息をついてガシリと俺の頭を掴む森崎。

ムッとしてその目を睨めばニヤリと口角を上げていた。



「お前本気で良いのか?このまま告白もしないで陽菜と離れ離れになっても」



からかうような言葉にまたすぐ我慢の糸が切れそうになる。

しかし、離れるという言葉に反応してしまいハッとした。



「別に俺はどっちでも良いけど。でもまあお前と違って大人だから、それくらいの機会は与えてやるよ」




森崎はフッと鼻で笑って俺から離れてまた椅子に座る。

こんな状況にならないと覚悟を決められない俺は、本当どうしようもないヘタレなんだろう。

けど、それでも悔しいことに森崎の言葉で吹っ切れた気がした。単純なことに。



「陽菜なら中庭にいるはずだ。行くならさっさと行け」



もう話すことは無いとばかりにシッシと俺を手で追い払う森崎。

俺もとにかく真山さんに会いたくて、足を進める。

そしてドアに手をかけるその瞬間、ただひとつだけ聞きたいことがあって振り向いた。



「先生は、真山さんのことどう思ってるんですか」


「ああ?あんなんはただの腐れ縁だよ。ただ危なっかしくて仕方ねえ、目離せないアホだ」



森崎らしい答えにチッと舌打ちをして俺は本格的に部屋を後にした。

ちゃんと伝えようと思った。

逃げていないでちゃんと想いを伝えて、そして笑って彼女の恋を応援しよう。

それは辛いことだが少しでも彼女の幸せそうな顔が見たい。

心に残ったのはそんな思いだった。




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