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相矢印  作者: 雪見桜
8/16

私と弟さんと悪い予感



「…で、どういうことだヒヨコ」


「頼むから私に聞かないでよ、私だって分からないよ」



家にやってきた仁くんが第一声に発した言葉は、見事な低重音で紡がれた。

まあでも、そうだろう。なにせ今日この場にはまず場違いな存在が約一名いる。

私の隣に。



「仁くんやっほー、私服かっこいいね」



当の本人は私以上にリラックスして仁くんに手をひらひら振っているけど。



『今日陽菜ちゃん家に遊びに行くから』


『は?いや、無理無理。今日は』


『行くから』


『だから今日は』


『行くから』


『…はい』



もう本当にこの大魔王は押しが強い。

こうだと言ったら絶対に曲げない。

昼の出来事を思い出して、ため息をつく私。

せっかく今日の夜は楽しく過ごせると思ったのに。



「陽菜、お前またずいぶん厄介なのに気に入られたな」


「お兄ちゃん。私、お兄ちゃんのそんなところだけは絶対似たくなかったのに」


「悪かったな、強烈個性センサーで」



今日の主役であるはずのお兄ちゃんは呆れたように腕を組んで私を見下ろしていた。

その隣にいるのはこれまた呆れ顔でお兄ちゃんを見つめている彼女の美月ちゃん。

いや、彼女じゃなくて最近婚約者と言う立ち位置に変わった。

そう、今日はその婚約を祝うためのお食事会だったのだ。

仕事で最近忙しいらしい仁くんも何とか都合をつけてきたらしい。



「お兄さんも陽菜ちゃんも酷いなー」



それにしても、初対面の人間も多くいると言うのにこの子このくつろぎっぷりは何だ。

そう誰もが思っているだろう。その中唯一お兄ちゃんが声を発した。



「あのさ、別に怪しい奴じゃなけりゃ好きにしてくれて構わないけど、その“お兄さん”ってのやめてくれないか」



基本面倒見が良くて忍耐力も図太さもあるお兄ちゃんらしい台詞。

私には出てこない寛大な言葉だと兄好きの偏見も込めてそう思う。

でも灯里くんはにこりと首を振った。



「だって将来に本当のお兄さんになりますもん、だから問題ないですよ?」



飛びだした爆弾発言に、私は飲んでいた水をブッと吐きかけた。



「…陽菜、お前まさかコイツと付き合ってるのか?」



嫌そうな顔で問いかける兄に私は全力で首を横に振る。

冗談じゃない、誰が!

というか、これはアレか?暗に北上くんのことをバラそうとしているのか?からかってる?

もう完全疑心暗鬼の私。そこでぷちんと何かが切れたらしい。



「灯里くんどういうつもりかな、本当にさっさと帰ってくれる?本当に邪魔なんだけど」



ああ、スラスラと言葉が出てくる。

邪魔と言う言葉を強調して言えば、灯里くんは二コリとまた私を見て笑い返す。



「大丈夫大丈夫、お食事会する前には帰るから。さすがにそこまで野暮じゃないしね~」


「あー、本当話通じない。もうすでに野暮なんだけど?」


「あー、俺ってこんなないがしろにされること滅多にないからすごい新鮮だわ。そんなに言うなら今日お泊りしちゃおうかなー」



私達の会話を聞いて、お兄ちゃんと美月ちゃんの顔が完全に引きつっていたことなど私は知らない。




「うわ~、可愛いねこの服!陽菜ちゃん地味なのに、服のセンスぴかいち!」



そうしてズカズカの当たり前のように私の部屋まで足を運んだマイペース大魔王・灯里くんは、人の許可なしにクローゼットまで物色を始めていた。

下着の入った箪笥にはさすがに手を出さなかったけど、普通女の子の部屋を堂々と覗く男友達なんていない。



「灯里くん、遠慮って言葉知ってる?」


「知ってる知ってる。うわ、これ最近立ちあがったブランドのワンピじゃん!うわー、すごいね」



私への返事もそこそこに目を輝かせて服を見つめる彼。

お兄ちゃんからもらった服の塊をひとつひとつ眺めてはじっくりと見つめている。

ずいぶんと詳しい様子だった。



「この家そんなにお金あるように見えないけど、もしかしてお金持ちなの?だってここの服どれも高いよ?」


「…本気で失礼なことさらっと言うよね。そこにあるのはお兄ちゃんが仕事先からもらったものだよ」



呆れ声で言葉を返すと、目の前の彼はそこでやっと視線を服から私に移して首を傾げる。



「仕事?」


「芸能関係のお仕事してるの、お兄ちゃん。だからそういう服をもらうこともあるんだって」



説明をすれば、さらに目を輝かせる灯里くん。



「芸能関係!良いなー、本格的なセットとか服とかスタイリストとかいるんでしょう?俺も一回見てみたい!」



彼は珍しく興奮した様子でそう語る。

何だか意外な一面を見た気がして、さっきまでの毒気が完全に抜けてしまった。



「灯里くん、服に興味あるの?」


「え、あー…うん」



問えば、気まずげに返される言葉。

しまったという風に顔を歪める姿に、初めて彼が年下なんだと実感した。

もしかしたら、彼は自分のことを外に表現するのが苦手なのかもしれない。

そんな不器用な面を感じたのだ。



「私あんまりそこまで没頭できる趣味ないからすごいね、顔が全然違うんだもん」


「いや、でも俺興味あるの女物だしさ。男が女物の服好きっておかしいじゃんか」


「似合ってるんじゃないの?灯里くんだったらこの服も似合っちゃいそうだし」



フォローになってない気もするフォローをして服を灯里くんの体にあててみる。

男の子相手に失礼かなとも思ったけど、普通に本当に似合っていた。

うわ、私より本気で似合ってるし可愛い。

そんな事実に惨めになったけど。



「…はは、陽菜ちゃん面白いね」


「はい?」


「いや、こっちの話。ちょっとコンプレックスあったからさ」



くしゃりと笑った灯里くん。

ずるずるとその場に座り込んだ。



「陽菜ちゃんさ、俺が本当に女物の服着てるって言ったら引く?」


「え?」



唐突にそんなことを言う灯里くんに今度は私が首を傾げる。

あまり考えたこともなかったことだから、ぽかんとしてしまう。

そして沈黙が続く中で、不安げに見上げてくる視線を感じて何となく察した。



「灯里くん、着たりするの?こういう服」



あえて聞いてみれば消え入りそうな声で「うん」と返事をする。

経緯はよく分からないけど、どうやら彼にとってずいぶん不安なことなんだと思った。

まあ、確かに女装する人なんてそうそう滅多にいない。今もそういうことはお笑いのネタになることもあるくらいだし、普段勝気な彼でも気にはなるんだろう。

残念ながら経験のない私にはそこら辺あまり分からないけど。

でもとりあえず思ったこと。



「着てみる?」


「…え」


「だって着るの好きなんでしょ、それ。さっきも言ったけど似合ってると思うよ?」




そう、別に似合わないわけじゃないんだ。

きっと灯里くんの容姿なら完璧に着こなしてしまうだろう。女の身としては情けないけど。



「気持ち悪く、ないの?」


「残念ながらマイノリティーな知り合い多くてちょっとやそっとじゃ動じないんだよね、私」


「…そうなの?」


「うん」



そんなことを言えば、目の前の彼はため息のような、そんな息を長く吐いた。




「ごめんね、陽菜ちゃん。実はさ、ずっと謝りたいことがあったんだよね」



さっきから急に素直になった灯里くんは不意にそんなことを言う。

えっ、と小さく声をあげれば彼はその頭を深く下げて声をあげた。




「本当にごめん!俺前に陽菜ちゃん巻き込んだことあって傷負わせちゃったことあるんだ」



そう言う彼の言葉をはっきり拾えればいいんだろうけど、あの大魔王が頭を下げているという事実に衝撃を受けて私はオロオロしてしまう。



「や、やめて!何の事だか分からないけど、灯里くんが頭下げるとか隕石落ちてきちゃうから!」


「うわ、ひど!人が真剣に謝ってるのにこんな時まで生意気なの陽菜ちゃん」


「仕方ないでしょう、調子狂っちゃうんだから!それよりそんな心当たり私にないんだけど」


「ないわけないでしょ、だって今日陽菜ちゃんが喋ってたじゃんかその時のこと」



ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、繰り出された言葉に「ん?」と私は首を傾げた。



「今日話して、た…?」


「そ。陽菜ちゃんがあの時庇った人物、俺ね?」


「…」


「…」


「う…」


「う?」


「嘘だー!!だって遠目から見ても私より細かったもん!女のプライドってものが!」


「…そこなんだ、ショック受けるとこ」




奇妙な会話が成立していたことなんて私は気付いていない。




「いやー、すっきりすっきり。さすがに後味悪いじゃん?」



すっかり全てを話して気分がよくなったらしい大魔王は、数分前までが嘘のように元の顔を取り戻していた。そっちの方が何だか落ちつくと思ってしまう自分も相当な変人だ。

でも案外こういう変わった友達も良いものかもしれない。



「という訳で、この服はありがたくもらってくね」


「…はい!?」


「えー、だってくれるんでしょう?」


「いや、着て良いよとは言ったけどあげるとは一言も」


「ありがとう、陽菜ちゃん。持つべきものは親友だね!」



…前言撤回。

やっぱりこんな友達苦労するだけだ。

大魔王の胡散臭い笑みを見てそう思う私。

彼はにこりと笑って背伸びをした。



「じゃあ、そろそろ帰ろっかな」



どこまでもマイペースな男は唐突にそう言ってそそくさ帰り支度を始めてしまう。

がっちり手には服を抱えて。




「…疲れた、なんかどっと疲れた」


「陽菜ちゃん良かったね、こんな刺激的な友達ゲットできて」


「いらないよ、そんな刺激。私は穏やかな生活が欲しい」


「陽菜ちゃんの性格からじゃまず無理だね」



きっぱり断言する灯里くんが憎い。

のに、何故か納得してしまう自分がいるのがもっと憎かった。



「じゃ、おじゃましましたー」


「…その手いっぱいの荷物なんだ灯里」


「え~?陽菜ちゃんからのプレゼントだよ、仁くん」


「勝手に押しかけてんなもんまで催促したのかよお前」


「やだな、人聞きわるい。ちゃんと許可とったよね、陽菜ちゃん?」


「…もう何も言わないよ、相手するのもだるい」




玄関先でにこりとほほ笑む灯里くんと極悪面の仁くんとぐったりした私。

ひどいなーなんて全く心のこもらない返事をして、灯里くんはドアに手をかける。




「あ、そうそう陽菜ちゃん」


「…なによ」


「うわ、怖い顔。やだなー、そんな何回も振り回すようなことしないってば。ちょっとこっち来て?」




ぐいぐいと手を引かれて、灯里くんに引き寄せられると距離がゼロになった。

細身のくせに力が強い。

男の子なんだと変な所で感心してしまうのはきっとどっと疲れているから。

そんな私にも構わず灯里くんはその笑みを深めた。



「陽菜ちゃんで良かった、本当にありがとう」


「…え?」



誰にも聞こえないくらい小さな声で囁かれた言葉。

突然なそれに、思わず目をみつめてしまう。

するとくしゃりと困ったように笑う彼の姿。

その顔はすごく北上君と似ていた。

けれども、すぐに元の笑顔に戻って灯里くんが私を見つめる。



「というわけで、俺ちょっとおもしろいこと思いついちゃったから一週間後お楽しみにね!」


「…今度は何する気なのよ」


「何だろうね?じゃ、ばいばーい」



満足げな笑みで高らかにそう宣言する灯里くんから目が離せない。

そんな私を尻目にさっさと去ってしまう彼。



「ヒヨコ…お前、本当に厄介なのに気に入られたな」


憐れむような声は仁くんのもの。

そこでやっと視線を移すことが出来た。



「仁くん、私なんかものすごく嫌な予感がするんだけど…」


「奇遇だな。俺もだ」




仁くんと気が合うなんて珍しいななんて考える余裕もなかった。

ただひとつ分かったのは、何やら私面倒なことに巻き込まれている気がするという、それだけのことだった。



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