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相矢印  作者: 雪見桜
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私が彼を好きになった理由


名前を聞いたことがある他クラスの人気者。それがそれまでの北上君への印象だ。

正直に言えば、そんなに興味があるわけでもなかった。



「ちょっと!!あんたね明良の彼女は!?」


「はい?」



そう、突然年上っぽい感じのギャルに喧嘩を売られるまでは。

それは中学2年の秋のこと。

そこはこの地方じゃ集合場所としてよく使われている不思議なモニュメントの前。

当然のように私も人と待ち合わせをしていたわけで。


そう、確かあれは仁くんの結婚祝いを探すため、お兄ちゃんの仕事終わりを待っていた時のことだった。

お兄ちゃんっ子の私は、お兄ちゃんがくれた可愛いワンピースを着て上機嫌だったのを覚えている。

確かに頭の中はお花畑で、反応が遅れたのは否めない。


だがしかし、そのギャルの言うことがさっぱり理解できなかったのもまた事実で。

ぽかんと可愛いギャルを見上げていれば、次の瞬間パシンと頬が綺麗に鳴った。

それはもう、さっきの相馬さん達の力なんて比にならないほど思い切り。


あいにく昔そこそこしっかりワルだった仁くんやその悪友のお兄ちゃんに慣らされていた私。

女の子にリンチされるくらいじゃ動揺すらしない程度には鍛えられていたわけで。

ぼんやり「アキラって誰だろう、あ、このお姉さん達可愛い」と考えていた能天気な頭。

それがさらに彼女達のスイッチを押してしまったらしい。



「何のつもりよ!明良は皆のものなのに、あんたみたいな地味なのが抜け駆けなんて生意気なのよ!」



気付けばヒートアップしているお姉さん達。

そこでやっと私は何か面倒なことに巻き込まれていると気付いた。

そしてやっとそこから少し離れた所に私と同じワンピースを着た女の子がいることも知る。

さすがに遠目だったから顔までは分からなかったけど、こっちを窺っている雰囲気から何となく事情を理解した。


アキラという男の子は人気者。

あの少女が彼女さん。

このお姉さん達はアキラさんのファンクラブ会員。

そんな脳内図式が完成した瞬間だ。



「ちょ、何やってんだよお前ら!」


慌てたように走って来た男の子は、それはそれは顔が整っていたわけで。

この人、なんかどこかで見たことあるような…

そんなぼんやりとした既視感に首を傾げて見つめる私。

彼は私の頬をみて青ざめながら、それでも根気よくギャル達を叱り説得しなだめようとしていた。

不器用そうだけど良い人なんだなとすぐに感じてしまうくらい、温かい雰囲気を持った彼。


何となく手を貸したくなった。

今思えば完全な気まぐれだ。


「あの」


そう声をかけるとギャルはギッと私を睨みつけ、男の子はひどく動揺して私を庇おうとする。



「私が彼を好きだったら何か悪いんですか?」



そう告げれば、面白いくらい彼と彼女達の反応は正反対に動いたわけで。

怒鳴り始めるギャルに、訳がわからず固まる男の子。

シュールな光景に笑いそうになったけど、何とかこらえて言葉を私は繋いだ。



「好きだと思う人と一緒にいては駄目ですか?好きな人のために一生懸命おしゃれして笑う権利は地味な子にはないですか?」



こういうときの最上策は質問攻め。

そしてそれに少しでも罪悪感を持ってくれればこっちのものだ。



「お姉さん達も彼を大好きという気持ちはすごく伝わります。でも、私も大好きなんです。だから、ごめんなさい」


そうやって頭を下げる私。

人の集まる場所で頬を腫らした女の子が頭を下げる光景。

気まずさと人目と、そしてとどめに罪悪感。

そんな状況下でまで怒鳴り続けられるほど、空気の読めない人はそうそういない。



「そうやって私を悪者にするのはやめてよ!」


そのギャル達もそそくさと去っていく。

あー、私も仁くん達に感化されてきたかなあ、こんなに腹黒になっちゃって。

そんなことをのんびり考えながら今度は男の子を見る。

すると彼は、何度も何度も頭を下げて謝った。

それこそ人目も気にせず。



「すみません!あいつら悪い奴らじゃないんですけど、こんな酷いことを」


それでもあくまで彼女達も私も庇おうとする人の良い彼に、やっぱり好感度は高くて。

腫れた頬の存在も忘れて、静かにほほ笑みながら私は遠くの彼女さんを指差した。




「今度は彼女さんをしっかり守ってあげて下さいね」



機嫌の良かった私はマンガみたいなちょっとかっこいいことを言ってみたりして、その場を立ち去る。

そういう正義のヒーロー的な台詞や行動を真似てみたくなる時期だった。


そしてちょうどよく登場してくれたお兄ちゃんに尻尾を振らん勢いで突っ込んで、忘れかけていた頬の存在をツッこまれたのは後の話。


それが北上君に興味をもつ最初の出来事だった。

結論から言うと、男女問わず人気者の彼を学校で発見するのはすぐのことだった。

親近感を覚えてたまに見かけてはちょっとの時間観察していたあの頃。


いつも笑っている姿に何だか心が和む。

そこで少しずつ名前だったり性格だったり特技だったりを知っていく。

同じ高校に進学すると聞いて、同じクラスにもなって、不思議な縁を一方的に感じながらたまに彼を眺める日々は続いた。


そのうち、少しずつ少しずつ。

彼は私にないものをたくさん持っていたからこそ、憧れるようになっていって。

そこから気付けばコトンと気持ちが傾いていった。

笑顔をみるたび心がドキドキして、姿をみるだけで幸せで。

まさか自分がそんな恋愛をすることになるとは思っていなくて動揺したのも最初だけ。

毎日毎日遠慮がちに見る日々が続く分だけ、“好き”という言葉に重みが増していった。


人に聞かせるにはちょっとロマンチックで恥ずかしい恋の始まり。

ばっちり張本人の弟に聞かせることになるとは思っていなかった。

面白そうに話を聞く灯里くんがちょっとだけ憎らしかった。




「……」



バカ正直に思い出話をした後、部屋を包んだのは気まずい沈黙。

…というか、なぜ私もここまでしっかり語っているんだ?

嘘をつかずとも、もっと軽くさらっと流すことも出来ただろうに。

話す前に気付けないあたりとことん私はバカ者だ。

そんな自己嫌悪にも近い感情を味わっている私の目の前で、灯里くんがぼそっと呟いた。



「仁くんって結婚してたんだ…」



第一声そこかよっ!と思わず突っ込もうとして顔を上げた瞬間に真横から手が伸びてくる。



「てめえは、ベラベラ人のプライベートあっさり喋ってんじゃねえよ」


「いたいいたいいたい!別に結婚のこと内緒にしてるわけじゃないでしょ!」


「っるせえ、ガキ共に余計なこと知られたら面倒だって何度も言ってんだろが、ボケ」


「愛理ちゃん本当に趣味悪…いたい!」


「てめえ、北上にバラすぞ」


「ごめんなさい、もう何も言いません、本当ごめんなさい」



会話の方向性が著しくズレていることに私は気付いていなかった。



「いやぁ、本当面白いねぇ陽菜ちゃんは」



仁くんと言い争っていた私にのんびり口を挟んできた灯里くんがにこりと笑う。

それはもう上品に。


…この短時間でこのマイペース少年に慣れつつある自分が恐ろしい。

彼が何を言ってもどんな綺麗な笑顔を見せようとも胡散臭くて仕方ない。

そう体中が覚えてしまっていた。

あぁ、きっとこれはろくでもないこと言うぞと理解して顔を引きつらせれば灯里くんの笑みは案の定深くなる。



「そっか、なるほどね~。あの時巻き込んじゃった可哀想な女の子は陽菜ちゃんだったのか。納得納得」


「…は?」


「ねえ、陽菜ちゃん。俺、すごい親近感持っちゃった。うんうん、陽菜ちゃんすっごい好きかも」


「はい?いや、それはありがたいけど出来ればご遠慮願いた」


「陽菜ちゃんの恋、応援したげる。だから俺と友達になって…くれるよね?」




なるほど小悪魔程度の器じゃないわ、この少年。

小悪魔の皮すら被る大魔王だ。

言外に「友達にならなきゃ言うよ?」と脅すようなそれはそれは黒い笑みで首を傾げている。


…いやいや、応援していただかなくて結構です。

そう言いたい私。

彼女持ちさんに対して横恋慕する気はさらさらないし、いつか思い出話ができるくらいになった頃にでも告げたいと思っていた想いだ。

余計な干渉は自分の傷を抉るだけだと常々思っている。


でも、断れば断ったでこの大魔王はきっと本気でバラす。世の中空気が読めない程にわが道を突き進む人がいるのを残念だけど私は知っているのだ。

昔の仁くんしかり、お兄ちゃんしかり、お兄ちゃんの仕事仲間の仕事バカな人しかり。

この弟さんも間違いなくそっち方面の人…!

かなしいかな、私のヤバい人アンテナはとっても敏感なのだ。慣らされてるおかげで。



「…じょ、条件があります!」


「条件?へえ、陽菜ちゃんそんな酷いこと言うの?友達は普通条件とかないんだよ?」


「そんな友情があってもいいでしょ!灯里くんどうせ普通って言葉嫌いでしょ?」


「うっわ、本当陽菜ちゃん大好き。そういう生意気なこと言える女の子ひっさびさ」



…灯里さん、化けの皮もう被る気もないでしょう?

そう思うくらい黒い笑みを見せた灯里くんに怯みそうになるけど、ここで挑まねば私の平穏な生活が危ない。

そう思って、キッと睨みつけた。



「一切の干渉禁止!応援禁止!私達北上くんの件とは関係なしの“ただの”お友達!」


「…へえ?」


「で、できなきゃ、仁くん使って灯里くん窮地に追い込むよ!?」


「ああ?」



横で仁くんがピクリと反応を示す。

…いや、怖いってその顔。

お兄ちゃん、助けて下さい。と、そう心で祈りながら、声を繋いだ。



「仁くん、私に貸りあるもんね?教師が恩を仇で返すような真似、しないよね?お兄ちゃんにチクるよ?」


「ほぉ、お前いつからそんな生意気な口聞けるようになったんだ?」


「凄んでも無駄だよ。愛理ちゃんとの橋渡し、誰がしたか忘れたのかなぁ?」


「…この似たもの兄妹が。その歪んだ性格矯正しやがれ、アホが」



もう半ばやけだ。

この本気を灯里くん相手に何故使わなかったと、冷静に考えれば分かるはずなのに気付けない残念な私。

とにもかくにも、悪態付いて私の頭をガシリと掴む仁くんの顔はかなり悔しそうだ。

つまり、これは私の勝利ということ。

そして、私のヤケモードに密かに危機感を抱いていたらしい灯里くんは爽やかに笑った。




「ははは、面白いなあ本当!仕方ない、条件のんであげる」




こうして、不思議な灯里くんとの友人関係は幕を開けたのでした。




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