私と弟さん
どうしよう、北上くんと話してしまった。
すごく嬉しいけど、すごく落ち込んでしまう。
だってあんな挙動不審な自分、絶対変に思われたよね…。
北上くんを目の前にすると、頭が真っ白になってしまうんだ。
はあ、とため息をつく私。
「ヒヨコ。ため息つきたいのはこっちだって分かってんのか、ああ?」
正面から不機嫌丸出しの顔でそう言ったのは仁くんだった。
結局テンパりすぎて、あの後足を踏み外した私。
真っ逆さまに階段から落ちて、保健室に再び強制送還された時のあの仁くんの怒りオーラは久々に見た。
そんなわけで、今の彼は手当する手つき以外全てが荒い。
「ごめんって、仁くん」
さっきから謝るしかない。
いや、さすがに不注意すぎたしね。
仁くんが何度目か分からないため息をつく。
いや、もう本当ごめんなさいと、心でなお謝る私。
するとそんな所に気付いたのか彼は怒気を隠して声を発す。
「ったく、お前は洋文の妹のくせして何でそんな鈍くさいんだよ」
…怒気じゃなく呆れに変わっただけなのかもしれない。
「へぇ、陽菜ちゃんのお兄さんヒロフミっていうんだねー」
「え…」
「仁くんと友達になるとか趣味悪いよね!」
何の気配もなくいきなり声が響いたのは、そんな仁くんの手当てが終わった瞬間だった。
ぐるりと声のした方を振り向けば、さっきまできっちり閉まっていたカーテンが解放されている。
その中心、真っ白なベッドの上に天使のように色白で綺麗な目をもつ少年がいた。
にこりと笑う姿はもう、本当天使。
え、誰。
というか何で私の名前…
「陽菜ちゃん、口パクパクしてるけど声出てないよ?」
にこりと笑みを深くして私に近づく少年。
うわ、私より何億倍も可愛い。
そんな事実にかなり落ち込みながらただ茫然と眺めれば、少年は椅子に座る私の前に座り込んで見上げてきた。
「はじめまして、陽菜ちゃん。僕、北上灯里って言います。高校1年だよ」
手を差し出されて、とっさに頭を下げる私。
「あ、初めまして。真山陽菜です」
そして手を握り返し、条件反射で自己紹介したところでハタと気付く。
「…キタガミ?」
そう、聞き捨てならない響きだった気がする。
よくよく見てみれば、顔のパーツがどことなく見覚えあるような…。
「お、さすがに気付いた?そうでーす、明良の弟でーす」
あっさりと事実を告げられて、驚きのあまり反り返る私。
とっさに仁くんに頭をガシリと掴まれて、倒れることはなかった。
「あはは、陽菜ちゃん面白い」
弟さんなる人物はそんな私達の様子を見ては天使のような笑いを見せていた。
…いや、天使というか小悪魔?
「お、弟さんは…」
「灯里って呼んで?」
「あ、灯里くんは何故私の名前を」
とりあえず質問をぶつけてみる。
すると彼は笑顔をまた深めてゆっくり口を開いた。
え、何これ、すごく嫌な予感。
「そりゃ勿論さっきの話聞いてたから?」
「さ、さっき…とは」
「え?陽菜ちゃんがリンチされたこととか、失恋したー!って落ち込んでる話とか?」
聞いた瞬間思わず頭を抱えてしまう。
…最悪だ。
引きつる私の顔は誰が見てもそう言っていた。
なぜよりによって好きな人の身内に、秘めた想いを知られなければいけないのか。
なぜ、こんなに私は間が悪いのか。
「…陽菜ちゃんって思ったこと顔に出るタイプなんだね。何でこれで気付けないかな、あのバカ兄」
「へ?」
「何でもないよ、何でも」
私と同調してくれたのか、フッと笑った灯里くん。
仁くんは黙ったまま呆れたようにその光景を眺めている。
はたから見れば何とも不思議な光景が広がっていた。
「で、なんで明良のこと好きなの?」
「ブッ」
目の前の小悪魔…いや、灯里くんはにやりと笑って私を覗きこむ。
いきなりの問いに硬直する私。
鬼か、この子は…!
なんで傷心な私を抉るようなこと聞くかな!?
脳内をかけめぐるそんな罵倒を見通しているのかいないのか、灯里くんは怪しい笑みを深めた。
「俺、聞く権利あるよね?」
「え、いや、なぜ」
「えー、面白いから?」
「…」
…仁くん以上に性格破綻した存在を久々に見た気がする。
「…おい、てめえ今何考えてやがった」
視線を向けた先の仁くんが怖かったから、それ以上の感想は脳内で必死に消したけど。
「陽菜ちゃん、言ってくれるよね?」
「いや、だからなんで」
「ええ?明良にばらしちゃっていいの?」
「い、言います。言いますからやめて下さいお願いします」
結局そのまま彼のペースに流され、私は何故か当事者の弟さんに好きな人との出会い話なんてものをすることになってしまった。
土下座の勢いでお願いする私にけらけらと笑う灯里くんは、本当に悪魔のように見えた。