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相矢印  作者: 雪見桜
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私の事情



先生に無理やり追いだされてたどり着いた保健室。

…嫌なんだよな、ここ。

内心大きなため息をついてガラッとドアを開けた。

そして中の住人と目を合わせた瞬間に響いたのはブッと盛大に吹いた音。



「すげぇな、おい。マンガみてえに真っ赤じゃねえか、おもしろ」


「…だから来たくなかったんだよ」




予想通りの反応にげんなりする。

森崎仁先生。

この学校の保健室を任されている彼。

実は、12歳上の兄の高校時代からの悪友だったりする。

小さな頃から知ってる私にとっては第二のお兄ちゃんだ。



「仁くん、傷心の女子高生にその反応はないよ」


「お前が傷心―?うわ、似合わね」


「…保健室のセンセイがいう台詞じゃないよね」



本当、何でこの人保健室の先生なんてやってるんだろう。

椅子に足をあげてるその姿勢も言葉遣いもとてもかけ離れているのに。




「なにそこ突っ立ってんだよ、ヒヨコ。治療してほしけりゃとっととそこ座る」


「ヒヨコじゃないよ、ヒナだよ」


「はいはい、陽菜サマ早く座れ」



もうすっかり慣れている俺様仁くんとのこんなやり取り。

小さくため息一つこぼして椅子に座れば、グイッと顔をつかまれた。



「いひゃい!」


「叩いたようなあとに、爪の傷跡ねえ。なにお前リンチでも受けてたわけ?」


「はいひたこほはい!」


「何言ってるか分かるように喋れ」



じゃあ、その手を離してくれ。

そう言おうとした瞬間、勢いよく手が離れる。



「別に何もないよ、階段から落ちたの!」


教室と同じ言い分。

別に相馬さん達を庇うつもりじゃないんだけど、正直言って大ごとになるのは面倒くさい。

誰がやっただの、いじめがどうだの、騒がれるといらぬ手間が増える。

私自身本当に気にしていないわけだからそれで良いじゃないのかというのが私の意見だ。

つまり完全なる私利私欲。


そんな私の性格を長い付き合いで完全に把握している仁くんは遠慮なかった。




「あのなあ。お前がそうやって面倒事適当に流すから、その図太い性格知らねえ教師連中が俺に事情聞きにくるんじゃねえかよ。ふざけんな、俺の仕事増やすなボケ」



…なんて言い草だ。

もう呆れも通り越して呆然としてしまう。



「この猫かぶり俺様教師」


「あ?何だって?」


「何でもないです」



言葉の投げ合いをしながらてきぱきと手を動かす仁くん。

そしてポイッとタオルに包まれた保冷材が私に投げられるとまた私に急接近する。



「で、本当に大丈夫なのか?」



じっと私の目をみてそう言う仁くん。

まあ、散々言ったけれど仁くんにもちゃんと先生らしいところはあるのだ。

面倒見良いし本当にヤバい時は絶対に手を貸してくれるし、人の感情の機微にも敏感だ。

だから、結局懐いてしまう自分だったりする。



「大丈夫だよ。ちょっと恋した女の子が暴走しちゃっただけで」


「あ?まさかそれ相馬達じゃねえだろうな」



でも、そんな彼の口から核心の単語が出てきてぎくりと肩を揺らした。



「げ、なんで知ってるの?」


思わず聞き返せば、返って来たのは即答。



「北上がお前と付き合ってるっつー噂と、北上大好きな相馬がそれ聞いて切れてるって噂聞いたから」



…聞かなければ良かった。

聞いた瞬間にそう思う。

なぜ私は失恋の傷跡を抉られなきゃいけないんだ。

胸いっぱいに浮かぶのはそんな想い。



「お前知らん間に彼氏持ちかよ、生意気に成長しやがって」


「付き合ってないよ!というか、私もそれ聞いたショックがまだ抜けてないんだからそれ以上は言わないで」


ぐったりとして答える私。

仁くんは珍しく驚いた顔をした。



「は?お前ら付き合ってねえのか?」


「何で仁くんまで付き合ってる前提なのよ、どう考えてもあり得ないじゃない」


「だって腕組んで歩いてたんだろが。お前みたいに真面目な格好してる奴なんか滅多にいねえぞ?」



ああ、もう本当に相馬さんと同じことを言う。

というか、仁くんは一体どこからそれだけの情報量を集めているんだ本当。



「私に似てるみたいだよ、北上君の彼女さん。お願い、もうこの話題はやめて下さい。心折れるから」



泣きそうになりながら懇願に近い言葉を紡ぐ私。

何を思ったのか、仁くんは考え込むように固まっていた。

そして少しの沈黙の後に、低い声を出す。



「……面倒くせえ」


この人の暴言はもう慣れてるから、とりあえずスルーしておいた。




「とりあえずそういう訳だから私教室戻るね、仁くんありがとう」


「どういう訳か分からんが、了解。あ、そうだ今日お前ん家行くからそう伝言頼むわ」


「え、本当?分かった、準備して待っているね。気を付けて」


「おう」



深く追及されないことを良いことに、保健室を後にしようとする私。

ガラッとドアを開けたロボットのようにぴたりと動きを止めた。




「………へ!?」


「うわっ、ご、ごめん真山さん」



そこにいたのは、ついさっきまで話題に上っていた男子生徒。

最悪すぎるタイミングに思考も何も真っ白になる。

しかし、少ししてハッとなって彼を見上げた。



「き、北上く…ま、まさか今の会話聞こえて、た…?」



自分の気持ちダダもれなあの恥ずかしすぎる会話。

しかも目の前にいるの、その張本人…!

真っ青になって訊ねる私。

北上君は少しの沈黙の後、我に返ったように勢いよく首を横に振った。



「いや、何も聞いてないけど。何かあった?」



返ってきたのはそんな台詞。

心底ほっとして、でも何だかいたたまれなくて。



「そそそ、そっか!あ、ごめんね、通路邪魔して」


「え、いや、あの真山さん?」


「どうぞどうぞ保健室満喫してね!じゃ!」


「ちょ、真山さん!?」



テンパりすぎて何を言っているのかも分かっていなかった。

とにかく適当に言葉を並べて走り去る私。


まさかそんな北上君大好きな自分を暴露したあの室内にもう一人先客がいただなんてこの時は知るわけもなく。

さらに、北上君も私と仁くんの会話を聞いてあり得ない誤解をしていただなんて考えもせず。


真っ赤な顔を隠せもせず、廊下を私は全速力で走った。

…勢い余って盛大に階段から落ちて保健室へと逆戻りすることになるのは後の話。







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