俺の好きな人
すごく好きな子がいる。
教室の隅でいつものんびり本を読んでいる可愛い女の子。
人を真っ直ぐ見つめて自分の意見をしっかり言える彼女。
どんな奴の話も最後まで聞いて受け入れてくれることを俺は知っている。
あれは中2の秋。
とある出来事をきっかけに、誰よりも勇ましく温かい君を知って一目惚れ。
それでも初めは淡い想いだった。
なのにいつからこんなに好きになってしまったんだ?
どうしても近付きたくて高校まで追いかけてきたといったら引かれるだろうか。
今年同じクラスになれた時、嬉しさのあまり叫びまくって怒られたと知ったら気味悪がられるだろうか。
大人しい彼女にうるさい俺。
ストーカーじみた自分を知られて嫌われるのが正直怖い。
そんなチキンな俺は、いまだに声をかけることすらできていないのです。
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「ま、真山!?お前どうしたんだ!?」
「へ?」
クラスがざわつく中、真山さんはただ1人ぽかんと先生を見上げていた。
一体何のことかとぱちぱち目を瞬かせている。
ふだんクラスの隅でのんびりしている彼女。
皆の視線を浴びて次第に何だ何だと首を回し始めた。
それでも何が何だか分かってないらしい。
その仕草は小動物のようで可愛らしい。
可愛らしいが、今はそれよりもヒヤヒヤしている。
真山さん、その頬一体どうしたんだ?
実は真山さんが教室に戻ってきた時からずっと気になっていたが、のっぴきならない事情で聞けずじまいでいた。
「おわ、真山さんなしたのアレ」
後ろで悪友の千景がそう呟く。
首を傾げて「さあ」と答えれば、千景のため息が耳に届いた。
「お前さあ、こういう時話しかけんでいつ話しかけんだよ。愛しの陽菜ちゃんがほっぺ腫らしてんのに」
「あれはお前のせいだろが!お前が灯里の変な写真で遊ぶから」
つい声が大きくなりそうになって慌てて口を押さえる。
千景はにやりと笑った。
…この野郎。
千景を睨み付けてから問題の写真をこっそり覗く俺。
…全く俺で遊ぶんじゃねぇよ。
心の底からそんな思いに満ちる。
写真の中にいるのは真山さん…にそっくり真似した弟の灯里だ。
そう、弟。
俺より更に中性的な顔つきだったからなのか、裁縫に興味を持ったからなのか、理由はよく分からないが弟の灯里には女装という少しマイナーな趣味がある。
そして奴は千景と息が合うという割と壊滅的な性格の持ち主。
俺が真山さんに片想いしているのを良いことに、2人で組んで本気で俺をからかってくるのは最早いつものことだ。
昨日だってこの写真の中のように真山さんそっくりな格好をして、俺に腕を絡めたりしてきやがった。
ああ、腹立たしい。
この場にいない灯里に対しても苛立ちながら事の成り行きを見守る俺。
まさか真山さんの頬の腫れた原因がその悪ふざけにあったことなど分かっていない。
「あー…、これ階段から落ちちゃって」
ふいに真山さんの声が耳に届いてハッと我に返った。
見れば、やっと視線の原因に気付いたらしい彼女が頬を撫でている。
「そんな頬だけ腫れ上がる落ち方があるか」
「あ。足も痛いです、ついでに腕も痛い」
「…その棒読みやめろ」
もうこの会話で分かるだろうが、真山さんは少し変わっている。
いつもなぜか堂々と嘘をつく。
今回もそのようで、先生は呆れたように盛大なため息をついた。
「言いたくないなら言わんで良いから、とにかく保健室行け」
さっきから先生の言うことは正論ばかり。
しかし、保健室の一言を聞いた真山さんはピクリと肩を震わせる。
「保健室…、火曜のこの時間帯って確か」
「第2保健室だな」
その言葉に更に真山さんは眉を歪めた。
「いえ、大丈夫です。全く問題ありません」
「お前がなくてもこっちがある。そんな顔腫らした状態で放っておく訳にはいかないだろが」
「大丈夫です、親には下校中やらかしたって言うので」
「やらかしたって何だ、やらかしたって。いいから四の五の言わず行く」
どこのコントだよ。
ツッコミ入れたくなったのは俺だけじゃないはずだ。
最後まで乗り気じゃない様子のまま、結局教室から追い出される真山さん。
本当にしぶしぶといった感じだった。
第2保健室。
その言葉に明らか嫌そうな顔をした彼女の気持ちは分からないでもない。
うちの学校は生徒数が割と多い私立で、そして珍しいことに保健室の先生が2人いる。
片方はいかにもといった感じの優しい女の先生。
もう片方は、保健室の先生には珍しい男の先生だ。
第1保健室を女の先生が、第2保健室を男の先生が受け持ち、数の多い生徒たちの身心のサポートをしている。
この第2保健室を担当する男の先生、実は少々…いや、かなり強面だ。
正直保健室の先生ということに違和感を覚えるような風貌をしている。
俺様全開で威圧感のある高身長うえに口調も正直丁寧とは言えない。
こんなん相談したくても出来ねえよと言ってた奴が何人かいるほどだ。
そんな先生は何故か生徒達にそこそこ人気があるわけだが、やっぱり苦手に思う奴だっている。
真山さんはそのタイプなのかもしれない。
…大丈夫だろうか。
そう心配になる俺。
そんな俺を近くでジッと見つめていたらしい千景が、不意に小さく俺の肩をたたいた。
「おい、明良。お前のスマホやたら光ってないか」
「あ?」
そう言われて教師の目を盗み机の中から取り出せば、確かに新着メッセージが届いていた。
それは灯里からだ。
『ちょ、大発見!俺今保健室だけど、仁くんと陽菜ちゃんが名前で呼び合ってて親密な感じ!』
目に入った文を見て、うっかり手元が滑りそうになった。
寸での所で止めた自分を褒めてやりたい。
森崎と真山さんが、何だって…?
ショックでしばらく頭に何も入ってこない。
「おい、どした明良?おーい」
「俺、腹いたい。うん、痛い。イテテテ」
「…棒読みすんな、ストーカー」
ああ、本当確かめずにはいられない変態な自分が嫌だ。
だがそれでもやっぱり気になって仕方な俺は、誰もが分かるような演技を貫き通して教室を後にした。