俺の大好きな彼女
『も、もしもし!』
被った声に、思わず自然と笑みがこぼれる。
耳元で彼女の声を聞けるなんて幸せ以外のなにものでもなかった。
「真山さん、森崎のこと大丈夫だった?」
ひとしきり笑いあった後、そう尋ねると電話越しに重いため息。
『すっごく怒られた。あんなに大音量の仁くん久々だったなあ』
「うわ大変だったな、それは。怖くなかった?」
『うん、大丈夫!慣れてるし』
「そ、そうなのか…」
話せば話すほど、真山さんは不思議な人だと思う。
男前で、でも可愛くて、マイペースで優しい。
真山さんのことに関してはどんなことでもどれだけの時間が経っても、一向に飽きがこない。
『北上くんも灯里くんから何か言われなかった?大丈夫?』
「あー…あいつが何か言うのはいつものことだから。大丈夫」
『そ、そうなんだ。北上くんってすごいよね、だってあの灯里くんの相手に慣れちゃうなんて』
「何をやったんだ、あいつは…」
お互いに似たような会話をして、似たような反応をして、笑い合う。
それが無性に幸せだった。
「なになに、なんか声聞こえるけど、明良まさか今陽菜ちゃんと話してる?」
幸せな時間を邪魔するのはいつもこいつだ。
嫌な顔を対象に向ければ、ニコリと笑ってズンズン近づいてきた。
「やっほー、陽菜ちゃん。俺の作戦大成功でしょ?何かお礼の言葉とかくれても良いよ?」
俺の耳元で、電話に向かって陽気に灯里は喋る。
俺の作戦…?
何かろくでもなさそうな単語が響いて、ピクリと眉が上がった。
『頼んでもないし、契約違反って分かってないのかな灯里くん』
「えー、でも結果オーライじゃん?いい加減うざったかったんだよね、君らのじれじれ見てるの」
『それとこれとは別問題。灯里くんが約束破るなら、こっちもそれ相応の対応するけど…いいんだよね?』
「うん、ごめんなさい。陽菜ちゃんからかうのは精神削れるしやめとくわ」
あれ、何かウチの悪魔を真山さん手なずけてないか…?
いつもと印象の違う彼女の声色に、思わずそれまでの思考が放棄される。
しかし相変わらず楽しそうに真山さんと会話をする灯里を見てやっと我に返った。
「ちょっと待て、灯里。お前真山さんに何したんだ」
「あれ嫌だな。今度こっち?面倒だなー、もう」
「ヘラヘラしてんじゃねえよ。何したのかとっとと言え」
「うわー、この人スイッチは入っちゃったよ。陽菜ちゃん助けて」
『自業自得』
「うわ、ひど!」
灯里を問い詰める俺。
心底面倒そうな顔をしながら、灯里は渋々といった形で一つずつ話しだした。
真山さんの気持ちを知って脅迫まがいのことをしていたこと。
勝手に真山さんの家に押しかけて多くの洋服をかっぱらってきたこと。
そして極めつけに今回のあの噂が灯里発信だということまで。
話を聞くうちにだんだん顔が険しくなってしまったのは仕方ない。
いくら何でもやって良いこととと悪いことくらいある。
身内だからといって許容できる範囲を大きく外れた灯里の行為に思わず俺は怒鳴りつけてしまった。
もっとも灯里の方は堪えたそぶりも見せずヘラヘラ笑っていたが。
そして電話を繋いだままついつい本気モードでそうやって灯里を怒鳴ってしまった後、ハッと我に返り俺は真山さんに謝罪する。
「本っ当、ごめん!灯里にはきつく言っとくから。ごめんな?」
普段滅多に怒らない俺に真山さんはびっくりしていたようだけど、笑って許してくれた。
『何だかんだはちゃめちゃだけど、灯里くんのおかげなのは事実だから』
そう言ってくれた真山さん。
すぐに調子に乗り始めた灯里に『お灸は本人に据えとくからご心配なく』と釘さすことも忘れないあたり、やっぱり大物なのかもしれない。
そして、電話を切る時。
『その、お、おやすみなさい明良、くん』
もごもごと何度も言いかけて止めての繰り返しに付き合ったご褒美はとても甘く。
「…やばい」
幸せすぎて思わず呟いてしまう。
横で一部始終を見ていた灯里はにたりと笑っていた。
「うんうん、やっぱり陽菜ちゃんは良い女だね」
「…灯里、お前本当に」
「嫌だな、もう説教は良いってば。…本当ごめん、すみませんでした。ちょっと意地悪したくなっちゃったんだよ俺も。それより明良こそ、次からはちゃんと自分で行動しなよ?じゃなきゃ奪うから」
「……ったく、随分ぶっとんだことやると思ったらそういうことかよ。分かってるよ、心配すんな」
「…心配したわけじゃないけどね。でも、陽菜ちゃん泣かせたらいくら兄貴でも許さないよ俺」
「大丈夫だっつの。悪いな、灯里」
そうやって、俺の初恋は実り幸せな一夜は過ぎていった。
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すごく好きな子がいる。
教室の隅でいつものんびり本を読んでいる可愛い女の子。
人を真っ直ぐ見つめて自分の意見をしっかり言える彼女。
どんな奴の話も最後まで聞いて受け入れてくれることを俺は知っている。
大人しい君にうるさい俺。
ストーカーじみた自分を知られて嫌われるのが正直今でも少し怖い。
けれども、チキンな俺は今日も彼女を見つめずにはいられないのです。
それは、俺の幸せな日課だったりする。