俺と彼女
ふられた。
見事に玉砕した。
顔を真っ青にしてはっきり謝罪を口にする真山さんを見ると逆に申し訳なるくらいだ。
胸はとても苦しいし、正直言って相当キツい。
けど、長い間言うことも出来なかったことを本人に伝えられてすっきりはしていた。
何を言えば良いのか分からないんだろう、彼女は口をパクパクさせて混乱している。
こんな他人を構ってられる場合じゃないはずなのに言葉を考えてくれてるあたり、彼女は本当に良い子だと思った。
「俺真山さんのことちゃんと応援するから。だから森崎先生と幸せにな」
本当は言いたくない強がりを言えば、ハッと真山さんは俺を見上げてくる。
慌てている彼女はとても可愛いけれど、それを独占できるのは俺じゃない。
めちゃくちゃ悔しい気持ちになりながら、それでも今までグダグダしていた自業自得だと言い聞かせて拳にさらに力を込める。
笑えるうちに去ろう。
精いっぱいの強がりにやっとのことで足を動かす俺。
「…え」
その瞬間、左手に感じた重みに思わず息をするのを忘れた。
ギュッとしがみつくように引っ張る真山さん。
思わぬ不意打ちに心臓が爆発するかと思った。
そっと振り返れば真山さんがどアップで俺を見上げている。
あまりにいきなりのことに体が石になった。
「違うの!その、違くて、違うの!」
「ま、真山さん?」
何やら必死に言葉を探している様子の真山さん。
名前を呼ぶと泣きそうになりながらさらに手に力を込めてくる。
ちょ、やばいって!
なにこの可愛い生き物!
何故だか真山さんの頭はパニック状態らしいが、俺だってパニックもパニックだ。
はたから見たら随分おかしな光景を繰り広げること数分。
先に声を発したのは真山さんだった。
「その、仁くんは違うの!」
森崎を名前で呼ぶ彼女にまた胸が痛くなる。
けど、違うってなんだ?
「真山さん、落ちついて。どうした?」
大きく深呼吸して真山さんに聞き返す俺。
そんな俺に彼女はハッとまた俺を見上げてきた。
「好きです!」
「は?」
そして響いた斜め上の言葉に思わず素の反応をしてしまった。
な、なんだって?
好きって何が!?
パニック再来。
何が何だか分からず目を泳がす俺に、今度は彼女がまくしたてるように言葉を紡ぐ。
「仁くんとは違うの!す、好きなの!その…っ、彼女さんのこと考えると言えなくて、でも違うの!」
「ちょ、真山さん!?落ちついて」
自分も落ちついてなんかいやしないのにそう告げる。
彼女の言葉何一つ理解していないのに好きと言う言葉だけやたらと耳の奥に残る。
「だから北上君が好きです!」
そして聞こえた決定的な言葉に俺の脳みそがキャパを越えた。
「き、北上君!?」
情けないことに、意識を飛ばしてしまったのだ。
「北上君、大丈夫?」
「ご、ごめん真山さん」
ああ、本当に腹が立つくらいのヘタレっぷりだ。
自己嫌悪に陥る自分に対して真山さんはそれでも心配そうに色々聞いてくれた。
本当癒される。幸せすぎてどうしようもない。
そして、不本意ではあるがそんな出来事のおかげでやっと冷静さを取り戻した俺達は改めて向き合った。
「その…さ、言いたくなかったら言わなくて良いんだけど、森崎先生と真山さんは付き合ってないの?」
一番気になっていたことを聞けば、真山さんは首をブンブンと縦に振る。
「あり得ないよ!仁くんは私のお兄ちゃんみたいなものだもん」
…一体どういう経緯で森崎が真山さんの兄貴ポジションを得たのか純粋に気になる。
けど、それを聞く前に今度は真山さんが聞いてきた。
「北上君こそ、彼女さんいないの?」
「いや、いないけど…なんでそんなに疑ってんの?」
本当にそれが謎だった。
女子と外を歩いた記憶なんて、大人数の時くらいしかない。
二人きりなんてまずなかったし、心当たりが全くないのだ。
けれど確信を持って真山さんは続けた。
「だって、北上君の彼女さん私と似てるってよく言われるもん。この間だって私みたいな感じの女の子と一緒に下校してたって聞いたし」
ん?
彼女の言葉にふと何かが脳をかすめる。
真山さんと似た子と下校…?
どことなく心当たりのあるようなフレーズに少し考えこむ俺。
そして少しの間の後、はっきりと答えにたどり着いた。
灯里の奴…!!
お前こんなとこで人の恋路邪魔すんじゃねえ!!
「違う、違う!あれ、彼女とかそういう次元じゃないから!」
「次元?」
灯里の女装癖のことを勝手にバラのは気が引けて、そうぼかす俺。
まさか既にしっかりバレてるだなんて知らずにどう説明しようかと悩む俺の目の前で、彼女は思い切り脱力していた。
「わ、悪い誤解与えるようなことして。でも俺、真山さん一筋だから信じて」
「…え!?あ、その」
「あ、いや」
思わず本音が零れて彼女の顔が真っ赤になってしまうから、一気に恥ずかしさが体を包む。
やばい、顔見れねえ。
そんな俺の耳元に小さく声が響いた。
「わ、私もずっと北上君が大好き、です」
それはもう、本当に本当に小さな声で。
でも爆弾級の破壊力を持つ言葉だ。
お互い赤い顔を隠しきれずに固まる俺達。
少しして、そんな状況がおかしくなってどちらからともなく笑いあった。
俺達のグダグダな恋は、こうして始まった。