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相矢印  作者: 雪見桜
10/16

私と北上君



「あのなあ、お前ら。仲良いのは勝手だが、あまり公私混同するな」



職員室の最奥の部屋で私と仁くんは担任と学年主任に呆れたまなざしを向けられていた。

事の発端は、昼休みに入ってすぐのこと。

私と仁くんがお互いの家を行き来し合う仲だとか、名前を呼び合う仲だとか、そういう噂が出回ったことが始まりだった。

そこから噂が拡大して私達が禁断の恋をしているだなんて大変不名誉な話題まで駆け抜けたわけで。


事態を見かねた担任に引きずられここでお説教を受けている。

ちなみに学年主任の広崎先生はどういう縁なのかかつての仁くんの恩師というおまけ付き。

当然のことながら私の兄のことも、私と仁くんの関係も知っている。



「仕方ないじゃないですか。この人来るなって言ったって勝手に来るんですよ私の家に」


「お前も勝手に来てんじゃねえかよ、俺に押し付けんなボケ」


「どっちもどっちだ馬鹿野郎」



言い争いをする私達をばっさりと切り捨てる広崎先生。

お兄ちゃんや仁くんに昔相当手を焼いたらしく、その分扱い方もだいたい心得ている素晴らしい先生だ。




「妹の方はちっとはマトモだと思ったんだがな。そんなわけないよな、あいつの妹なら」



…なんかすごい失礼なことを言われていないだろうか。というかお兄ちゃんは一体何をしたんだ、何を。ひとり心で文句を言う私。

隣の仁くんは大層不機嫌そうにため息をついた。



「で、これ処分とかあるんですか?はっきり言って濡れ衣も良いとこなんですけど」


「森崎、お前敬語さえ使えば何言っても良いわけじゃないって何度言えば分かるんだ。態度を改めろ、態度を」



広崎先生と担任は頭を抱えている。

うん、ご愁傷様ですと素直に思える。



「とにかくお前らはちゃんと関係を生徒に説明しろよ。こっちからフォローしきれん」



最終的にそういうことで話はまとまった。

噂が変な方向に進化してしまっただけで私達がプライベートで関わっても一切道徳的な問題があるわけでもないので処分はなし。

不用心だとこってり叱られて終わった。

理不尽だけど、それは仕方のないことだ。


ただどうしようもなく解せないことがある。

それはもう本当に腹立たしいほど理解できないことが。



「仁くん、あのさ。この噂ってさ」


「言うんじゃねえよ、心当たりなら1人しかいねえだろが。俺だって絞め殺してやりたい気分なんだよ」


「教師が物騒なこと言っちゃだめだよって普段は言うんだろうけど、今回ばかりは本当同意」



先生たちが去って取り残された生徒指導室でそんな会話を交わす私達。

そう、今になってこんな噂が出回った心当たりなんて1人しかいなかった。



『俺ちょっとおもしろいこと思いついちゃったから一週間後お楽しみにね!』



時期ジャスト、状況理解度ジャスト、性格的にもジャスト。

本当にあの大魔王は何を考えているんだ。

一週間前の言葉を脳内で反芻して頭を抱える。



「つうかな、お前も悪いんだからな。ふざけんじゃねえよ、なんで俺がこんな面倒みなきゃいけねえんだよ」


1人苛立っていると、横に座っていた人物がいつの間にか立ちあがってそう吐きだしていた。

予想外の言葉に「はい?」と聞き返してしまう私。

仁くんは至極不機嫌な顔で私を睨みつけてきた。



「とにかく、今日は授業出るな。中庭にでも隠れてろ。授業妨害もいいとこだ」


「え…いや、私の皆勤賞記録」


「んなもん知るか、自業自得だボケ」



仁くんは最後まで訳を説明してくれないまま私を責め立てて部屋を後にする。

これ以上面倒な状況を作るわけもいかないから、時間差で部屋を出て今日は別行動と取り決める。

釈然としない気持ちのまま私も中庭に移動した。


やることなんて何もないんだけどな、どうしよう。

そんなのんきなことを考えながら、これからのことを考えて少し憂鬱になる。


北上君、今回のことで私に幻滅しちゃうかな。

まず先に思い立ったのはそんなことだった。

私だって一応は恋する乙女だ。

好きな人にどう映っているのか気になってしまうのは仕方がない。

マイナスに見られるのは誰だって怖い。


ああ、もう!

暗い想像しかできなくて頭を抱える私。



「真山さん!」


今一番聞きたくて今一番聞きたくなかった声が耳に届いたのはそんな時だった。


え、なんで?

その姿を認めた瞬間に思ったのはそんな気持ち。

あれ、もしかしてこれ幻覚?

私って幻覚見てしまうほどヤバい思考回路になってたっけ?

混乱してそんなことを考えている間にも距離は縮まる。

滅多に話したこともない想い人の突然の登場に私は声も出なかった。



「あの、その、真山さんと森崎……先生の噂聞いて」



どうやら幻覚じゃないらしい彼は第一声にそんな言葉を発して私を見つめた。

視線が絡んでドキッとする私。

ときめいてる場合じゃないのに、心臓は正直に高まっていく。



「あ、ごご、ごめんね!お騒がせしちゃって」


やっとのことでそう言うと北上君はくしゃりと苦笑いする。

その顔を見て彼の本意を知った気がした。



「ありがとう、北上君は優しいね」


「え?」


「だって心配してくれたんでしょう?」



そう、きっと彼は私を心配してくれたのだ。

だって北上君はそう言う人。

人の気持ちをとても大事にしてくれる素敵な人だから。


嬉しい、嬉しい!

単純な私はそれだけでとても温かい気持ちになっちゃうんだ。

こんな教室の隅っこにいるような私でも彼はこうして駆けてきてくれる。気にかけてくれる。

どんな噂が流れようと、ちゃんと本人の目を見て傷付かないように寄り添おうとしてくれる。

本当、なんて素敵な人なんだろう。


心の中で北上君を大絶賛する私。

すると北上君はなにやらこぶしを強く握って口を開く。



「いや心配はしたんだけど、それだけじゃないんだ」


「へ?」


「その、真山さんにどうしても伝えたいことがあって」



それは予想外の言葉。

ぱちくりと目を開閉している間に脳内は超フル回転だ。


伝えたいことって何だ?

だって私達話したこともそんなにないし、はっきり言って私地味だから印象なんて滅多に残らないはずだし。全く分からない。

そして行きついた答えに私は冷や汗を流した。



『節度を持って行動してくれないかな。皆に迷惑だ』



あまり人にキツイこと言うイメージないけど、この時ばかりは脳内再生が完璧だった。

そうだ、北上君って調和を大事にする人だった。

そんな人にとって教師と恋愛の噂が出回るような生徒なんて迷惑以外の何物でもない。


どうしよう、嫌われちゃう!

ひとたび思いつくとその思考から離れられない。

そんな私はとにかく許しを乞おうと決意してガバッと頭を下げる。

そして言葉を発する。



「真山さんが好きなんだ!」


「ごめんなさい!!」



2人の声は見事に同時に響いた。

そして少しの間を開けたあと、北上君の言葉を脳で繰り返して思わず一言。



「…へ?」


なんかとんでもなく有り得ない言葉を聞いた気がする。

その言葉の意味を理解するまで約一分。


え、え、えええええええ!?

理解したとたん脳内に私の悲鳴が響き渡った。


な、どういうこと!?

だって、北上君彼女いるんじゃ

いやそれより何で私!?


驚きすぎて全て言葉にならない。

そうこうしている間に、目の前の彼は何故か明らかに傷ついた顔をして笑った。



「良いんだ、最初からフラれるって分かってたし」




ん?

北上君の言葉の意味がまた分からなくて首を傾げる私。

な、なんで振ったことになっているんだ?

私が振られるなら分かるけど私が振るなんて天地がひっくりかえっても無いのに。

そこまで考えてハッと、さっき自分が口にした言葉を思い出した。

と同時に頭が真っ白になる。


違う、違う、違う!

謝っている方向性が全く違う!

やっと彼の顔の原因に気付いて青ざめる私。

そんな私に北上君は苦笑いして言葉を続けた。



「ごめんな、急にこんなこと言って。でも、俺真山さんのことちゃんと応援するから。だから森崎先生と幸せにな」


ああ、違う!

こんな時でも優しい北上君に惚れ直したけど、そこじゃないんだ!


相変わらず上手く言葉が出て来てくれない私。

でも北上君が笑ったまま去ろうとするから思わずがっしりとその腕を掴んでしまった。



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