欠席したら……
「やっと学校行けるのか……。あいつらには悪いことしたな……」
風邪で学校を休んだ次の日というのは、登校する時も罪悪感がこみ上げるものだ。今回の俺の場合は親が止めるのも聞かず、どしゃ降りの中友達の家に遊びに行った結果の風邪であるので余計にそんな気持ちが押し寄せてくる。たった一日休んだだけとはいえ、遊びに行った友達にも申し訳ない。
「はよーっ」
俺はそんな気持ちを見せまいと、教室に入った直後、元気にあいさつをしてみる。ここでいつもならばクラス中が温かな目線を向けてくれるところなのだが、今日はいつもと違った。
「……」
クラス全員が冷ややかな目で俺を見てくる。
「お、おいおいみんなどうしたんだよ?」
だが、全員俺をチラッと見ると、何やらひそひそ話を始める。
「……ああそうか、あいつ風邪で休んでたからだよ」
「それなら仕方ないか」
教室のあらゆる場所でそんなひそひそ話が聞こえてくる。すると、全員が一斉にこっちを向く。それと同時に俺の友人である正弘がやってきた。
「おはよう智樹。いや、悪かったな。お前は昨日いなかったんだもんな」
「昨日……? 昨日何かあったのか?」
だが、正弘も含め、全員が何も答えない。
「ま、担任の先生にでも聞いてみろよ。そうすりゃ分かるからさ」
「……? 」
級友たちの態度に疑問を感じながら、俺は席に着くことにした。
たった一日休んだだけで級友たちから置いていかれてしまった疎外感を感じてしまうのはよくあることだ。俺ももう5年生だし、こういうこと自体は今までにも何度かあった。だが、今回はその疎外感が異常なくらいに強かった。
「なあ、一体昨日何があったんだよ」
俺はその疎外感を無くそうと、事あるごとにクラスメイトにそう聞いてみる。だが、返事は決まってこうだった。
「先生に聞けば分かるって」
何が先生に聞けば分かるのか。さっぱり分からないままに俺は昼休みを迎えた。
「……いったい何なんだよ」
どうせ教室のどこにいても仲間外れになっているのが目に見えて分かっていた俺は、給食を食べた後の昼休み、しばらく小学校を散歩して過ごすことにした。
「そういえば確か昨日は図工の授業があったような気がしたな」
俺はそんなことを思い出し、少しでもそんな疎外感を埋めようと図工室に向かった。中に入って奥の部屋まで行くと、ひもでつるしたたくさんの古びた小判のようなものが飾ってあるのが見える。俺の学校の珍しい展示品の1つで、いつからかずっと飾ってあるらしい。教室の数だけ飾ってあるようで、24の小判がつるされていたはずだ。だが、その展示品を見て、俺はある違和感を覚える。
「あれ、何か少し新しくなってるような……」
気のせいか、前に見た時よりも小判の色がきれいになっているような、そんな印象を受けた。
「誰かが磨いたのかな?」
だが、それにしてはおかしな点があった。小判の何枚かが古びたままのものがいくつかあったのだ。ある小判は2つ、ある小判は3つと言ったように。磨き忘れたにしてはあまりに不自然な残し方だった。
「この小判は1つか……」
俺は順番に回っていって、磨き忘れのない小判もあることを確認していた。なら、いったいこの時折見受けられる小判の磨き忘れとは一体何なのだろうか。
「……まあ、考えてもしょうがないか」
どうせ分からないことだと思い、俺は同じクラスの連中が昨日何をしたのか探そうと、その場を離れようとする。だが、その直後だった。
(……げろ)
「ん?」
何かが聞こえたような気がして小判の方を振り返る。だが、もちろんそこには誰もいない。
「やっぱりまだ疲れてるんだな。風邪が治ってないのかも」
俺はそう結論付けると、その場を離れた。
「おっかしいな……」
それから数十分後、俺は首を傾げながら外に出た。昨日は確かに図工の時間があったはずなのだが、俺のクラスが何かを作ったような形跡はなかった。まさか図工の時間が突然なくなった訳でもあるまいし、本当に昨日一体何があったのだろうか。
(そうか、先生に聞いてみればいいんだ)
クラスメイトが事あるごとに言っていた先生、そこにすべての謎を解くカギがある。そう考えた俺は今度は担任の先生を探すことにした
「昨日何があったかだって?」
担任の先生は次の時間が担当の先生が代わる都合で職員室にいた。
「はい。誰も教えてくれないんです。先生に聞いてみろってみんなが言うので、気になって聞きに来たんですけど」
俺はそう聞く。だが、先生は笑って答える。
「何もなかったよ。あえて言うなら図工の時間にちょっと面白い話をしたくらいかな」
「面白い話ですか?」
俺は聞き返す。俺がたった1日休んだその日に先生は面白い話をしてしまったというのか。クラスメイト達が執拗に先生に聞けと言っていた意味が分かった気がした。
「ああ。たぶんみんなが言ってるのはそれのことじゃないかな?」
「そうですか……」
どうやらこれが疎外感の正体だったと考えて良さそうだ。俺は少し落ち込んだようにため息をつく。
「牧原君もこの話聞くかい? 今日の放課後なら時間も空いてるから別にいいよ」
牧原君というのは俺の名字だ。先生のその救いの言葉に俺は目を輝かせる。
「ぜひお願いします!」
「ははは。それじゃ、放課後帰りの会が終わったら図工室まで一緒に行こうか」
俺の異常なまでの食いつきに苦笑いをしながら、先生は場所と時間を指定した。
「何だよお前ら、面白い話があったんだったらそう言えばいいのに」
教室に帰ってくるなり、俺はいつもいる友人グループにそう不満を漏らす。
「ああ、何だ聞いてきたのか」
「せっかく黙ってようかと思ったのに」
友人たちはそんな反応をする。
「それで、俺も今日の放課後にその話を聞いてくることにしたよ」
そう言った瞬間だった。
「そうかやったな!明日楽しみだな!」
「え? 牧原君も? おめでとー」
それまで俺を煙たがっていた連中までもが一斉に寄ってきて、祝福の言葉を浴びせる。それも男女問わずである。
(何だよこいつらのこの変わりようは)
俺は背中に何かうすら寒いものを覚えながら、愛想笑いをするばかりだった。
そして時間は過ぎ、
「それじゃ、終わりにしましょう」
帰りの会が終わると、担任の先生のその声で全員が一斉に立ち上がる。
「かえりのあいさつ!」
『さよーならっ!』
日直の声に全員が声を揃えると、半分くらいのクラスメイトはカバンを背負い、残りの半分くらいは仲のいい友人のところへ会話に向かう。そんないつもの光景が俺の目の前に広がっていた。
「よっ」
俺のところにも例外なく友人がやってくる。正弘だった。だが、カバンを背負っているところを見ると、おそらく俺と少し会話したら帰ってしまうのだろう。
「これから先生の話聞くんだっけ?」
「ああ。でもどんな話なんだ?」
せめてその前に聞きたいことは聞いておこうと、正弘にそう聞く。
「行ってみれば分かるって。じゃな!」
だが、正弘は結局何も答えないままそう言って走り去っていってしまった。
(……何なんだよいったい)
俺は立ち尽くしていたが、
「よし、じゃあ牧村君図工室まで行こうか」
担任の先生は笑顔で俺にそう言う。
「は、はい!」
俺は先生のその声に、できるだけ不安を隠しながら元気に答えた。
「……さて、じゃあ始めようか」
図工室に着いた先生は椅子に座ると、僕に座るように促した。
「はい」
俺もそれに合わせて真正面に座る。図工室のドアは日差しが強く暑いせいもあってか開きっぱなしだ。
「君はこの学校に伝わる七不思議を知ってるかな?」
「……七不思議、ですか?」
どうやら先生の面白い話というのは怪談話のようだ。俺はそれを理解すると聞き返す。
「ああ。その中の1つにこの部屋の小判のことがあるんだ」
「小判、ですか」
俺は小判の方を見てそう相槌を打つ。
「この小判、いつから学校に置いてあったのか分からないらしくてね。小判の謎を知ろうとした人は存在を消されてしまうという言い伝えがあるらしい」
「やめてくださいよ先生。ここその図工室なんですから」
俺は背筋が凍るような感覚を覚え、そう先生に言う。別に怖い話が嫌いなわけではないが、その場所にまつわる話をされるとどうしても萎縮してしまうのだ。
「でも、僕はどうしてもその謎を知りたくてね。ある時この図工室にこっそり隠しカメラを仕込んで小判を調べたんだ。そうしたら、どうなったと思う?」
「……どうなったんですか?」
ここまで聞いてしまったらその先も聞きたくなってしまう。俺は怖いもの見たさで先生に続きを促した。
「夜の2時、昔で言う丑三つ時に小判が喋ったんだよ。それも、全てが人間の形に変化して」
「こ、小判が喋った?」
俺は声を裏返しながら叫ぶ。そんなことがあり得るというのか。
「ああ。そこで話していた内容が驚くものでね」
先生はそこで一呼吸置いた。
「そろそろ世代交代の時期だなって、そう言ったんだ」
「世代交代? 何ですかそれ?」
だが、先生は僕の問いには答えない。
「牧村君、ここで思い出してほしい。僕はこの謎を知ろうとしたものがどうなるって言ったかを」
そう言って僕を見た先生の顔はいつもの優しい顔ではなかった。
「そ、存在を消される……」
「ああ、そして世代交代の言葉の意味。これが何を意味しているのか、君に分かるかい?」
その瞬間、空いていた図工室の扉が一斉に閉まる。俺はそこで今のこの光景がようやく異常であることを感じ取り、椅子から立ち上がると教室から出ようとした。だが、
「開かない! 何で!」
「無駄だよ。そのドアは開かないようになっているんだ。君に逃げられたら困るからね」
先生は感情のない目をしたまま、俺の方を見る。
「君もこの話を通して、小判の秘密の共有者となった。小判の秘密を知った人は消さなければならない。これがどういうことか、君にも分かってきたんじゃないかな?」
先生はそう言いながら近寄ってくる。俺はドアが開かないのを知ると、先生から逃げるように教室を逃げ回る。図工室から出るのは無理だと悟った俺は、1つだけ空いていた部屋を見つけ、そこに逃げ込んだ。
「ここは……」
そして俺が辿り着いたのは今日の昼間にも来ていた小判の部屋だった。
「ここがさっき話した小判の部屋さ」
いつの間にか先生は俺のすぐ真後ろにやってきていた。
「うわあ!」
俺は驚いて腰を抜かしてしまう。
「この小判の秘密を知った人を消す方法だけどね……」
先生は俺の横を通り過ぎると、俺の方を振り返る。
「この小判には魂が宿るとされているんだ。どうやら長い間大切にされていた物らしくてね。長く大切にされていた物には魂が宿ると言われているから、きっとそれでだと思うけど」
先生は小判を触りながら、いつも向けていた優しそうな笑顔を僕の方に向ける。
「さて、今この小判にはいったい誰の魂が宿っているか。小判の話を聞いた君なら分かるはずだよ?」
先生のその言葉に、俺は恐る恐るその小判の方を見る。
「……! ま、正弘!?」
俺は声にならない悲鳴を上げ、その後今日俺にいろいろなことを教えてくれたはずの友人の名前を呼ぶ。
「ほ、他のみんな、それに先生まで!」
だが、俺はその後自分の目が節穴だったことに気付く。彼だけではなかったのだ。そこには俺以外のクラスメイト全員に加えて目の前にいるはずの先生までもが小判としてつるし上げられていた。
「な、何ですかこれ!」
俺は怖さと気持ち悪さが混ざったような気持ちを必死に抑えながら、先生だと思っていた人に向かって叫ぶ。
「君と同じさ。君が聞いた話を全員僕から聞いて、その後にこの部屋まで誘導したんだ」
今君が見ているのは小判と入れ替わってしまった級友たちの魂だよ、と先生は笑みを浮かべながら言う。
「じゃ、じゃあ今日授業を受けてたあいつらは何なんですか?」
もう俺は何も考えず、浮かんできた疑問をただ目の前の先生らしき人にぶつけるしかなかった。
「あの子たちは小判に宿っていた魂さ。外見は君たちの体を使っているから見た目だけは全く同じに見えただろ? もちろん、僕ももう君の知ってる先生じゃないよ」
俺はもう何も言えなかった。最初に感じた疎外感は俺が学校を休んだせいなんかじゃなく、単純に知らない集団の中に放り込まれたからなんだと、そう気付かされてしまったから。その時、俺は図工室で一瞬聞こえた声を思い出す。
(……げろ)
あれはクラスメイトの誰か、あるいは先生がもしかして逃げろと言ってくれていたのかもしれない。
「さて、それじゃ、そろそろおしまいにしようか」
先生は俺の目をじっと見る。その瞬間、視界がぐるぐると回転するような感覚を覚えた後、そこで俺の意識は途絶えた。
それからしばらくして、図工室の小判はいつの間にかすべてが磨かれたようにきれいになっていた。だが、いつ誰がそれをやったのか。その謎を知る者はいない。