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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

思考派芸術家

作者: 木尾荷悠

今日は地面に叩きつけられるような豪雨が降っている。恐らくこの雨は今年の梅雨の中で一番強いと言ってもいいだろう。

その雨を教室から眺めながら目の前のキャンバスに筆を強く打ち付ける。

私が眺めているのは雨であっても描いているのは雨の降っている風景じゃない。雨を眺める自分の心を「絵」として現実に写し出しているのだ。


風景画。肖像画。

それらは私には素晴らしさが分からない作品。現実に既に存在するものを現実に写し出す、そんなのただの作業じゃないか。

「個性が現れる」だなんてよく言ったものだ。当たり前じゃないか、どれだけ真似ようとも全く同じ絵なんて存在しないのだ。

そんなもの、写真と何の違いがあるのだろうか。むしろ写真よりも現実に忠実では無い劣化品をこれ見よがしに他人に見せて、何がしたいのだろうか。「こんな絵が描けるんですよ」とでも言いたいのだろうか。そんなもの、時間さえかければ誰にでも描けるというのに。



かつて、このことで二つ年上の先輩と討論になったことがある。

きっかけは私の絵が入選したことだった。先輩の絵も入選していたのだが、賞の優劣で言えば私のほうが上だったのだ。

余程納得できなかったのだろう。顧問の先生に何度も抗議している場面に遭遇した。

それだけでは腹の虫が収まらなかったのだろう、ついには教室で1人残って絵を描く私の所へ来て暴言を吐くにまで至った。


「………そんな誰でも時間をかければ描けるような絵で、本気でそんなこと言ってるんですか?」


私が放った言葉を聞くと、彼の顔はみるみる赤く染まり歪になっていった。自分の中にある全ての憎しみを向けて来るかのような恐ろしい眼をしながら、先輩は誰もいない教室で私を押し倒した。普段の先輩からは想像も出来ない程の強い力で私は服を脱がされ、そして約一時間後、私は処女を失った。



それから、私は数日間学校に登校できなかった。外を出ることはおろか、制服を見るだけで胃の奥から煮えた酸のような物が溢れそうになった。その後、一通りの負の感情を巡らせた私がとった行動は、絵を描くことだった。

内容は至って単純。この数日間の内に心の内を絶え間無く垣見出してくれた強烈な感情、それを形にすること。

描いていると藍と赤の絵の具がきれた、藍の絵の具は似た色で代用したが、赤はどうしても表現できる色がなかった。

少し前に読んだ小説に、血で赤を補充するというのを見たことがある。少し痛かったが私も包丁で少しだけ指を切り、繰り返しながらパレットに少し溜まるくらいにまで集めたが、思ったよりも濃さと粘着性が足りなく感じた私は仕方なく黒の絵の具で調整した。


「それ」を描き終えるのに約一週間。その間に生理が来てひどく安堵したのを覚えている。


描き終えた私はとりあえず見せたかった。早く見せたかった。彼に私のあの時の感情をほんの少しでも知ってもらいたかった。

その日の夕方、私は学校へ訪れた。どうやら先輩はいつもよりも早く下校しようとしていたらしく、まさに帰る仕度を整えて下校しようとしていたところだった。

先輩は私を見て一瞬固まる。それもそうだ。強姦した相手が目の前で晴れやかな表情をしながら待ち構えているのだから。不気味なものでも見るような目をしながら私の横をすり抜けようとする先輩の制服の裾を掴み、その動きを無理矢理に停止させる。


「見てください。これが私の気持ちです」


先輩は鞄から取り出した「それ」に目を向ける。先輩の顔が再び歪む。今度はより醜く、より狂気的に。

断末魔のような悲鳴をあげて走り去った彼の後ろ姿を眺めながら、私は強烈な感動に体を僅かに震わせた。


通じた。伝わったのだ。私の作品が認められたのだ。

その事実が只々嬉しかった。やはり私の芸術は間違ってはいなかったのだ、と。



それからも私は変わらず絵を描き続けている。

これからも、きっと描くことを辞めることは無いだろう。

それが私であり、私の芸術なのだ。

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