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6

 その日、朝から耐え続けていた雨雲は、夕方になって堪えられなくなり、地上に大雨を降らし始めた。ぽつぽつと小雨が降り始めた頃には、柳瀬は目的の場所に辿り着いていたが、意味がないとわかっていながら玄関の横の表札をしばらく眺めていた為、彼がその家のインターホンを押した時には辺りは薄暗くなり始めていた。

 ピンポーンと、驚くほど間の抜けた音がした。しかし、いくら待っても中から人が出てくる様子はない。

 柳瀬は何度もインターホンを押した。一回、二回、三回……。

 柳瀬が五十四回インターホンを押した時、ようやく玄関が薄く開き、中から女の声がした。

『何の用ですか?』

 すると、柳瀬はドアノブを掴み、扉を大きく開け『何をするんですか!』と怒鳴る女の腹を殴り、土足のまま部屋の中に入った。

 探すほど広くもなかったので、早野が言っていた男の子はすぐに見つかった。少年は明かりもついていない暗い部屋の中で机に向かい、勉強していたが、柳瀬の顔を見ると、泣きながら『ごめんなさい』と謝った。

 少年に『ごめんなさい』と言われ、柳瀬は苛立ち、その少年の顔を何度も殴った。

 腹が立った。悔しかった。こいつさえいなければと柳瀬は思った。

 動かなくなった少年の右腕を掴み、ずるずると引きずり、外に連れ出そうとした。が、できなかった。

 痛みがあった。

 『えっ』と声に出しながら、柳瀬はうつぶせに倒れると、誰かに蹴飛ばされて仰向けになった。視線の先には見知らぬ老婆がいた。

 片手に血の涎を垂らす飢えた包丁を持ち、顔に幾筋もの皺を張り巡らせた醜悪な老婆は、勝ち誇ったような顔で笑いながら柳瀬を見下ろしていた。

 あぁ、そうか。

 『死ね!』と叫び、老婆は包丁を振り上げた。それを見て、柳瀬は『僕は死ぬんだ』と思った。

 振りおろされる刃物。腹から突き出る包丁の柄。

 柳瀬は寒かった。寒いと思いながら、声を聞いていた。その声は彼の父であり、母でもあり、彼が好きだった人の声でもあった。

『我が子を大切に思わない親なんていないよ。少なくともこの世界にはね』

『他に好きな子はいないの?どうしてあの子なの?』

『私、別に女子校に入りたいって言った訳ではないんだよ。それなのに……』

『かずあきは良い子だ。俺はかずあきを信じてる』

『勝手にしなさい。あんたのことなんかもう知らない』

『辛いよ、かずあき。私、かずあきしか頼れる人がいないから、会いに来ちゃったけど、迷惑だったかな?』

 そんなことないよ、ちえ。僕なんかのことを頼ってくれてありがとう。今度こそ僕がちえの役に立つからね。もう少しだ。もう少しだから。くそ。おかしいな。さっきから時間の流れが遅く感じる。

 はやくはやくしないとちえがしんでしまうんだはやくはやく……。

 薄れゆく意識の中、柳瀬は早野のことを考え続けた。考え続けていれば、彼女が助かると思っているかのように。

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