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2011年4月頃書き上げた作品。

 男は濡れた床の上に倒れている。汚れた板の上に仰向けの状態でばったりと寝ている。

 外装が所々剥げている、高円寺駅近くのとあるボロアパートの一室。狩りを終えた肉食動物のような形をした血塗れの老婆と、涙と鼻水で顔をべとべとにした少年が、男を見下ろしている。

 薄く埃の積もったベニヤ板の上に、美しい赤が拡がっていく。ゆっくりと、ゆっくりとそれは男の背中を中心に拡がり、新しい領地を求め、板の上を流れていく。男の命と共に、開け放たれたままの無駄に磨かれた扉に向かって、彼の血は流れていく。




 一時間ほど前、柳瀬かずあきは丸椅子に座り、病室のベッドの上に横たわる幼馴染、早野ちえを見つめていた。

 空ろな目。表情のない顔。色も密度も薄くなった長い黒髪。それら彼女の体の一部は、柳瀬が初めてこの病院に駆けつけてきた時にはどれも生気が抜けていて、すでに彼女は死人同然だった。

 柳瀬は早野と病院で再会する前は、彼女が死を間近に控えているとは思いもしなかった。しかし、彼女にうつった例の病気の進行が最終段階に入っていることは、彼女の空っぽな目を見れば明らかだった。

 お前はもう死んでしまうんだな。

 昼間なのに薄暗い、静寂に支配された病室内で、じっと見つめる柳瀬の目を、早野は見つめ返していた。柳瀬からしてみれば、早野の目は、自分に何か訴えかけているように見えた。が、早野たち(患者)のその行為には、例の病気の研究者によると、僅かに残った理性が向けられた視線に反応しているだけで、何の意味もないとされている。

 早野ちえは後天性の心腐病患者だ。心腐病を発症した者は、まず感情がなくなり喋らなくなる。そして、後天性の場合は更に症状が悪化し、脳が徐々に意識を内側へと向けていき、やがて全ての身体機能を停止させる。その一連の様子が、まるで心が生物のように腐っていき、使い物にならなくなるのと似ていることから心腐病という名が付けられた。

 六十年前、戦争に勝った隣の世界の住民たちが、この世界にばらまいた不治の病が心腐病だ。当時、この病気は感染者と身体接触をしなければ感染しないと言われていたが、それはこの世界の住民たちが混乱しないように、また自分たちだげが心腐病の恐怖から逃れる為に、権力者が吐いた嘘だった。感染者が被感染者に触れると、心腐病は被感染者に移り、感染者は心腐病を移すことにより、感情を取り戻し、会話ができるようにはなるものの、例え人に移しても心腐病の遺伝子は体内に残留し、半永久的に隔世遺伝する。心腐病が後世にまで名を知られる忌まわしい病となったのはその為だ(とはいえ、今では先天性の患者ばかりが目立ち、後天性の症状から取られた名前の由来を知る若者は、現在では少ない)。

 治療法は見つからず、不治の病とされている心腐病。その上心腐病は他者へと移り、遺伝までするという最悪の病気だった。故に、この世界の人々は一様に心腐病患者と心腐病の遺伝子を持つ者を忌み嫌い、差別した。そして、不運なことに、心腐病関係で差別されて育った子どもたちはみな、どこか歪な影を残しながら大人へと成長していった。柳瀬もまた、そんな不運な子どもの中の一人だった。

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