第二十九話
朝が訪れた。平和を取り戻した国に相応しい、明るくすがすがしい朝だった。目覚めたばかりのエリーは、部屋の窓を開け放った。新鮮な朝の空気が室内に流れ込む。昨夜は充分な睡眠をとり、頭はスッキリしていた。あんなに幸せな気分で眠れたのは、何日ぶりのことだろうか?城の下に広がる街並みと澄んだ青空を眺めながら、エリーは喜びをかみしめていた。
と、部屋をノックする音がした。
「どうぞ、鍵は開いてます!」
窓辺に立ったまま振り返って声をかける。扉がゆっくりと開いて、ダリルが姿を現した。
「ダリル、具合はどう?」
昨夜は会わずじまいだったダリルに、エリーは笑顔を向ける。聞くまでもなく、元気そうな足取りでダリルは部屋に入ってきた。
「最高だね。こんな気持ちの良い朝を迎えたのは初めてだ」
ダリルは笑みを浮かべながら、エリーの隣りに佇んだ。
「美しい青空だ…」
ダリルが窓から空を仰いだ時、教会の鐘の音が街に鳴り響いてきた。鐘の音に国中の人々の喜びが込めれているように、その音は高らかに空を舞う。
「本当に良かった。この国に平和が戻って…」
しばらく鐘の音に耳を傾けていたエリーは、ふと視線をダリルに向ける。
「昨日はありがとう。倒れた私にも治癒の魔法を使ってくれたのよね?そのせいであなたは具合を悪くしてしまったのね…」
「たいしたことないさ。あの程度で寝込んでしまうとは、我ながら情けないな。力不足を感じる」
視線を空に向けたままダリルは答えた。
「そんなことないわよ。この国に平和が戻ったのは、あなたとリシリー様のお陰だもの。それに嬉しかった、すぐに助けてくれて。 あなたはサムと私の命の恩人だわ」
ダリルは視線を空からエリーに向ける。
「……」
澄んだ緑色のダリルの瞳に間近で見つめられ、エリーは一瞬ドキッとする。 ダリルは無言のまま、エリーから視線を外そうとしない。
(やだ、何ドキドキしてるんだろう…)
エリーは軽く咳払いして俯いた。
「あの…私が倒れた時、あなた何か言っていたでしょ?…魔法がどうのこうの、よく聞き取れなかったんだけど、何て言ったの?」
「…さぁ、よく覚えていないな」
ダリルは一瞬視線を泳がせたが、すぐに口元を綻ばせた。
「覚えているのは、抱き上げた君が予想以上に重かったことくらいだな」
「……!」
ロマンチックムードが崩れ去り、エリーはダリルを睨む。
「乙女心が分からない人ね。…さ、帰りましょうか。サム達に早く会いたいわ」
「そうだな。そろそろ僕もこの国を旅立たないとね」
「……」
ダリルの言葉に、エリーの心の中にある決心が膨らんでくる。
「サム!」
歩くのももどかしく、宿屋に駆け込んで行ったエリーの元に、サムが笑顔で走ってきた。
「エリー!」
サムはエリーの胸に飛び込んできた。エリーはしっかりと弟を抱きしめる。その後ろから叔母夫婦も姿を見せた。みんな元気そうだ。
「…エリー聞いたよ、魔法がこの国を救ったって 。みんな噂している」
「ダリルのまほうがきいたんだ。あ、ダリル!」
サムはエリーの胸の中から離れると、後から入って来たダリルの元に駆けていく。
その様子を見ながら、叔母は微笑んだ。
「皆が生きていられたのも魔法のお陰だね。魔法に対する考え方を改めないといけないようだよ」
エリーは笑顔で頷く。
「叔父さん、叔母さん、大事な話があるの。少しいいかしら?」




