第二十八話
穏やかな風が頬をなでていくような心地良い空気の揺れを感じ、エリーは目を覚ました。頭はまだぼんやりとしているが、体中の疲れはとれていた。薄く目を開けると、リシリーの顔があった。
「気がついたかね。随分、気持ち良さそうに眠っていたね」
リシリーは口元を弛ませる。視線をずらすと、ジョージとリリィの顔もあった。二人とも幸せそうな笑みを浮かべている。
「…あ、魔法、魔法の続きを行わなくちゃ」
呪文を唱える途中で倒れたことを思い出し、エリーは起きあがろうとする。リシリーはそれを手で制した。
「もうしばらく休んでいなさい。時期に日が暮れる、今夜は城に泊まると良い」
「でも…」
「エリー、もう良いのよ。魔法が効いたの。王様も元気になられたわ」
「君たちの魔法のお陰で、国中の人々が助かったようだよ」
「本当に?…」
まだ信じられない気持ちがあるが、確かにそれまでの暗く重い空気は感じられなくなっていた。
「君は無茶をするが、たいしたお嬢さんだ。あれだけの強い力を発揮出来るとは正直思っていなかった。君はもうれっきとした魔法使いだな」
「魔法使い…魔法を使ったことは許されるのでしょうか?」
エリーは少し不安になる。
「許されないとすれば、私と君とダリルは死刑ということになる。だが、国王はきっと許して下さるだろう。法律は早急に改正せねばならないな」
エリーの顔にようやく笑顔が戻った。
「リシリー様、ありがとうございます。願いを聞いていただけて感謝しています。…あなたのお気持ちが変わったのは何故でしょうか?」
「君達の熱意に負けたのだよ。この国一つ滅んだところで、どうにでもなると思っていたが、この国が滅びてしまうのは惜しい気になってきた。何より、将来有望な君とダリルという魔法使いを失うのはもったいない」
リシリーは静かに微笑む。 エリーはふと気がつき、室内に視線を巡らせる。
「ダリルは?…ダリルはどこですか?」
「心配しなくて良い。彼は別室で休んでいるよ。あの後、倒れた君に治癒の魔法を使ったために、疲れが増したのだろう。自分を犠牲にしても守りたいものがあることに、彼も気づいたのかもしれないな。それが本当の愛ということなのかもしれない」
「……」
エリーはリシリーの言葉をかみしめ、そっと目を閉じた。ふわふわした豪華なベッドの心地よい温もりよりも、もっと心地よい心の温もりを全身で感じる。 愛する人達を失う恐れはなくなった。 サム、叔父さん、叔母さん、ジョージ、リリィ、そしてダリル、愛しい人々の顔を思い浮かべながら、エリーはもう一度安らかな眠りに落ちていった。




