第二話
昼前になって、ようやくダリルは起きてきた。既にエリーは市場から戻り、ダリルの客室以外の掃除も済ませていた。
「とても遅いお目覚めね」
エリーの叔母に宿代を払った後、店の方へ歩いてきたダリルに声をかけた。
「魔法使いの生活は夜明けまで続くんだよ。朝は体を休めとかないとね」
ダリルは、いつも座っている店の隅の席に腰を下ろした。その様子を見て、 エリーは厨房に歩いて行く。
「カラス君はどこへ行ったのかな?」
「サムと一緒に出ていったわ。もうすぐ帰って来るんじゃないかしら」
厨房から声をかける。
「ふーん、このところほったらかしだから、怒っているのかもしれないな」
「そうね、近頃サムとよく遊んでいたし」
エリーはダリルのテーブルの方へ歩いて来ると、温かいミルクをそっと差し出した。「どうぞ。お発ちのお客様にサービスします」
「?今日は珍しく優しいね」
ダリルはフッと笑うと、湯気の立っているミルクを美味しそうに口にした。
「今日のミルクは今までで最高の味だね。君の魔法が効いているのかな?」
「魔法なんて…」
笑って答えようとしたエリーだが、ダリルと目が合うと不意に涙が溢れそうになった。 短い間のダリルとの思い出が、頭の中をよぎる。エリーはくるりと後ろを向いた。
「使ってる訳ないじゃない…」
涙が一筋頬を伝って流れた。エリーは慌てて指で涙を拭う。
「もしまたこの国に立ち寄ることがあれば、『旅の宿』にお泊まり下さい…」
やっとの思いでエリーはそう言った。もう二度とダリルに会うことはないだろう。抑えきれない涙が次々と溢れてきた。エリーはダリルに背を向けたままテーブルを離れた。
厨房の隅で涙を拭っているエリーの元に、突然羽の生えたハンカチが飛んできた。エリーはビクッとして辺りを見回し、ハンカチを掴んだ。叔母夫婦は料理に夢中で気づいてなかった。エリーの手の中でハンカチがバタバタもがいている。
(ダリルのバカ!叔母さん達に見つかったらどうするのよ!)
(怒っている君も魅力的だけど、泣いてる君はもっと魅力的だね)
ダリルの心の声が聞こえ、エリーは厨房からそっとテーブルのダリルを見た。ダリルはエリーを見て微笑んでいる。
(この国はとても気に入った。きっとまた戻って来るよ)
「……」
エリーは羽のついたハンカチで頬の涙を拭くと、微笑みを浮かべた。




