第十八話
エリーの頭の奥で「ドンドン」という鈍い音が聞こえた気がした。今夜も机に突っ伏したままいつの間にか眠ってしまった。音は何度か聞こえたが、エリーの眠りをさえぎるまでには至らない。エリーはムニャムニャと小さく呟き、顔の向きを変えて眠り続けた。
そのうち音も止んだ。夜明け前の部屋は薄暗く、小さくなったランプの明かりがユラユラと揺れていた。静まりかえった部屋には、エリーの安らかな寝息が聞こえるだけだ。と、ふいにコツンという何かが壁に当たる音がした。そして、ガンッ!という鋭い音がエリーのすぐ近くで聞こえた。眠り込んでいたエリーも、さすがにその大きな音で目を覚ました。
「何?」
眠い目をこすりながら身を起こすと、椅子のすぐ側に小石が落ちていた。カラスが来るのを待って窓を開けていたから、石は窓から投げ込まれたのだろう。エリーが不思議に思っていると、もう一度窓から小石が飛んできて床に砕け散った。
「誰よ!?」
椅子から立ち上がり窓辺に駆け寄る。エリーが窓から外を見下ろすと、裏庭に見知らぬ騎士が立っていた。彼はもう一度石を投げようとしている。
「誰?そこで何してるの!」
恐い気持ちを抑えながら、声を上げる。騎士は小石を投げ捨てると、エリーを見て微笑んだ。
「ようやくお目覚めかい?起こすのに苦労したよ」
「あなた誰!」
(分からないのか?ダリルだよ。仮の姿では魔法も使えないからね)
(ダリル?…)
(声を張り上げるのはまずいから、心で話そう)
エリーは不思議そうに、見知らぬ騎士の姿を見つめる。 心に聞こえる声は、いつものダリルの声だった。
(訳あってカラス君に変身出来なかった。城の牢屋番の身体を借りている。すぐに戻らないといけないから、手短に話そう。明日、リシリーは君に会うよう使いの者を送ってくるはずだ)
(ジョージが話してくれたんだわ)
(僕もカラスの姿で側にいようと思っていたが、それが出来なくなった。君は一人でリシリーと会うことになる。リシリーは君の魂胆を知っているから気をつけるんだ)
(…私一人で)
エリーは不安になる。
(薬だけ届けて、すぐに帰った方がいいな。…リシリーは魔法使いだ。それもかなり力のある…)
「リシリー大臣が!?」
エリーは驚いて、思わず大声を出した。
(リシリーのことを探るには、慎重に行動した方がいい)
(リシリー様が魔法使いだなんて、信じられない…)
(では、帰るよ。明日は薬を届けるだけで何もしなくていい。充分気をつけるんだ)
牢屋番の姿をしたダリルは、エリーに向かって投げキッスをする。
「では、お嬢さん夢の続きをご覧」
そして足早に闇の中を去っていった。
「…リシリー様が魔法使い…」
エリーはしばらく呆然として、夜の闇を見つめていた。
牢屋番の姿で、城の牢屋に戻ったダリルは、牢の中のベットにぐったり横たわっている自分の姿を見つめた。牢屋番が水を渡す瞬間その手を掴み、身体を入れ替わった。そして、自分の身体を殴って気絶させていたのだった。リシリーの魔法のバリアがあるせいか、呪文があまり効かず乱暴なことをしなければならなかった。
(殴ったところが痛まなければいいが…)
そう考えているダリルの元に、病で倒れた牢屋番の代わりの騎士がやってきた。
「魔法使いは眠っているのかね?」
「そのようだね」
ダリルは牢屋番になりすまし、落ち着いて答える。しばらくすると、ダリルの姿をした牢屋番が意識を取り戻し、起きあがった。牢屋番は自分の姿を牢の外に見て驚きの声を上げる。
「どういうことだ!?何故私が魔法使いになってる!」
牢屋番のダリルは、興奮しながら鉄格子の側に詰め寄ってきた。
「何を言ってるんだね?」
もう一人の牢屋番は不審な顔をする。
「狭い牢屋に閉じこめて、おかしくなってきたのかもしれないな」
本物のダリルは、すっと牢屋番のダリルの手を掴むと意識を集中させて呪文を念じた。ほどなく、ダリルは自分の身体の中に戻っていった。戻ったと同時に自分が殴ったみぞおち辺りが痛んだ。
「私は牢屋番だ!」
興奮気味の牢屋番は、元に戻ったことも忘れて叫んでいた。
「当たり前だろう。おかしなことを言うな」
「……??」
もう一人の牢屋番にたしなめられた牢屋番は、キョトンとした顔をしていた。
「こんな狭くて暗い場所にいると、おかしくなってくるものなんだよ」
ダリルはフッと笑うと、みぞおちをさすりながらベッドに横になった。
いつも読んで下さってありがとうございます。ラストに向けて頑張って書いてます。無事完結出来るよう、続けていきます。かなり長くなってきましたね…(^^;)




