第十七話
(私の姿を探しても見つかりはしない。離れた城の部屋にいるのだからな)
ベッドから立ち上がり、辺りをキョロキョロ見回しているダリルに、リシリーの声は言った。
(こちらからは牢屋の様子は手に取るように分かるのだがね)
ダリルはゆっくりとベッドに腰を下ろし、腕組みした。
(…そういう事が出来るのは、魔法使いだけだ。僕の他にももう一人魔法使いがいるようだな)
(そんな事は、とっくに分かっていたのだろう?)
(この国は、『魔法使い侵入禁止』ではなかったのか?)
(私がこの国に来てからはな)
リシリーの声は鼻で笑う。
(それ以前は、そのような法律はなかった。…ダリル、お前はまだ若く未熟だ。この先も魔法の修行がしたいのなら、命だけは助けてやろう。黙ってここを出ていくがいい。皆の記憶からはお前のことを全て消し去っておく)
(……)
ダリルは腕組みしたまま、黙り込む。リシリーに悟られないよう、心を空白にして目をつぶった。
(…それは出来ない)
しばらくして、ダリルは心で語った。
(このまま立ち去るつもりだったが、今は立ち去ることは出来ないな。この国には、不吉な影が迫って来ようとしている。リシリー、あなたも気づいているだろう?以前の流行病よりも強力な病が広まりつつある。この国は滅びてしまうかもしれない…)
(お前の力で何が出来る?…そう言えば、エリーという娘が流行病に効く煎じ薬を作ったと言っておったな。私に会いたいとのことだ)
ダリルは目を開いた。
(お前はあんな小娘を使って私の邪魔をしようとしているのか?)
リシリーの声は可笑しそうに笑う。
(…彼女に会うつもりなのか?)
(フン、薬の効き目を試してみてもいいだろう。娘が何をしでかすか観察してみるのも面白い。明日にでも使いの者を送って娘に会うつもりだ。それがお前の望みだろう?)
(……)
(まぁ、一晩よく考えてみることだな。たかが一国のために、魔法使いの道を閉ざすのがいいか、このまま修行の旅を続けるのがいいか、決めるのはお前だ)
(……)
リシリーの声は、含み笑いと共に静かに闇の中に消えていった。しばらく黙ったまま考え込んでいたダリルは、ふと立ち上がり牢屋番の方に近づいて行った。
「すまない、水をもらえるかい?」
牢の前でうとうとしかけていた牢屋番は、ビクッと身を縮ませて振り向いた。
「水を飲ませてくれないか?」
驚いた顔の牢屋番に、ダリルは微笑んでそう言った。




