第十二話
穏やかな朝日が窓から降りそそぐ。高い空からは鳥たちのさえずりが聞こえ、街道からは荷馬車の車輪の音と馬の足音が聞こえ始めた。昨日の出来事は忘れてしまったかのような、いつも通りの平和な一日が始まる。
「エリー、エリー」
ベッドから起きたばかりのサムは、机の上に身を伏せて眠っている姉の肩を揺すった。
「…うん?…」
眩しい朝日に目を細めながら、エリーはゆっくりと身を起こした。まだ、頭はぼんやりとしている。
「もう七じだよ」
「え?…」
あくびをしながら掛け時計に目をやると、時計の針は七時過ぎを差していた。
「大変!…」
エリーは慌てて椅子から立ち上がった。昨夜、カラスの姿のダリルが帰った後、ずっと「魔法の本」を読んでいたのだ。どうやらそのまま眠っていたらしい。
「きのうは、ねむらなかったの?」
「うん…本を読んでたら、そのまま眠ったみたい」
エリーは微笑むと、サムに見せないように「魔法の本」を机の引き出しにしまった。
「さっき、カラスくんがかえってきたよ。カラスくんはダリルといっしょだったのかな?」
嬉しそうに話すサムの後ろに、カラスがベッドの端に止まっているのが見えた。
「カラス?…」
エリーはカラスの側に寄り、じっくりと眺めた。真っ黒でつぶらな瞳のカラス。
「あなたは、カラスよね?…」
カラスは小首を傾げながら、カァと小さく鳴いた。
「どうしたの?」
穴のあくほどカラスをじっと見つめているエリーを、サムは不思議に思う。
「何でもない…いつものカラス君みたいだわ」
「カラスくんとこねこにミルクをあげていい?」
サムのベッドの上には子猫がちょこんと乗って、カラスを警戒しながら見ていた。
「こねこもミルクがだいすきなんだ」
「いいわよ」
「ダリルもミルクがすきだよね。ダリルはおしろでのめたかな?」
サムの目が、ふと心配そうに曇る。エリーは後ろから優しくサムを抱きしめた。
「大丈夫。ダリルはきっとミルクを飲んでるわ」
「ほんとに?」
「……?」
エリーは、はっとしてサムを振り向かせた。
「ねぇ、今、私の声聞こえたの?サム、後ろ向いてたでしょ?」
「?…ほんとだ。でも、ぼくエリーのいうことわかったよ。ダリルのこころのこえみたいだった…」
サムは目を丸くしてエリーを見つめた。
「もう一回言ってみるわ」
エリーはくるっと後ろを向いてサムに背を向けた。
「サム、私の声が聞こえる?」
「……?」
サムはエリーの背中を叩いた。
「なにもきこえない」
振り返ったエリーにサムは答えた。
「そう…もっと集中しなきゃダメみたいね」
「でもすごいや!エリーもダリルみたいなことができるんだね!」
「もっともっと練習したらね。でも、このことは秘密よ。ダリルを助けるまで誰にも言わないで」
「うん!ダリルがたすかるまで」




