第十一話
カラスのダリルは羽ばたくと、机の上からベッドの端へと移動した。
(鳥になって飛ぶのも気持ち良い。何より君がずっと優しくなるからね)
エリーはドレスのボタンをかけ直し、むっとした表情を浮かべる。
「カラスになってるなら早く言ってよ!…でも、あなたの体はどうなってるの?」
(お城の牢屋の中さ。今はカラス君が僕の体に入っている)
「カラスが?…大丈夫なの?」
(今は眠っているから、牢屋番も気づかないだろう。ま、カラス君は賢いから、人の姿で空を飛ぼうとはしないさ)
ダリルの笑い声がエリーには聞こえるが、目の前にいるのはカラス。エリーは不思議な気持ちになる。
「あなたは本当にダリルなの?なんだか信じられない…」
(城から抜け出すためには、何かに姿を変えなければならない。牢屋の上部には小さな小窓がついていたのでね、カラス君に来て貰ったんだ。入れ替わりの魔法は簡単だよ)
カラスになったダリルは、バタバタと羽を羽ばたかせた。
(だが、危険も伴う。カラスの姿で獣や人間に襲われたら命取りになる。…まだ信じられないのかな?)
まじまじと見つめるエリーを、カラスの姿のダリルは小首を傾げて見上げた。
(それなら、もう一度僕の体に触ってくちばしにキスしてくれたら分かるよ)
エリーの頬がサッと赤くなる。
「!…もう充分分かったわ。あなたはいつものカラスじゃないもの。危うく着替えるとこだったじゃない」
ダリルの笑い声がエリーの心に響く。
「…でも、良かった。あなたが無事だと分かって…明日、あなたを助けにお城に行くわ」
(それは止めた方がいいな。危険が大きすぎる)
カラスは、エリーをじっと見つめた。
(城の様子では、僕はすぐには処刑されないようだ。魔法使いが珍しいらしく、色々調べたいらしいな。ま、それが終わって用済みになれば、処刑されるだろうが)
「じゃ、どうすればいいの?黙って処刑を見過ごすなんて、私には出来ない!」
(…もう少し調べてみるよ。城にはリシリーという大臣がいたが、彼が大きなカギを握っているような気がする。彼の心を探ろうとしても何も探れない。とても大きな力を感じた)
「リシリー大臣?…」
(彼を探ってみることから始めれば良い)
「分かった…お城にはジョージが勤めているから、ジョージに聞いてみるわ」
(それから、君はもっと魔法の勉強をするんだ)
「…魔法の?」
(僕が見込んだとおり、君には魔法使いの才能がある。君にはカラスになった僕と一緒に行動してもらわないと困る。魔法が使えると何かと便利だからね)
「…分かったわ。やってみる」
エリーの決心は固まった。心の中は大きな不安でいっぱいだったが、ダリルの言葉でそれを上回る勇気が沸いてきた。ダリルを救うため、この国を変えるため、エリーは困難に立ち向かう決心をした。
(今夜はそろそろ帰るよ。明日の夜また来る)
カラスは羽ばたくと、窓辺に向かった。
「ダリル、気をつけて」
(君もね。魔法使いのことは忘れたふりをしていればいい。それから、本物のカラス君が帰って来たら、ホットミルクを飲ませてあげておくれ)
カラスは夜空に向かって、窓から飛び立った。
(今夜のミルクも最高に美味しかったよ)
見送るエリーの心に、ダリルの声が響いた。




