第十話
机の上のホットミルクを、カラスは美味しそうにゴクゴクと飲んだ。カップにくちばしを入れては出して、見る見るカップは空になっていく。
「よっぽどお腹が空いていたのね」
エリーは目を丸くして、カラスを見つめた。大きくて真っ黒な鳥。今までじっくり観察したことはなかった。気味の悪さが消えた訳ではないけれど、つぶらな瞳でじっとエリーを見つめる様子は愛らしかった。
「ダリルがいなくて寂しい?」
答える代わりにカラスはエリーに近寄り、机の上に乗せていたエリーの手をつついた。
「フフ、くすぐったい」
エリーは優しくカラスの頭をなでる。意外にも柔らかくて温かい毛並みだった。カラスは気持ち良さそうに目をつぶった。
「そろそろ休まなきゃ」
エリーはカラスをなでる手を止める。
「…明日、お城に行ってみるわ」
何かを決心したように呟くエリーを、カラスはじっと見つめた。
「王様に直接会うのは無理かもしれないけど、ダリルのことを許して貰えるよう説得してみる。魔法は悪いことじゃなくて、人を救うことも出来るんだって解ってもらうわ」
エリーは立ち上がると、ドレスのボタンを外しネグリジェに着替えようとした。
「あなたももうお休みなさい。ダリルの部屋みたいに、ベッドの端に止まって寝て良いわよ」
さっきからじっと自分を見つめているカラスに、エリーは言った。
「どうかしたの?」
カラスの視線は、エリーの胸元にくぎ付けになっている。ボタンを外そうとしたエリーの手がふと止まる。
(ただのカラスよね?…でも、じっと見られていると嫌な感じだわ)
エリーは口元を弛めながらも、カラスに背を向けた。と、パタパタと後ろで羽音がした。
(カラスにはお構いなく、着替えを続けて良いよ)
「!!えっ?…」
突然心に響いてきた聞き慣れた声に、エリーの心臓は止まりそうになる。
「ダリル!?」
驚いて振り向いたエリーの後ろには、目をくりくりさせたカラスがいるだけだった。 カラスは大きく羽を広げると、カァカァと鳴いた。
(カラスになってみるのも悪くないね)
「ダリルなの!?」
いつものダリルの笑い声が心に響き、エリーは慌てて胸元を押さえた。




