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追放されたけど【至高の抽出】で最強の一杯を淹れます 〜無能と捨てられた令嬢、路地裏カフェで渋い店主とバズる〜

作者: くるっくる
掲載日:2026/04/30

「ふん、魔力もなけりゃ剣も振れん。お前のような“お湯を沸かすしか能のない女”など、我が公爵家には不要だ!」


 そう言い放った兄の声と同時に、馬車の窓から私のカバンがぽいっと投げ捨てられた。


 続いて、そっと。


 ネルドリップのポットが、まるで壊れ物注意の荷物みたいに丁寧に置かれた。


 ……いや、なんでそこだけ優しいのよ。


「ミリー! そのポットは父上の愛用品だ! 傷つけたら殺されるぞ!」


「私よりポットの方が大事なの!?」


 兄のドヤ顔が馬車の窓から覗く。

 ああ、この顔。昔から“自分は完璧だ”って思ってるタイプのやつだ。


「お前のような無能は、公爵家には不要だ!」


「はいはい、了解です。じゃあ二度と呼ばないでねー」


「……なんだその軽さは!」


 兄が怒鳴るが、私はもう聞いていない。

 だって、怒鳴り声ってコーヒーの香りの邪魔になるんだもの。


 私はポットを抱え、くるりと背を向けた。


「さて。追放されたし、コーヒーでも淹れに行きますか」


 前世の記憶を持って転生した私が授かった固有スキルは【至高の抽出】。

 戦闘にも内政にも役に立たない、ただの“最高のコーヒーを淹れるスキル”。


 公爵家の令嬢としては完全にアウト。

 でも、コーヒー好きとしては完全にセーフ。


「……ま、いいわ。あんなカビ臭い家、こっちから願い下げよ」


 私は埃を払い、ポットを抱えて歩き出した。


 ◆


 王都の片隅。

 日が当たらない代わりに、静寂とちょっとした怪しさが支配する路地裏。


 その奥に、古びた看板がひっそりと掛かっていた。


『シュティルレダ』


「……なんか強そうな名前ね」


 ドアを開けると、カランコロンと乾いた鈴の音が響いた。


「……客か。悪いが、うちは愛想を売る店じゃない」


 カウンターの奥で新聞を広げていたのは、驚くほど渋いおじ様だった。


 白髪混じりの髪を後ろに流し、彫りの深い顔立ち。

 左目には薄い傷跡。

 黒いベストが似合いすぎてて、ちょっと反則。


「雇ってください。私、お湯を沸かすことにかけては天才的なんです」


「帰れ。ガキの遊び場じゃない」


 即答。

 でも私は諦めない。


 黙ってポットを置き、カバンから厳選した豆を取り出す。

(道中で野生のコーヒーの木を見つけたのだ。異世界、最高。)


 店の片隅にある魔石式コンロを勝手に借り、温度を調整し始める。


「おい、聞いてるのか――」


 マスターの声が止まった。


 豆を挽き、お湯を注いだ瞬間。

 立ち昇る香りが、店の空気を一変させた。


 甘く、深く、どこか懐かしい。

 魂の奥をノックしてくるような香り。


 私は丁寧に、一滴一滴を“置いていく”。


【至高の抽出】。

 水の分子に魔力を乗せ、豆の本来の輝きを引き出すスキル。


「……どうぞ」


 マスターは疑わしげにカップを口に運んだ。


 そして――


「……なんだ、これは。俺は長年、戦場でも王宮でもあらゆる飲み物を飲んできたが……こんな、心が震える一杯は初めてだ」


 渋い顔のまま、目だけが驚いている。

 そのギャップがまた反則。


「ミリーと言います。お給料は、屋根裏部屋と三食でいいです」


 マスターはふっと口角を上げた。


「……俺はベック。好きにしろ。ただし、豆を切らしたら即刻叩き出すぞ」


 こうして私は、路地裏の喫茶店の看板娘になった。




 第2章:噂は香りに乗って



『シュティルレダ』で働き始めて一ヶ月。


 最初は「渋い店主と勝手に働き始めた少女」という怪しい組み合わせだったけれど、

 今では――


「すみません! 今日の整理券、もう終わってますか!?」

「昨日の分は昨日のうちに終わりました!」


 ……店の前に行列ができるほどの人気店になっていた。


 原因はもちろん、私のコーヒー。

 いや、正確には【至高の抽出】のせいだ。


「ミリーちゃんのコーヒー飲むと、三日寝てないのに元気になるんだよなぁ」

「私は逆に、飲んだ瞬間に寝落ちしたわ。なんで?」


「知らないです。私も怖いです」


 効果が人によって違うのが謎すぎる。

 でも美味しいから許されている。


 ◆


 店内では、今日も常連たちが好き勝手にくつろいでいた。


「ミリー、少し休め。お前が倒れたら、俺はこの店の客全員を敵に回すことになる」


 カウンターの奥で、ベックさんが渋い顔で言う。

 渋い顔なのに、言ってることは完全に保護者。


「ふふ、ベックさんが守ってくれるんでしょ?」


「……馬鹿を言え。俺はただの店主だ」


 と言いながら、腰の剣を磨いている。

 いや、それ絶対“ただの店主”の装備じゃない。


「マスター、今日も最高の一杯を頼む」


 騎士団長が入ってきた。

 この人、飲むたびに泣くから困る。


「うっ……今日も……心に……沁みる……!」


 ほら、泣いた。


「団長、泣くのはいいけど、鎧の中に涙が入ると錆びますよ」


「それでも構わん……!」


 いや構えよ。


 次に入ってきたのは、フードを深くかぶった賢者様。


「今日も……悟りを……」


「開かないでくださいね!? 店で悟らないでくださいね!?」


「……では、半分だけ」


 半分って何。


 ◆


 そんなカオスな日常の中、私は幸せだった。


 ベックさんは口数が少ないけれど、

 私が火傷をすれば黙って冷石を差し出してくれるし、

 重い荷物は「触るな」と言って全部持っていく。


「ミリー、これは俺がやる」


「え、でも――」


「いいから」


 渋い。

 渋いのに、優しさが滲み出ててずるい。


「……ベックさん、もしかして私のこと――」


「違う」


 即答。

 早い。

 でもなんか恥ずかしそう。


 この人、ほんとにずるい。


 ◆


 そんなある日のことだった。


 店のドアが、バァン! と乱暴に開かれた。


「おい! ここか、噂の店は! この私を三十分も待たせるとは、どんな不届きな店主だ!」


 豪華な毛皮を羽織った青年――

 私の兄、カイルが登場した。


 ……うわぁ、来た。


 後ろには父の側近たちもずらり。

 完全に“偉い人が来ました”のテンション。


 カイルはカウンターに座るなり、私を見て目を見開いた。


「……ミリー!? 貴様、こんな薄汚い店で何を……。ああ、なるほど。魔力のない無能が、平民相手に泥水を売って日銭を稼いでいるわけか」


 店内が静まり返る。


 騎士団長の眉がピクリ。

 賢者様のフードがピクッ。


「お兄様、お久しぶりです。ここは『泥水』ではなく、最高のコーヒーを出すお店ですよ」


「黙れ! 公爵家の名に泥を塗りおって。おい、店主! この出来損ないを今すぐクビにしろ!」


 ベックさんが、ゆっくりと新聞を置いた。


 その瞬間、空気が凍りつく。


「……小僧。うちの看板娘に、ずいぶんな言い草だな」


「なんだと? 貴様、私が誰だか――」


「公爵家の息子だろうが、神の使いだろうが関係ねえ。この店で一番偉いのは、最高の一杯を淹れるミリーだ」


 店内の常連たちが一斉に頷く。


「そうだそうだ!」

「ミリーちゃんはこの店の宝だぞ!」

「悟りを開きかけた私が言うのだから間違いない」


 賢者様、それは説得力あるのかないのか。


「……ミリー、淹れてやれ。こいつが二度と、うちの敷居を跨げなくなるようなやつをな」


「了解です、マスター」


 私は最高級の豆を手に取った。


 これまでの感謝と、ほんの少しの“お返し”を込めて。




 第3章:至高の抽出、そして決着



 兄・カイルの乱入で店内が凍りついたまま、

 私は静かに豆を手に取った。


「ミリー、淹れてやれ。こいつが二度と、うちの敷居を跨げなくなるような一杯をな」


 ベックさんの声は低くて渋い。

 でも言ってる内容は完全にコメディ。


「了解です、マスター」


 私は深呼吸し、豆を挽き始めた。


 ゴリゴリゴリ……。


 その音だけで、店内の常連たちがざわつく。


「きた……! ミリーちゃんの“本気モード”だ……!」

「今日は悟りじゃ済まないかもしれん……」

「団長、泣く準備はいいですか?」

「もう泣いてる……!」


 泣くの早い。


 ◆


 私はお湯を注ぎながら、スキルを発動した。


【至高の抽出:覚醒】


 水の分子に魔力を乗せ、

 “飲む者の精神を極限まで研ぎ澄ませる”という、

 ちょっと危険なバージョン。


「……お兄様。どうぞ」


 カイルは鼻で笑いながらカップを掴んだ。


「ふん、たかがコーヒーごとき――」


 その瞬間。


「っ……!? な、なんだこれは……!」


 兄の顔から血の気が引き、目が見開かれる。


「うわ、効きすぎでは?」

「ミリーちゃん、今日のは強烈だな……」

「これは……精神に直接……!」


 賢者様、実況しないで。


 カイルは震える声で叫び始めた。


「わ、私は……妹の才能を恐れていた……!

 自分には何もない……家柄に縋っているだけの……空っぽの人間だ……!」


 店内の常連たちが一斉に拍手。


「言った! ついに言った!」

「ミリーちゃんのコーヒー、ついに人を更生させたぞ!」

「これはもう薬じゃなくて武器だろ……」


 兄は涙と鼻水を垂らしながら、側近たちに抱えられて店を飛び出していった。


 その間、ベックさんは落ちたカップだけは超反応でキャッチしていた。


「……割れたらもったいねえからな」


 いや、そこだけ真剣。


 ◆


 兄たちが去ったあと、店内は静寂に包まれた。


 そして――


「ブラボー!!」


 割れんばかりの拍手が起きた。


 騎士団長は号泣し、

 賢者様は「今日こそ悟った」とか言い出し、

 ベックさんは新聞を読み直すふりをして耳を赤くしていた。


 私は深く息を吐いた。


「……やりすぎたかな?」


「いや、ちょうどいい」


 ベックさんがぼそっと言う。


「ミリー、お前の一杯は時に剣より鋭い。……誇れ」


 渋い。

 渋いのに、言ってることは完全に褒めてる。


「……ありがとうございます、マスター」


 私は照れながら頭を下げた。



 ◆

 兄たちが去り、店が静かになった夜。

 私は片付けをしながら、今日の出来事を思い返していた。


「……やりすぎたんじゃないか?」


 カウンター越しに、ベックさんが苦笑しながら言う。

 渋い顔のまま、ちょっとだけ眉が下がっている。


「だって、せっかくのコーヒーを“泥水”なんて言うんですもの。

 少しだけ、自分と向き合ってもらっただけですよ」


「少し、ね……?」


 ベックさんは新聞を閉じ、ため息をついた。


「お前の淹れる一杯は、時に剣より鋭い。……誇れ」


「えっ、褒めてます?」


「褒めてる」


 即答。

 でも耳が赤い。

 この人、ほんとにずるい。


 私は照れ隠しに、カップを拭く手を早めた。


「ミリー」


「はい?」


「お前はもう、どこへ行く必要もない。ここは……お前の店だ」


「……っ」


 胸がじんわり温かくなる。

 でも、ここで素直に泣いたら負けな気がする。


「じゃあ、マスター。明日の朝、特別な一杯を淹れますね」


「……特別?」


「はい。甘いやつです」


「……甘いのか」


 ベックさんが、ほんの少しだけ目をそらした。

 渋い顔のまま照れてるの、反則。


 私は笑いながら窓の外を見た。


 夜の王都は静かで、星が瞬いている。

 路地裏の店は小さいけれど、ここは私の城だ。


 役立たずと呼ばれた少女は、

 今や王都一の騎士や賢者が頭を下げる喫茶店の看板娘。


 そして隣には、渋くて優しくて、ちょっと不器用な相棒がいる。


「……よし。明日の豆、挽いておこう」


 私はポットを手に取り、軽く撫でた。


「明日もよろしくね、相棒」


 ポットが、気のせいか“コポッ”と鳴った気がした。


 ……いや、気のせいだよね?


 たぶん。


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