唯一
短編です
門をくぐって、すぐ、目の前には立派な寺がある。賽銭箱に5円玉を投げ込んで、手を合わせる。
「「知ってるか?二礼二拍手一礼は神社でお寺は手を叩かないんだぜ」」
あいつの笑顔が浮かぶ。覚えてるよ。
神様だか仏様だかに挨拶を済ませて、アイツの墓に向かう。
いつも名前で呼んでたから、最初は墓の場所を見つけるのに苦労した。だって、苗字だけで墓石が並んでるなんて知らなかったからさ。
でももう、何度も足を運んでるから、アイツがいる場所はわかってる。ほらな?ちゃんとたどり着けただろ?ちゃんと覚えてんだよ。
「よ。」
墓石に右手を上げても、何も返っては来ないけど、なんとなくアイツも「よっ」って笑って返してきてそうな気がするんだ。俺の勝手な妄想かもしれないけど。
水で墓石を洗って、お供え用の花を生けて、線香に火をつけ手を合わせる。線香の匂い、白檀が好きって、言ってたもんな。
俺、お前との約束忘れてないよ。ちゃんと今の会社で頑張って、今度少し役職上げてもらうんだ。給料もアップする。辞めようか悩んでるときに、お前が“粘れ”って言ってくれたから、俺今日まで頑張れたんだよ。ありがとうな。
お前は物知りで、いつも俺にいろんなことを教えてくれたよな。家電とか、なんか妙に詳しくて、パソコンフリーズしたときの俺の慌てようみても、バカにしないでしっかり教えてくれた。
本当にアレは助かったよ。マジで感謝してる。
あと、家事もちゃんとやれって言ってくれたよな。一人暮らししてもほとんどコンビニ飯だったけど、お前が教えてくれたから、今でも簡単な飯なら自分で作れるようになったよ。お前との約束だもんな。
あとさ、そのおかげか、痩せたんだよ。あの時からマイナス10kg。見た目もめっちゃ変わったんだぜ?会社の女性陣からモテて困っちゃうよ~。まぁ、イケメン過ぎて困ることって、ほとんどないよなwwwお前、めっちゃモテてたもんな。
まぁ、お前マジで一途だったから、あの子しか見てなかったけどさ。
お前が最期に病院で俺に言った約束は、ほとんど忘れてないよ。でもさ、一つだけ、どうしても一つだけ、俺には叶えられない約束があったんだ。
お前から聞いた時も言ったと思うけど、俺には無理だ。絶対に叶えられない。それだけは謝っとく。
あの子はさ、お前が良かったんだよ。お前は気づいてなかったかもしれないけど。たとえお前が病気の身でも、添い遂げる覚悟があったんだよ。
お前がどんなに、あの子を突き離そうとしても、あの子、毎日のように会いに来てただろ?そんなあの子に、お前の代わりとして俺が傍にいることは、絶対にできない。
お前じゃないと、あの子を幸せにはできなかったんだよ。
だからごめん、お前との約束、これだけは叶えられない。悪いけど、それだけは謝る。
胸のナカがもやもやとする。でも、本当の事だから。
顔を上げると、線香の煙がゆるゆると揺れていた。風に木々が少し揺られ、日が差してきた。
——それだけが——
魚の小骨みたい




