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そして――

 絶食絶眠を始めてから3日が過ぎたがすこぶる気分がいい。

 壁を超えたってことなのか、4日めになってもますますいい気分で体がふわふわ軽く感じた。剣技の鍛錬も軽々と行える。


「……あっ!?」


 素振りをしていたら剣がスッポ抜けて飛んでいってしまったぞ。

 おかしいな、気分よくて力みすぎたか?

 まあ、そんなこともあるか、気にせずやっていこう、今の俺は絶好調だしな!


 そして夜まで鍛錬を続けて行った。

 相変わらず空腹も睡魔もなく絶好調だ。

 鍛錬をおえると俺は家に帰った。昨日今日と余裕があるからな、家にいてもうっかり眠ったり食べ物の誘惑に屈する心配もないだろう。

 

 なんなら部屋の中で掃除や片付けをしてしまうくらい、余裕がある。

 こういうときになぜかやりたくなるんだよな、この手のことって。

  

『睡魔遮断が深まりました:深度3』


「よし、ついに深度3だ! しかも深度3なのに体は絶好調。これは深度100までいけるか!? ガハハ、なんて馬鹿なことも言ってみたりしてよぉ」


 これは思ったより余裕かもな、眠らず食わずっていうのもガハ……ハ?


「な……なんだ……体の動きが重い……ぞ……」


 いや、違う。体だけじゃない、頭もだ。 

 頭の中に霞がかかったみたいに思考がまとまらなくなってきた。

 

『摂食遮断が深まりました:深度3』


 ズン!


 いきなり重力が重くなった。

 歩けない、いや立っていられない。

 床に跪く格好になってしまう!


 ……いいや、違う。

 俺の力がなくなったんだ!


 どういうことだ?

 深度が深まったからって、別に解放するまでは何も起きないはず――。


「グッ……! 腹が……なんだこの痛み」


 内臓が雑巾みたいに絞られてるみたいに痛い。

 それに喉も張り付いて痛いし、皮膚がカラカラで服とこすれるだけで毛羽立つゾワゾワと気持ち悪い感覚がする。


 まさか――まさか――。


「俺は絶好調なんかじゃなかった――体はとっくに悲鳴を上げてたんだ――」


 死地をくぐった冒険者から聞いたことがある。

 大怪我をしたのに、痛みを感じず興奮状態でモンスターと戦ったと。


 俺の身にもあれと同じことが起きていたんだ。

 食料と睡眠を遮断して、肉体が危機状態になったことで、脳が異様な興奮状態になり苦痛や疲労をかき消していた。

 だが、脳の興奮状態も持続の限界になり、あるいは苦痛が抑えきれないことになり、一気にやってきた。


「今の俺の状態は――それ……だ……」


 これが、深度3の世界……なのか……。


 めまいがする……吐き気がする……でも吐くものがないから、えづくだけで何もでない。そのたびに胃がぎゅうっと過度に収縮し、引っ張られて心臓まで痛みやがる。ヤバい……これはさすがに未経験の領域かもしれない……。


 これが不眠によあるものか飢餓によるものか、どっちかわからない。両方の相乗効果でひどいことになってるのかもしれない。

 気を失いそうだ、頭がどうにかなりそうだ。


「……そろそろいいか? 深度3なんだ、ここで解放したらかなりの効果が得られるだろうし……」


 テーブルの上のパンに目がいく。

 粗末なベッドに足が向かう。

 これを食べて寝たらすぐに苦しみから解放される。


 そう、ここまで我慢したんだからもう十分な効果が得られるんだ。


「………………馬鹿野郎! まだ行けるだろカイト・ニンザー!」


 十年待ってようやく訪れた力を得るチャンス、そこで我慢しなくてどうする。

 まだいける、まだ死にはしない。

 限界まで、耐えてみせる。


「そうさ、ここからが本番だ。いけるとこまでいってやる」




 そこから2日が経った。


「ひゅーっ……ひゅーっ……」


 俺はベッドの上で膝を抱えて座っていた。

 鍛錬? ランニング? そんなのもう無理だ。足元はふらつくし、体は重いし、腹は痛いし頭痛はするし。


『こっちだよ……一緒に踊ろう……ケラケラケラ』


 幻聴まで聞こえてくる。目の前には羽の生えたゲジゲジの妖精が体をねじりながら踊っている。こんな陽気なゲジゲジは初めて見た、気が狂いそうだ。

 もう解放してくれ俺をこの苦痛から誰かいっそ殺してくれ。


 もう危険な思想になっている…………し…………。


「痛っっ!!!」


 さらに、一瞬でも気を抜くと眠りに落ちそうになる。

 無理やり冒険用の剣の鞘で腿を殴りつけて目をさましているけど、もうそれでも1分後には眠気に襲われる。このままだと鞘じゃなく刃で切らなきゃ目を覚ませなくなる。いや、幻覚見てる俺が刃で切ったら逆に目を覚まさなくなるだろ。


 だがそれくらいやらなきゃもう正気を保っていられない。


「……そうだ……ギルドに行こう……」


 体調は最悪だが、起きているためには緊張感を強制的に持って行動する以外の方法はもうない。

 依頼を受けるしかない、たとえ危険だろうとも。




 俺はギルドの扉をのろのろと開くと、中に倒れ込むように入っていった。

 ここまで歩いてくるのもなかなかキツかったが……おかげでそっちに意識を集中できた。辛いからって家に引きこもらない方が正解だったか。


 だが、


「いらっしゃい……って、カイトさんどうしたの!?」


 ギルドの受付嬢のパレットが、目を丸くしている。


「どうしたって……冒険者がギルドに来ただけ…………………………だが…………」

「全然来ただけじゃないでしょその様子! 顔色が土みたいだし、目は血走ってるし足元はフラフラだし、言葉は出ないし、もう色々全部終わってるよ!?」

「そんなに……ひどい…………感じなのか、俺。まあいい、とにかく依頼をしようと思って…………な」

「ムリムリ、絶対無理だってその様子、ほぼ瀕死じゃない」

「いいからほら、パレット…………たの…………む……」


 パレットは椅子から立ち上がって俺を止めようとするが、止まるわけにはいかんのだ。

 ここまで我慢したんだ、あと少しは我慢してみせる。

 俺が受付の前に立つと、パレットは頭を抱えてブツブツ言い始めた。


「ど、どうしよう……私があんなこと言ったせいかな……。もう冒険者やめろとか言ったから、思い詰めてこんなボロボロに? でもでもそういう意味じゃなくて、安全で生活に苦労しないで欲しいってだけで、馬鹿にしたかったんじゃないのに。ね、カイトさんゴメン私が悪かったから自分を追い詰めないで」


 音は聞こえているが、頭に入ってこない。だが俺を心配してくれてるってことはわかる。


 俺はサムズアップで答えて、適当に依頼の紙を持ってギルドをあとにした。



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