二日目突入
「ふー……眠気ちょいと引いてきたか」
徹夜して剣を振っている中で忍び寄ってきた眠気が、朝日を浴びると退散した。
体が太陽の光で覚醒モードになったようだ。
ありがたい、だがそうなると今度は腹が減る。
眠気で誤魔化されていた分がなくなり、空腹がきつくなってきた。
一昨日の晩飯から食ってないから、最後に何かを口にしたのは二日前の昼飯のパンだ。40時間くらい何も食わないのはさすがにキツイ。
「太陽眩しすぎるだろ!」とイライラするのもそのせいだ。脳みそに栄養が足りてないからに違いない。集中力もそぞろになっている。
だが、まだまだ。
今度は筋力トレーニングをして気を紛らわせる。
それに筋トレをしていれば、睡眠を取ったときに効果をブーストできるしな。
トレーニングをし終わると剣術指南書を読み込んでいく。
腕も腿もプルプルで体が動かないから、回復するまでは勉学で間を埋める。記憶定着強化されるなら、こういうのもアリのはずだ。
体力がある程度戻ったら、今度は剣を振り始める。
このループを繰り返し、そしてまた日が暮れた。
「さすがに……きつくなってきたな……」
外が暗くなると加速度的に眠くなってきた。
太陽の光の加護がないと人間はこうも変わるものなのかと思う。
だがまだだ、まだ我慢だ。
桶に組んだ水を頭から被って眠気を冷まし、できる限り座らないようにする。ベッドが目に入ると吸い寄せられるので、家の外に出る。
そして昼間と同じことを繰り返す。とにかく動き続けるんだ。
それが一番の対策。
だがしかし、そうなると空腹が襲ってくる。
もう腹が減ったというより気分が悪い。胃もたれしたみたいに腹が苦しい。そして脳が食え食え食えと命令をひっきりなしに出してきて他の思考が妨げられる。
くっ……家には硬いパンがあるっていうのに。
あれをスープでふやかして食べたら、きっとめちゃくちゃうまいだろう……くそ、考えるな!
まだ「ただ食いたいだけ」だ、食わなきゃ死ぬほどじゃない。
そう思えば全然まだ行ける……行ける…………んだ………………。
「…………ってやべ、眠りかけてた」
空腹に気を取られて寝る方を油断していた。
睡魔、これやばいな。
食事は能動的に食べなきゃ食べることはないが、睡眠は逆に能動的に起きてなきゃいけない。俺には今別の種類の我慢が同時に要求されている。
結構辛くなってきた。
が、まだだ、まだやれるはず。
右手で腹を抑え、左手でまぶたを強制的に持ち上げて、襲いかかる欲に抗う。
五分間そうしていると、辛さのピークはいったん収まった。
その隙に俺は走り出した。
どこかに向かうのではなく、ゆっくりとランニングを始めたんだ。
南の草原には街道が何本かあるので、そこを延々と走っていき、しばらく進むとまた戻って来る。ゆっくりなら長時間走り続けられるし、走っていればさすがに眠らない。
頭がボーッとしてくるが、それでも足を止めないことだけをひたすら意識し続ける。
深夜に移動している人や馬車とたまにすれ違いつつ、俺は街道を行ったり来たりしていた。やがてまた日が昇り、人通りが増えてきた、そして――。
『睡魔遮断が深まりました:深度2』
『摂食遮断が深まりました:深度2』
「…………おおっし! 来た来た来た!」
眠気もぶっ飛ぶ嬉しいメッセージ。
深度2はやっぱりあったんだ。
わざわざ深度2があるんだから、絶対に1よりも解放した時の効果は高いはず。
どれくらいの効果があるか試したい……が、しかし。
「まだだ……2があるなら3もきっとある。そこまで我慢するんだ」
農園で奴隷労働されてた時、一緒に働いてた人が熱を出したから仕事を中断して病院まで連れて行った。
その時に持ち場を離れたバツとして飯抜きにされたが、その時はもっと長いこと食ってなかった。
「だからまだ行ける、まだ我慢できるだろうカイト・ニンザーよ。それに……なんか少し楽になってきた気がするんだよな」
気のせいかもしれないが、数時間前より体が軽くて頭がすっきりしてきた。
時間が経ってより辛くなるはずだと思うんだが、逆に楽になってる、不思議なことに。
もしかして体が慣れてきたのか? 食わず眠らずの状態に。
それはあるかもな! なんでも続けばだんだん慣れるもんだし、キツイ状態が続いてイケル感じになったのかもしれん。
これならさらなる深度アップもいけるし、今日はギルドの依頼だってできる気がしてきた。何しろ体は全然疲労を感じないんだ。
俺はギルドへと足早に向かった。
「よう! カイトが来たぞ!」
ギルドに入ると、いつものように受付にはパレットが座っている。
「パレット、何かうまい依頼あるか? それにしても今日もいい笑顔だな!」
「ど、どうしたのカイトさん。えらくご機嫌じゃない」
「そうか? ああ、そうかもなあ。なんていうか、壁を超えたってやつ? ククク」
「な、なんだかちょっと気味悪いんだけど」
「えー、ひどいなあパレットちゃん」
「パレットちゃん? え、キショっ!? そのテンションキッショっ! ゾワゾワする! うぇ~相手するのしんどいんだけど。ほら、この依頼がいいんじゃないの」
パレットが俺に渡した依頼書は、『マイリント甲虫の採取』だった。
これは西の山に住んでるこの地方の固有種で、茶色い虫だが甲を煮出すと鮮やかな緑色の着色料の原料になる虫だ。
一回染料づくりを見たけど知らなきゃよかった光景だったな。作られたあとのきれいな緑色の染料だけ見ていた方がいい、絶対。
ともかく、その虫は養殖できないため採取依頼がちょくちょく出されて、まあまあ美味しい依頼だ。
「おお、美味い話じゃないか、助かるパレット!」
「はいはい。カイトさん何があったか知らないけど、ちゃんと冷静にね。変なテンションでやれるような力があるわけじゃないんだから」
「ふふふふふ」
心配性だなあパレットは。
今の俺めっちゃくちゃ調子いいのに。さあ山へ行こう!
甲虫は首尾よく見つかった。
探している途中も、食わず寝ずで山にいったのに疲れを感じないほどで、すでにパワーアップしてるんじゃないか?ってくらいだ。
ご機嫌で納品するとパレットも驚いたみたいな顔してて気分良かったし、我慢もらくらくだし、全てがうまくいっている。
これはまだまだ余裕でいけるぜ!
そう思いながら三日目の我慢を俺は終えた。




