理解、しよう
マイリントの街へ帰る道すがら、俺は自分の体を確かめてみた。
山を駆け下りようが、ジャンプしようが、三点倒立しようが、どこも傷まない。完全に健康だ。
やはりあの陽光草は強化されていた。
つまり俺は職業をついに得たのだ!
「よっっっっっっっっっっっしゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
よっっっっっっっしゃああああああああああああああああ……!!!!!
よっっっっしゃあああああああああ…………!!!
よっしゃあああ……………!
山に木霊が響き、青い鳥が慌てたように飛び立つ。
すまない小鳥さん達よ、でも嬉しかったんだ。
「まあ、ちょっと変わった職業だけど、職業は職業だ。我慢するのが仕事、いいじゃないか。俺がいつもやってたことだ」
これで俺も「賢者」グリムや他の「魔法剣士」や「武道家」の職業の者達のように、強い力を手に入れて本物の冒険者になれる。
だいぶ遅かったが、ここからが俺の人生の真の始まりだ!
………………でも、現状別にそこまで強くなってるわけじゃあないんだよな。
体は丈夫になったみたいだけど、それだけだ。賢者のように強力な魔力が手に入ったり、武道家みたいに圧倒的スピードと腕力を得たわけじゃない。
つまり、今の俺がダンジョンに入っても丈夫なサンドバッグにすぎない。
まずは強くならないといけないな。
あの瀕死から一瞬で復活したことから考えて、「我慢」は名前は冗談みたいだが効果は本物だ。
だからこの職業を有効活用すれば、絶対に力を得られるはず。
我慢の多い生涯を送らなくてすむような力が。
「それにはこの職業を理解しなきゃ始まらないな。実験だ、まずは同じことをやってみよう」
俺はナイフで自分の腕を軽く切りつけてみた。
あれ、切れない。普通なら切れると思うけど、なるほど傷を負いにくい体に変化したからか。
もう少し力を入れて切ると、よし切れた。
怪我を確認して、あと一つだけ残っていた陽光草を服用する。
…………が、何も起きない。
傷はみるみるうちに治らないし、さっきみたいに声も聞こえない。
本来の陽光草の効果と同じように、ゆっくりと傷が癒やされていくだけだ。
さっきは超回復したのに。
さっきとの違いを考えるに……、
「ちゃんと我慢してないからか」
さっきは死ぬ寸前だったが、今回はちょっと切っただけ。
『起源:死の一歩手前までの回復拒絶。
結果:生命力超回復・耐久増加』
と文字が頭の中で踊っていたことを思い出すと、ある程度以上の重篤な怪我を我慢しなきゃ俺の職業は効果を発揮しない、ような気がするな。
まずひとつ、己のことを知った。
となると次は、怪我以外でも効果があるかだ。
職業名に「生命の」とついてないわけだから、他のことでも我慢すれば解放したときの効果が増強されると思われる。
だがやってみないと確かなことは言えない。まずは一つ何か試してみよう。
さて何を我慢するか……。
グウウウウウウ。
俺は盛大に音をならした腹を手でおさえた。
「ちょうどいい、飯を食うことを我慢してみるか」
食わないっていうのは我慢の中でも王道だ。
俺がガキの頃は言うまでもなくいつも腹減らしてたし、冒険者になってからもしばらくはまともに依頼をこなせず食うや食わずの生活をしていた。いつも腹いっぱい食いたいなあと思いながら、金がないから我慢してたもんだ。
それに、金があっても飯は我慢の対象。
パレットも「最近脇腹の肉が……やっぱり業務中のお菓子は我慢しよ……はっ!? カイトさんいつからそこに!?」と独り言言ってたし。
ダイエットのために食べることを我慢する人は世の中に少なくない。
まさに我慢の王道、俺のこの新たな力を試すにはぴったりだ。
そうこう考えながら歩いていると、マイリント市街に帰り着いた。時刻はもう夜だ。
マイリントはそこそこ大きい街でまた、いくつもの街道が交わるため色々なところから人が集まってくる街でもある。
それゆえに様々な品の需要があり、それらを危険なところから取ってくる冒険者の需要もまた多い。
そんな事情もあり、自由の身になった後、身寄りも身分の保証もない俺がいつくには最適な場所だった。
それ以来、この街の安い集合住宅に住んでいる。よそからやってくる人間が多いので、その手の物件には事欠かない。
夜だというのに人々でごった返す露天通りを何も買わずに歩いていき、猥雑な路地を通り抜け、壁の塗装がそこら中剥がれて地が見えている我が城へと帰ってきた。
一階の俺の部屋に入ると、出迎えるのは粗末なベッドと、ものがギュウギュウに詰まった小さな棚と木箱、テーブルというにはあまりにもお粗末な台。
テーブルの上にはカチコチのパンと干し肉干しブドウがあるが、今日はこれには手をつけないでおく。
しかしそうなると手持ち無沙汰だな。色々あったし山帰りで時間も遅い、今日はもう寝ちまうか。
「って、待てよ? もしかして寝るのも我慢できるんじゃないか?」
夜に依頼を受けたこともあるが、その時はクソ酸っぱい未熟なベリーを噛みながら眠るのを我慢してた。
寝ないっていうのも我慢に入るよな、仕事が忙しいとき眠るの我慢して徹夜っていうのはよくある話だし、グリムのやつも魔導学校の試験前は全然寝れなくてさ~とか謎の眠ってない自慢をしていた。
「試してみるか、どうせなら」
よし、今日は俺は眠らん。
眠りの我慢も職業の対象になるかの検証だ。
俺は、ずっと職業が発現しないなんて境遇だったから、職業に関してはもう必死で調べてた時期もある。だから主要な職業の効果は把握している。
しかし、「我慢」は一度も見たことも聞いたこともない。まったくの未知。
他に我慢の仕事をしてる人がいないから、俺自身が色々試して調べていくほかはない。
時間はかかるかもしれないけど、これまで10年以上くすぶってたんだ。一ヶ月や二ヶ月くらいどうってことはないさ。
さあ、食べず眠らず、我慢してくぞ。
「……暇だ」
食べない、眠らない。それはいいが、その我慢してる間ずっと、ただぼーっとしてるのももったいない。
「トレーニングでもするか」
俺は部屋の隅にある箱から棒と石輪のおもりを取り出した。
棒におもりをつけて、それを腕の力で上げ下げしていく。
20回ほどで腕が限界になる。
力を入れてもこれ以上はもう上げられない。
ここまでか。
地面に棒をおろして、腕の力を抜く。
「………………何も起きないな」
腕が上がらなくなるマックスまで筋力トレーニングをしたんだが、「我慢」は不発だ。
トレーニングはだめなのか?
理由を考えてみると、おそらくこれは普通のトレーニングだからではないかと思う。
トレーニングする場合、普段でももうおもりが上げられないっていうところまでやる。つまりこれは我慢ではなく普通のトレーニングなんだ。だから「我慢」は不発だった。
ということは、このトレーニングじゃ劇的な効果は得られないか。
我慢してやろうとしても、持ち上げられないおもりを我慢して持ち上げる、なんてことはできないからな。
それはもう筋力の限界だからどうしようもない。相性が悪いってやつだ。
「ものごとによって、我慢を活かせるものと活かしづらいものがある、と。一つ俺自身の力への学びを得たな」
無駄だが無駄ではない。知識は何より役に立つ。
それにトレーニングは普通にやっても意味があることだし、夜は長いしトレーニングをしておこう。
俺はいつものトレーニングを黙々とこなしていく。
しまった……トレーニングをやったのは失敗だった。
深夜のマイルームで、俺は汗を流しながら後悔していた。
「腹減った……ねみぃ……」
当然であった。
体を動かせば余計に腹が減るし、体力使えば体が睡眠を欲するのは当然のことだ。
我慢しなきゃいけないってのに何を
『睡魔遮断が深まりました:深度1』
やってるんだ俺は、え?
頭の中で声が響いた。
細めていた目がぱっと開いた。
「なんて言った、今? 睡魔耐久の深度とか聞こえたな。もしかして、あの陽光草のときみたいに「我慢」が効果を発揮するようになったてことか」
いいタイミングだ、ちょうど運動して眠くなったときに。
……いや、ちょうど運動したからこそ、か?
体を疲れさせて睡眠を欲する状態でそれに抗うほうが、なにもない状態で眠らないよりも一層我慢していると言えるだろう。
眠気を我慢するほど職業が効果を発揮するというなら、前者の方がより効率的に我慢ができるってことだ。
トレーニング自体は我慢の効果を得られなかったが、睡眠の我慢をブーストしてくれた。冒険者風に言えばパーティのバッファーの仕事をしてくれたのだ。
「なるほどね、職業「我慢」の活かし方は色々あるみたいだな。それじゃあ、睡眠の我慢を解放したら何が起きるか確認したいし眠るとしよう」
どうなるか……楽しみにしつつ……ふあぁ……俺はベッドに横たわり目を閉じた。
『睡魔解放:深度1 回復力アップ、免疫力アップ、記憶定着強化、肉体成長強化』




