だから我慢が仕事になったんです
「おお、結構あるじゃないかよ!」
陽光草は回復ポーションの材料になる薬草で、南向きの崖に生えることが多い。
西の山をしばらく登ったところにある崖に、俺はそれを発見した。
今回は結構まとまった数が生えてる。これなら3日は飯に困らないぞ。
俺は崖を登り始めた。
採集依頼をしていれば、山登りをすることもある。初めてのことじゃあない。
だが今回の崖は結構キツイな、登れないことはないが、岩壁が脆くなっている。
慎重に、崖の凹凸に手足をかけて上がっていく。
「ひゅー、ちょいとヒヤヒヤしたけど、なんとか届いたな」
陽光草が生えている高さまでなんとか登ってこられた。
左手両足の三点で体を固定して、橙色の葉が特徴的な陽光草に右手を伸ばす。
………………掴んだ!
……っと、バランスがっ!?
手を伸ばした拍子にバランスが崩れ、崖から落ちそうになる!
咄嗟に出っ張った岩を探し、俺は素早く右手でそれをつかむ!
「………………ふぅ、危ないところだった」
四肢で踏ん張ると体が安定した。陽光草ももちろん放してはいない。
岩と一緒に掴んだせいでちょっとクシャっとなったけど、薬効は変わってないから問題なしだ。
「依頼はせいこ……」ガコン「……えっ?」
両手が掴んでいる崖の出っ張りが、岩肌から剥がれた音が無情に響いた。
重心が傾き、俺の体は、
「うおおおおおおおお!?」
切り立った崖から落下した。
「ぐ……いってぇ……」
なんとか……死にはしなかったか。
だが……。
「うッ!!」
体中が痛い。落ちながら咄嗟に頭を庇ったのと、崖下にある茂みがクッションになって一命はとりとめたけど、肩、肋骨、上腕、すね、脇腹……もう全身が痛い。
脇腹は枝で裂かれて服が赤く染まってるし、結構な重傷だ。
「でも……いっ……動けないことはない、な」
立ち上がり歩くとつま先から耳の奥まで痛みが貫いていく。足の甲は骨イッてそうだ。だが、我慢すれば歩ける。
マイリントの街まで戻れば、治療してもらえる。
「この陽光草を使えば、ポーションにしなくてもある程度は治療できるが……いや、我慢できるなら我慢しよう」
こいつはなかなかの高級品だ。
我慢できるなら我慢して、ギルドに提出した方がいい。
俺の取り柄はそれだけなんだ、我慢して、冒険者としての依頼をまっとうする。
「大丈夫だ、痛いけど、ガキの頃あの神父や悪徳商人に殴られたのに比べりゃ痛くない」
俺は足を引きずりながら山を下っていく。
一歩ごとに痛みが広がっていくが、耐えて歩く。
一歩ごとに痛みが強くなっていくが、耐えられる限りは耐える。
まだ大丈夫、まだ……。
歩く、歩く、歩く、あっ!
急に足がもつれて転んでしまった。
ただでさえ体が痛いのに、ドジ踏んだ。
「あれ?」
立ち上がろうと下っ腹に力を入れるが、うまく力が入らない。
あー、なんか、目がかすんできやがる……。
「あなたの心の中には邪気が入り込んでいます!」
ばしン!ばしン!ばしン!
「やめて!痛いよ!神父様!」
「我慢なさい! この鞭で邪気を追い出さなければいけないのです!」
「真っ赤だよ! 血も出てる! 痛いよ!」
「我慢しろと言っているでしょう!!!
ばしン!ばしン!ばしン!ばしン!ばしン!ばしン!
「うぐっ……んんううぁぁぁぁ……………………!!!!!!」
「てめえ全然ノルマに足りねえじゃねえか!」
「それは、ビッツさんが二人別の仕事のために連れて行って人手が少なかったから……」
「口答えすんじゃねえ!」
ゴッ、
「てめえは黙って働いてりゃいいんだよおおおお!」
ゴッ、ゴッ、ゴッ、
「…………………………」
「なんだ? てめえなんで黙ってやがる! 痛えとかぎゃーとかみっともなく叫べよ舐めてんのか俺を!!!!」
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、
バキン。
「………………昔の、思い出か」
俺は周囲の様子が教会の孤児院でも屋敷の地下でもなく木々に囲まれた山の中だということに気づいた。
そうだよ、今はあんなことはない。
あれに比べりゃこれくらいの痛さ、まだまだ我慢できる。
俺は……まだ……受け取ってない。我慢の報酬を。
憧れに届くまで、受け取るまで、くたばるわけには、やめるわけにはいかないんだ……。
これくらいで音をあげてちゃ、いつか職業が目覚めてもどうせ大したことなんてできねえ。
だから……………………。
『生涯総我慢の量が閾値を超えました。職業「我慢」が発現します』
「……あ?」
頭の中でなんか聞こえたぞ?
職業? 職業って言ってなかったか、ぁぁぁああああ!?!?!?
いきなり、心臓に焚き火を突っ込まれたみたいに体が熱くなった。
熱は心臓から腰へ足へと下がり同時に首へ頭へと登っていく。
全身が炎に包まれたみたいな中で、しかし俺は苦痛より高揚感に満たされていた。
そして俺は全身で理解した。
「発現したんだ!」
うおおおおおおおおおおおおおお!!!!
ついに! 俺にも! 職業が発現した!
聞いた話じゃ職業が発現する瞬間は、その当人ははっきりとわかるってことだったが、なるほどこの感覚なんだな、そりゃはっきりとわかる。
燃やされて灰の中から新たな自分として生まれ変わったみたいな気分だ。最高の気分だ。
さっきの声もきっとその職業のおかげで聞こえた声…………だ、が?
「なんて言ってた? 職業「我慢」?」
俺は目を閉じて自分の心の奥に意識を沈める。
すると、自分の内側に浮き上がる文字が見えた。職業「我慢」。
それ、職業じゃないだろ!
我慢するのが仕事ってどういうことだよ!?
『生死の我慢を確認。解放準備が完了』
目を閉じた暗闇に、そうやって文字が踊った。
何を言っている? 生死? 我慢? 解放? わけわかんねえぞ!
……いや、わかっている。
わけがわからないのは本当だが、同時に俺の魂はすでにこの職業の意味を理解していた。
そして同時に、
「ゴボッ!!」
折れた骨が肺を傷つけたのか、俺は血反吐を吐いた。
ああ、もう限界か。マイリントの町まで変えるなんて無理だなこれは。
聞いたことあるな、死にそうになると昔のことを思い出すって。
さっきの殴られたときの思い出はそれだったんだ。
てことは俺このままじゃ死ぬな。
「使うしかないか」
俺の魂もそう言っている。
もう十分我慢した、解き放て、と。
持ち歩いているナイフで手早く陽光草を刻み、叩き、そして一気に全部飲み込んだ。
『起源:死の一歩手前までの回復拒絶。
結果:生命力超回復・耐久増加』
情報が脳内に滑り込んでくる。
同時に、意識がはっきりして、痛みが消え血が止まり傷が塞がっていく。
「おいなんだよこの回復速度は。たしかに陽光草は薬効があるけど、こんな一瞬ですっかり治ったりしないぞ。こんな超回復力なんて……まさか、これが俺の職業の能力によるものなのか? …………いや、まだだ!」
骨のきしみもなくなり、完全に怪我は治った。
それだけでも驚くべきことだが、さらにそれ以上のことが俺の体に起きている。
力がみなぎってくるんだ。
生命力が溢れるっていうんだろうか、一言で表すなら、元気いっぱい! ってやつだ。
しかも体を形作る組織の一つ一つが密に詰まっていき、固く強くなっている、そんな感覚がある。
「耐久増加……前よりもタフになったってことか。ふっ!」
木の幹を裏拳で思いっきり殴りつける。
普通なら赤くなるし、ゴツゴツした木の皮で擦り傷や切り傷ができてもおかしくない。
だが、俺の拳は平然としていた。
間違いなく強く固い拳になっている。
「生命を救い怪我を治す」という陽光草の薬効が、「生命を完全に回復し、怪我をしにくい体に作り変える」という効果に大幅に強化されている。
わかってきたぞ。「我慢」とかいう意味不明な職業について理解してきたぞ。
俺は、我慢すればするほど、そこから解放する時の効果が強化されるようになったんだ。
憧れていたあの輝きに向かうための手段を、俺は今日、得た。




