崖下にて
「あう……私、生きてる?」
星の女が顔をあげると、自分が落ちてきた場所がはるか上にあった。
崩落した山の斜面はいまや反り立った崖へと変貌していて、とても登れるものではない。
「どうしましょう……」
「とりあえず、上からどいてくれると有り難いんだが」
「えっ?」
星の女が下を向き――。
「ああっ!? ご、ごめんなさい!」
俺の体の上にちょこんと座っていることに気づき、慌てて飛び退いた。
俺も泥を払いながら立ち上がる。
「そうでした……一緒に落ちたんでしたね」
「ああ、格好良く助けに入れたと思ったんだが、ミスっちまったな」
「ご、ごめんなさい……私のせいであなたまで落ちちゃって」
俯く星の女に、俺は首を横に振る。
「気にすることはない。俺が後先考えず勝手に走っただけだし、それに命はあるんだからたいした問題じゃない。怪我はないか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「それならよかった。さて、どうしたもんか。ここを登るのは無理だよなあ」
周囲を見ると、ここは谷底のようだ。
俺達が落ちてきた崖の反対側には、十数m離れたところに切り立った崖があり、ちょうど崖と崖に挟まれたようになっている。
そんな地形が左右にずーっと伸びている。
おそらく、あの崩落によって俺達はズウナ山東にあるという谷まで転がり落ちてしまったんだろう。
命があったのは本当に幸いだったな。素材袋の中のふわふわした苔がクッションになってくれたのかもな。
ズウナ山の町側から登っていって、山頂をこえて町の反対側の斜面に俺達はいた。そこから崩れて落ちたということは、俺達が今いるのは、街の反対側の谷底ってことになる。とりあえずこの谷に沿って歩いていき、町側にいけるルートを探すのが最善だろう。
「この谷を歩いていくしかないか」
星の女も周囲を見渡して頷く。
「そのようですね。そういえば、名前をまだ伺っていませんでした。私はエリア・ティールと申す者です」
星の女の名前はエリアというらしい。
エリアの髪は夜空を溶かし込んだような濃紺で、同じ紺色の瞳にはキラキラとした輝きが見える。
まさに星の女だな。
「俺はカイト・ニンザー。とんだアクシデントだが、とりあえずここから戻るまでは協力していくか」
「はい! カイトさん!」
自己紹介も終えて俺達は谷底を歩き始めた。
「え……待ってください、カイトさん!」
歩き始めてすぐ、エリアが俺を呼び止めた。
振り返ると、青ざめた顔に冷や汗を流している。
「どうし――」
「ごめんなさい!ごめんなさい! ああ私全然気づかなくって」
エリアが頭を抱えている。どうしたんだいったい。
「何があった?」
「カイトさんです、ひどい怪我してるじゃないですか、背中の方だから気づきませんでした……」
「ああ、これか」
体をヒネってみると、背中に傷があり服と防具に血が滲んでいる。あとは腿も怪我しているな。
「それ……崩落で落ちたときですよね。でも、私はカイトさんの上にいました、無傷で。私を庇ってそんな怪我をしたんですよね!? それなのに私、素知らぬ顔ですぐに進もうとしたなんて……」
「見た目の傷が派手なだけでそこまでたいしたことじゃあない。ちょいと痛むが、我慢強い方うだしな、俺」
「でも……ごめんなさい、私のために」
「頑丈な方がタンク役をやるのは基本だろう。気にするな」
「カイトさん……」
……言ってやった! 言ってやったぞ!
タンク役! いい言葉だ、パーティを組んで戦う冒険者みたいじゃないか。
ふふふふふ、こんな単語口にする機会なかったからなー、言えて気持ちいいー。もっと言いたい、冒険者っぽい言葉。しかもちょっとツワモノっぽく。
……ん?
何してるんだエリアは杖を手にして。
「それは魔法のための杖? 小さい白い宝石がついてるけど」
「はい、私はヒーラーなんです。癒やしの星を降ろします」
へえ、ヒーラーか。道理で魔法使いっぽい格好を。
それはパーティ編成では助かるな。
俺の怪我も我慢しなくてもひどくなる前に治してもらえ………………。
「その回復魔法待った! エリア!」
「えっ!?」
ビクッと身を強張らせるエリアの杖から、光が消えていく。
「ご、ごめんいきなり怒鳴って。緊急事態だったから」
「え、えと、何かまずいことがありましたか?」
ああ、大いにまずいんだ。せっかく怪我をしたのに、回復したらもったいないじゃないか。
思い出せ、最初に我慢に目覚めたときのことを。大怪我をして死ぬ寸前まで、無茶をしたら回復量もあがって、そもそもの耐久力まで増えた。
今回崖から落ちたのにこの程度の怪我ですんだのも、あの時の耐久力アップも無関係じゃあないだろう。
だから、せっかくの怪我をすぐに回復してはもったいない。
ヒーラーなのに仕事をさせないのは心苦しいが、我慢してもらう。
「いや、まずいことっていうか……」
しかしどう説明したものか。
俺はこの職業のことは隠しておきたい。そうなると傷を直さない理由なんて普通はないからな。何か別の理由をでっちあげないと。
……………………。
「ヒーラーの能力は無限に使えるわけじゃないよな?」
「ええ、もちろん限度はあります。どれくらいの傷を治すかによりますけど、重傷なら2回くらいが私には限界です」
「だとしたら、それはとっておいたほうがいい。俺はこのくらいの怪我なら問題なく動ける。実のところ、俺はパーティでの戦闘ってしたことがないんだ、だから普通やるみたいにヒーラーをうまく守りながら戦うってことができるか自信はない。だからエリアが狙われて攻撃される可能性は大いにある。その時のためにとっておいた方がいい」
エリアはぶるぶると首を横に振った。
「そんな! 自分のためにカイトさんの傷をそのままにしとくなんて」
「エリアのためじゃない。二人のためだ。ヒーラーってことは直接戦闘が専門じゃないだろう? それだとモンスターから狙われた時は大怪我する可能性がいなめない。一方俺は自分が前に出て戦うタイプだから、多少の怪我は平気だ。これから先にモンスターから何度か襲われるであろうことを考えると、回復が必要になる可能性が高いのは俺よりエリアの方。ふたりともが生還する確率を一番高くするためには、魔力を残しておく方がいい」
「それに俺はこの程度の怪我なら問題なく動ける。だが足や腕が動かなくなったら、その時は回復しないとまともに戦えないからな。動けない傷のためにとっておくべき、だろう?」
「それは……そうかもしれません。けど!」
「優しいなエリアは。でも重要なのは確率だ。二人が生還する確率を高めるんだ。いいな?」
「…………わかりました。でも、本当に危なくなったら何を言われようが回復しますからね!」
「ああ、もちろん俺も死ぬまで我慢するつもりはない」
それはマジで。




