確かな手応え
ヒュオッ。
と、デビルプラントの蔦が空気を切る音がする。
その中に時折聞こえるパンッ!という破裂音は音速を超えた証だ。
蔦はまるで鞭のようにしなり、高速で俺を狙ってくるが、それでも軌道が見える!
視力も強化され、剣技を極大に学習したことで剣士の目つきも身についた、今の俺は剣の切っ先を見て寸前でかわす剣士のように、魔物の蔦も見切れる!
振り回す蔦をかわしながら近づいていく。
慌てるな、避けることに集中しろ。
捕まって巻き付かれるのが最悪だ、身動きがとれなくなれば見えても避けられない。
「今だ!」
蔦の動きが緩慢になった一瞬を狙って横薙ぎを放つ。
かわす暇も与えず、二本ある腕代わりの蔦の一本を切断することに成功した。
「できた!!!!」
これまでの俺なら、あんな速度で不規則に動く蔦を捉えて斬るなど、絶対にできなかった。我慢のおかげだ、間違いなく。まったく寝なくてよかったぜ!
グルン。
「あ」
しまった、調子に乗った瞬間を狙われた。
デビルプラントが移動に使っていた蔦を、ひそかに地面を這わせていたのだ。
その二本の蔦が俺の両足を捉えている。
デビルプラントはガチガチガチガチと、ハエトリグサのような頭口を鳴らしている。獲物を捉えて食べるのが楽しみでたまらないというように。
絶体絶命――。
「だと、思ってるんだろう? 違うな、狙い通りだ!」
俺は足を掴まれたまま、デビルプラントに向かって全力疾走を始めた。
蔦はデビルプラントから伸びているのだから、逃げる方向に動けばピンと張って抵抗を受けるが、向かう方向なら緩んだロープのように抵抗はない。
俺が逃げようとすると思っていたデビルプラントは慌てて横に蔦を動かすが、蔦が横にピンと張った時には、すでに俺はかなり近づいていた。
あと三歩近づけば本体に剣が届く距離。
そして今の脚力ならば!
馬と並走した脚力を完全燃焼させ、蔦が引く力に逆らって前に進んでいく。
一歩……二歩…………三歩!
本体まで近づかれたデビルプラントは俺を足止めするのを諦め、腕の蔦で顔面を叩きつけようとしてきた。
でも、作戦変更が遅すぎたな。
蔦が届く寸前、俺の剣がデビルプラントの巨大な頭口になっている葉を、縦一文字に切り裂いた。
シューーーーー、と蒸気が抜けるような音がして、蔦が力なく地面にふにゃりと垂れ下がる。そしてデビルプラントは完全に沈黙した。
「狩れた……狩れたぞ、俺が! ズウナ山のモンスターを! やったぞおおお!!」
討伐依頼の対象になるモンスターを、ダンジョンにも生息しているような強さのモンスターを、倒せることを証明した。
俺はもう、いっぱしの冒険者としてやっていけるんだ!
「~~~~~くぅぅぅぅ、たまんないな、この気持ち! くうううう! としか言えねえよ!」
自分でも変なテンションになっていると思う。
これはあれだ、ちょうど今日が睡眠と食事を断って3日目だからだ。前回も前々回も3日目くらいは逆に冴えてたし脳内がバチバチになってたからな。そのせいだろう。
「さーて、じゃあこいつの素材を取っていこう」
デビルプラントは植物らしく死ぬとすぐに枯れてしまうが、頭口にあるトゲの上下一対だけは残り続け、鉄より頑丈な素材として利用される。これを持っていけばいい。
素材にもなるし、証拠にもなる。
白っぽく輝く三角錐のトゲを柔らかな葉から切り離し、荷物袋に入れた。
「まずは一体、討伐完了」
まだ依頼は始まったばかりだ。
どんどんやっていくぞ、こっからさらに。
最初に勢いに乗った俺は、その後も順調に討伐をしていった。
この山林で大量発生しているのは、植物タイプの魔物だったらしく、デビルプラントの他にも、ウツボカズラに似た食肉植物のマンイーターや、毒や麻痺の胞子を出してくる苔の魔物デスモスなどが襲いかかってきたのを返り討ちにした。
そして夕方になるまで山林を歩き続けた結果、デビルプラント3体、マンイーター2体、デスモス5体の討伐に成功した。
ノルマは最低5体以上だったので、もう固定報酬はもらえるのが確定。あとはどれだけ上乗せできるかの世界だ。
「いやー、こんなにうまくいくとはなあ」
山頂付近を歩きながら、俺は呟いた。
ギルドのランク付けでは西の山にいるナイトキングはモンスターの中で最弱のEランクモンスター。一方でこのズウナ山のモンスターはDランクとされていて、ワンランク上だ。だから、いけるとは思いつつ未知数なところもあったんだけど、なんとかなった。
つまり職業「我慢」の効果は……深度4まで我慢した場合の効果は、凄まじく高い。
深度1で睡眠を取った時は、ちょっと強くなったかな程度だったから、それだとおそらく一般の職業の劣化にしかならない。
限界ギリギリまで、もうこれ以上は死ぬってくらいまで我慢するのが大事なんだな。
そうした時は他の職業以上の効果を出せるっていう、そういう職業なんだ。
「これは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。そんな分析したら、これからずっと我慢し続けなきゃいけなくなっちまったよ」
強くなるのって大変だよなほんと…………ん?
「あれは?」
とその時、視界の隅に他の冒険者の姿が見えた。
星座の刺繍が施されたローブを着ている女だ。歩くたびに夕焼けの陽光を反射しキラキラと本物の星のように瞬いている。
その光景に目を奪われていると、
「えっ!? きゃああああっ!?」
星座が傾いた。
違う! 地すべりだ!
斜面が崩れていってる!
「おい! 踏ん張れ! なんでもいいからなにかに掴まれ!」
星の女が俺の方を向いた。
俺はそいつの方に全力で駆け出していた。
女は近くの木に捕まろうとするが、その木ごと地すべりに巻き込まれてしまう。
「くっそおおおお!」
俺は崩れる地面に向かってダイブして、女の手を掴んだ。
「よし! 放すなよ!」
「でもこれだとあなたまで……!」
火中に突っ込んだ俺の足元ももちろん一緒に崩れていくが、しかし――
「とどきやがれ!」
崩れる斜面の外から伸びている蔦に手を伸ばし……掴んだ!
「ふう…………ギリギリ、なんとかなったな」
「すごい、あんな距離を一瞬で……あ! ありがとうございます!」
足下で斜面が崩落していくのを眺めながら、俺は片手で蔦につかまり、片手で星の女の手を掴む。よくこんな体勢で支えられるなと我ながら思う、強くなったもんだ。
「そのまま、俺をよじ登れるか? 手だけで支えるのしんどいから、できればおんぶの体勢になってくれると助かる」
「よじ登る……難しそうだけどやってみますね!」
星の女が俺の手から腕、肩と登っていく。
意外にパワフルだ、見た目は清楚でもさすが冒険者だな。
これならなんとかなりそ――『ブチッ』――え?
俺と星の女の時間が止まった。
0.1秒にも満たない時間だが、俺達は同時に蔦を見上げ、そして互いに目を見合わせた。
蔦が千切れた。
これ、落ちるよな?
はい、落ちます。
どうしようもなくなると人間逆に落ち着くんだな、ってアイコンタクトをかわした時にわかった。
わかったからなんだ。
俺達二人の体はどうしようもなく崩れる斜面を転がり落ちていった。




