05.同じ女
健を問い詰めてから数日間はお互い時間が違うのも手伝ってほとんど家で顔を合わせることがなかった。
今日も遅いのだろうか。
ふと台所のテーブルの上に置かれたスマホに目が留まった。
どうやら珍しく夫はあや子より早く帰ってきたようで、テーブルに開きっぱなしのスマホが置いてあった。
夫のスマホに残された、ひとつのメッセージ。
【また会いたいな。今度は、あの高いワインの店に連れてってハート、ハート、ハート、大好き健。】
送り主の名前は「アリサ」。
あや子は、あの夜、駅前の居酒屋で見た女の顔を思い出していた。
(あの女…)
恋愛感情がないと思っていたが、怒りと虚しさが胸を締めつけた。
けっこう好きだった。
愛、いやこれは普段は使わないけど、置いてあるおもちゃを取られた子供の気分?
ふと我に返ると頬を涙が流れていた。
そんな、泣いている暇はないわよ。
娘の進学、家計の不安、そして、ばか夫の裏切り。
どうにかしなくちゃ。
すべてが、あや子の肩にのしかかっていた。
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数日後。
仕事がひと段落したあや子は、パソコンを取り出すとダメ元で、アリサの素性を確かめようと、彼女のSNSを探してみた。
そこで、あるデータが目が留まった。
【#補助金詐取 #外国人留学生支援制度の闇】
【被害者の会の立ち上げ依頼案件】
データ情報をさらに探ると、そのデータの情報元の人物にたどり着いた。
名前は「朝倉みなみ」。
某漫画の主人公を同じ名前だった。
リンク先のデータには、アリサの写真とともに、複数の男性の写真データがあった。
その中に——健の写真もあった。
これって!
でも、どうしよう。
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数日後、娘を塾まで送っていった後、意を決して、あや子は意外と近くにあった
朝倉みなみの弁護士事務所を訪ねた。
ちょっと焦りながらも受付で名前を告げると、すぐに通された。
「あなたが…田中あや子さん?私にどんな依頼かしら。」
「はい。あなたのデータじゃなくって、どうしても朝倉さんに話を聞きたくて」
「私に話ですか?どのような案件でしょうか。」
「あのー、アリサという人物にあのー私の夫が・・・。」
「もしかして…あなたのご主人も、アリサに?」
あや子は、黙ってうなずいた。
みなみは、深くため息をついた。
「私も、同じよ。婚約者を、あの女に奪われたの。」
「……」
「でもね、ただの浮気じゃないの。
あの女を調べると彼女は、制度を利用して、複数の男を操っているようなの。
その中には、私の婚約者のほかにも彼の同僚である財務省の職員が複数いるわ。
それどころか、それを通じて彼女、補助金の申請、留学支援の審査、
それが彼女に”全部つながってる”のよ。」
あや子はぽかんとした表情でつぶやいていた。
「どこのアニメの世界?それより、うちの馬鹿夫を落としてもなんの利益にもつながらないわ?」
(夫の浮気が、国の裏世界とつながっている…?いやいやそんなあほなことがあるわけ・・・)
私の心の声を聴いたみなみはあきれながらも夫の会社で進行しているプロジェクトについて説明してくれた。
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「夫の会社が中国のレアメタル発掘拡大事業の融資に関与している!」
「あら知らなかったの。財務と外務省が絡んで結構、派手に動いているわよ。それに関連して留学制度の補助金がリターンして政治家や高級財務官僚の懐に入ってる。あや子さんの夫はそんなお金の動きが絡む事業に関係している会社のプロジェクトチームの一員よ。」
「意外に大きな仕事をしてたのね。ただ単に会社に行って居眠りでもしてるのかと思ってたわ。」
あや子の意外な言葉にみなみは思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
自分の夫のことなのにずいぶん下に見てるのね。
「ちなみにあや子さんは、どうやって私のことを知ったの?」
「えっとパソコンでちょっといろいろ調べて・・・。」
あや子は少し口ごもってしまった。
あんまりいい方法じゃない方法でいろいろ調べたので、説明出来ない。
みなみはそんなあや子の態度を見て察した。
どうやら彼女は凄腕のハッカーのようだ。
ぜひともこの案件に協力してもらいたい。
みなみは飲んでいた紅茶をソーサーに戻すと彼女の手を取った。
「あや子さん、私は、彼女を告発するつもりよ。
でも、まだ証拠が全然足りないの。
あなたが協力してくれるなら、きっと突破口が開くわ。」
あや子は、みなみに手を強く握られながらもしばらく黙っていた。
彼女に協力する。
でもいろいろ忙しいし、、、。
あや子はしばらく何も言わずにうつむいていたが、何かを決心すると顔を上げ、静かにうなずいた。
「私も、あの女をぎゃふんと言わせたい。
それにみなみさんの話を聞いていると、取られた税金が政治家や高級官僚の懐に流れているなんて許せない。
私が働いて稼いだ金よ。だから、私も協力する。あなたと一緒にやるわ。」
ふたりの目が合った。
そこには、裏切られた者同士の、静かな連帯があった。




