15.番外編「沈黙のテーブル」
場所は、都内の小さなカフェ。
午後の光が差し込む窓際の席に、田中健が座っていた。
向かいに座るのは、アリサ・チャン。
かつて、彼の心を奪った女だ。
「久しぶりね、健さん。」
「……ああ」
沈黙。
カップの中のコーヒーが、わずかに揺れる。
「で、何の用?」
アリサは、飾らない口調で言った。
「もう、あなたとは終わったと思ってたけど。」
健は、しばらく言葉を探していた。
「……お前、他にもいたんだな。俺だけじゃなかったんだ。」
「今さら? そんなの、最初からわかってたでしょ。」
「……」
「私ね、あなたみたいな“中途半端な人間が一番嫌いなの。」
「家庭も顧みず、仕事でも中堅止まり。
それでいて、私に“本気だった”とか言うんでしょ?」
健は、何も言い返せなかった。
アリサは、つまらなそうにため息をついた。
「あなた、私のことを“特別”だと思っていた?
でも私にとっては、あなたも上から言われた“ただのおじさんの一人”に過ぎないのよ。
利用価値があったから、そばにいただけ。」
「……俺は、お前に騙されてたのか。」
「何をいってるの。
自分が若い子にもてるって自慢したかっただけでしょ。
それとも、何かから逃げたかったのかしら。
いっておくけど、私は、最初から何も隠していないわよ。」
アリサは立ち上がり、コートを羽織った。
「じゃあね。
あなたの“後始末”は、あなた自身でやってちょうだい。」
彼女が去ったあと、健は一人、冷めたコーヒーを見つめていた。
その表情には、怒りも悲しみもなかった。
ただ、空虚な静けさだけが残っていた。
「俺はなにがしたかったにかな。」
むなしいつぶやきがこぼれていた。




