01.米一合の重み
目覚ましが鳴るより早く、田中あや子は目を覚ました。
まだ薄暗いキッチンで、手早く炊飯器のスイッチを入れ、冷蔵庫の中を覗く。
昨夜の残り物と、特売で買った卵。
これでなんとか、お弁当は間に合いそうだ。
「未来、起きて!あと15分で出るよ!」
「うーん…」
寝室から聞こえる娘の声に、思わずため息が漏れる。
自分もあと30分で出勤だというのに。
フライパンで卵焼きを焼きながら、スマホで天気と電車の遅延情報をチェック。
その横で、炊き上がったご飯の湯気が立ち上がる。
「お米、あと一合分しかないな…」
先週買ったばかりの5キロ袋が、もう空になりかけている。値段もまた上がっていた。
「お母さん、今日お弁当いらないって言ったじゃん」
制服姿の娘が、眠そうな目でキッチンに現れる。
「えっ…言ったっけ?」
「昨日の夜、ちゃんと言ったよ」
「……そっか、ごめん」
あや子は苦笑いしながら、卵焼きを自分の弁当に詰め直した。
朝食をかき込み、洗濯機のスイッチを押し、ゴミ袋をまとめて玄関に置く。
夫はすでに出勤していた。
今日もお互い顔を合わせることもなく、会話もここ数か月ほとんどなかった。
今では夫婦というより、単なる同居人だ。
まあ、結婚したものの恋愛感情というよりは、タイミングが合ってなんとなくという感じだった。
「じゃ、行ってくるね」
考え事をしてぼんやりしていたところ、娘の声にハッとした。
「気をつけて」
慌てて娘の声に返事をし、あや子も部屋の鍵をかけると駅へと急いだ。
駅前はかなり混雑していた。
今まで田舎で朝もこれほど混んでいなかったのに、急に海外の人間が増え出して、狭い田舎の駅が人であふれかえっていた。
なんだか彼らがつけている香水で息もできない。
ちょっと凄まじい匂いだ。
あや子はそんなことを考えながら、通勤電車の中でふとスマホの家計簿アプリを開いた。
「食費、今月もう予算オーバーか…」
指先が止まる。
そのとき、車内の液晶ディスプレイで表示されている広告欄に一冊の本が目に入った。
**『国家予算の真実』——あなたの生活は、誰の手で決まっているのか?**
あや子は、なぜかそのタイトルから目が離せなかった。
昼休みにでもスマホで検索してみようかな。
そんなことが頭をよぎった。
電車が駅に止まって、さらに海外からの人が押し寄せてきた。
まだ混むの。
もう少し朝早く出かければ……。
無理か。
娘が学校に行ってからじゃないと出られないし。
「おい、もうちょっと詰めてくれ。」
「これ以上は無理よ。」
ドア近くでそんな声が上がっていた。
今日も混んでるわね。
なんか日々混みがすごくなっているような気がする。
「おばさん。もっと詰めてくれよ。」
外国人らしき学生にきつい声で怒鳴られて、あや子はむっとした。
おばさん!
おばさんだけど怒鳴ることないでしょ。
そう言い返せば、肩をすくめられて分からないふりをされた。
今日も最悪。
あや子の一日は最悪の通勤電車から始まった。




