幸福製造機
「国民の幸福度を上げることが、政府の最重要課題です」
そう宣言した首相の笑顔は、どこか作り物のようだった。
その翌週、全国民に一台ずつ、小さな白い装置が配布された。
名前は――幸福製造機。
説明書には変な字体でこう書かれていた。
> スイッチを押すと、あなたの脳に幸福信号が直接送られます。
> 安全・無害・完全自動。あなたの人生を、もっとハッピーに。
最初は誰も信用していなかった。
「政府が配るもので幸せになれるわけないだろ」
「どうせ新しい監視装置だ」
そんな声もあった。いや、そんな声だらけだった。皆んなが不満を隠さなかった。
だが、何故か使った人々は皆、笑顔になった。
不思議と、文句も、不満も、涙も消えた。
彼らは言う。
「今の生活に満足してる。何もいらない。」
テレビも新聞も、幸福製造機のニュースでいっぱいになっていった。
「国民の幸福度、過去最高を記録!」
「SNSでは“ #しあわせって最高 ”がトレンド入り!」
批判していたジャーナリストたちも、次々に幸福を感じはじめた。
彼らの目の下のクマは消え、言葉は丸くなり、記事のタイトルは柔らかくなった。
「幸福製造機、使ってみた。正直、悪くない。」
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それから数年が経った。
街は静かになった。誰も怒らず、泣かず、抗議もしない。
電車では、全員が同じ無表情の笑みを浮かべて座っていた。
事故も犯罪もなく、経済も安定し、出生率も「幸福的に」上昇した。
だが――幸福製造機を使わない者は、いつの間にか見かけなくなっていた。
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ある所に独りの少年がいた。
彼の機械は壊れていて、どんなに押しても光らなかった。
修理を頼もうにも、もう「壊れる」という概念を知る人がいなかった。
学校では、毎朝“幸福体操”が行われる。
「幸せですか?」
「はい、幸せです!」
全員が声を揃えて笑う。少年だけが笑わない。 教師は言った。
「あなたの“幸福感”が足りませんね。反省文を書きましょう。」
少年は家に帰って、両親に訴えた。
「僕、この機械いらないよ。気持ち悪い。」
母親は微笑んで答えた。
「あなたはまだ子どもだから、幸福の味がわからないのよ。」
父親は、優しく頭を撫でながら言った。
「いつかきっと、君も幸せになるさ。」
父の手には、幸福製造機が握られていた。
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そしてある日、政府は新たな声明を発表した。
> 「幸福製造機を使わない者が、国民の幸福を脅かしています。」
街角のスクリーンには、無表情で笑う人々と、独りだけ笑わない少年の写真が並んだ。
「幸福を拒む不幸な者を、国家が救済します」
その夜、ドアが叩かれた。
少年は静かに機械を手に取り、スイッチを押した。
何も起きなかった。
外からは優しい声が聞こえた。
「心配しないで。すぐに幸せになれるからね。」
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翌朝、街にはまた一人、笑顔の人が増えていた。
ニュースキャスターが微笑みながら言う。
「国民全員、幸福になりました!」
カメラの奥で、幸福製造機がゆっくりと点滅していた。
その光は、まるで人間の心臓のように、規則正しく――冷たく、脈打っていた。




