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夏休みの課題で書けなかった作文

作者: ひいらぎ

 どうしよ。


 夏休みの課題史上、もっとも頭を抱えている。

 

 「……どうしよう」


 文字通り、頭を抱えている。


 目の前には真っ白な原稿用紙3枚。


 人生で初めて夏休みの課題をしなかった。

 ほかの課題はした。わたしの尊厳のために言っておく。

 読書感想文も、ワークも、絵も。ちゃんとした。

 だけど。

 二学期始業式に提出予定のこの作文の課題だけはできなかった。

 

 だって!

 テーマが「友情」なんだもん!


 わたしにどうしろと?!

 対人関係が面倒で、苦手で、嫌だったから、同じ中学からは誰もいないここを選んだのに。

 だから、もちろん顔見知りすらいないなかで、部活にはいるわけでもなく、そっこう帰宅のわたしに「友人」なんて呼べる人はいないわけで。

 そうなると、そもそも「友」がないわけで!

 中学だって友達いなかったよ。

 小学校からいなかったから、そのまま地元の学区だと自然といないよ!


 「かけたかー」

 担任が教室を除きに来た。 

 「……無理です」

 残って少しでも書けと言われて、教室にいたのだけれど。

 「おーおーどした?」

 軽い態度。

 この学校のなかでは若めの数学教師。

 「……俺の覚え間違いでなければ、紙もシャーペンも動いたように見えないが」

 「はい。触れてすらないです」

 「はいじゃない」

 前の席に座って、振り返ってきた。

 「そんなに難しいテーマだったか?」

 

 はい!

 地雷ふんだー!

 難しいって人によって違うの!

 そういうのは多種多様で、あんたにとっては簡単でも、わたしにとっては、インテグラルみたく、理解できないの!

 ってかそもそも、確率とかでも無理なのに。

 とは言わずに。

 

 「……すみません」

 「友情かー。夏休みに遊んだりしてないのか? 何人かは海に行った時のことを書いてるのもいたな。ざっくりさっき見てきた」

 ……そんなイベントわたしにはない。

 「んー。角度を変えるか」

 そういって立ち上がってなにやら、板書をはじめた。


 【ゆうじょう 友情 勇 夕 雄 優 有 遊 誘 右 憂 裕 融 結う

 城 状 上 場 条 畳 丈 乗 常 定 浄 蒸 静 冗】


 「いったんこんなもんか」

 書き出された、ゆう、と、じょう、とよむ漢字たち。

 「テーマは友情って漢字が決まってるから、まぁ、友人関係とか、対人関係ってところになってくるわけだけど、字が違えば、変わるよな?」

 たとえばーって言いながら、丸をつけていく。

 「勇ましいに城だと、なんか強そうな城で、夕方に城だと、夕暮れ時に赤くなってる城っぽいなって思うし、で優しい畳だと、なんか賞とかとったいい畳かなって感じる。まぁ全部勝手に作ってるから言葉として存在してないって指摘されるかもだけど」

 ……言いたいことはわかるな。

 「友ってあるからそういうテーマになるけど、別に、友達との思い出書けってわけじゃないだろ?」

 ……そうだけど。

 「辞書みて、友情ってたいひととの関係性で、仲がいいとか、助け合うとかそういうのって感じたんですけど……」

 「それもあるな。理解の仕方ってのは人によって違からな。情ってつくと、まぁ対人って俺は感じたりするしね」

 ……感じ方か。

 「ちょっとはヒントになったか? 俺は作文マジでダメだったので、すげーなって思うよみんな。でむずーっていうテーマだったら、俺は怒られたけど、さっきみたいに言葉遊びしたのを出したことある」

 「……はい?」

 「そんときは人権だったかな? そっから、いろいろこねくりまわして、最終人件費にして、書いたな。ちょうど、最低賃金が上がるって聞いたから、いくらになる。それってそれだけ、労働力に価値があるってことだよねー。んで、それを主張して、ちゃんと賃金もらって、生きるのって、人権があるから主張できるよねーって。みたいなこと、適当なこと書いたな」

 ……結果テーマを回収したんだ。


 ……それだと。


 「書けるかも」

 ボソッと呟いていた。 

 「よし、なら担当の山先生には俺から週明けには出せそうっていって、伸ばしてもらっとくわ。今日は帰ってかいてき」

 「……ありがとうございます」


 先生と話したら、なんだか書けそうな気がしてきた。

 帰って辞書を開いた。

 ゆうと読める漢字。

 じょうと読める漢字。

 それぞれを書き出して、先生がしたみたいに組み合わせて。

 ……ふふふ楽しい。

 これだったら、こんな風に読めるかな?

 こっちだったら、こうかな。

 ふふふ。

 よし。書き出しは。


 『ゆうじょうというテーマでの作文だが、友情はいったん置いておく』


 ふふふーん。

 えーとで、こうして、ここで……。

 で、よし。

 書きたい内容を簡単に書いていくか。


 ゆうじょうと聞いて、何を思い浮かべるか。

 友情という漢字がテーマとして示されているが、ほかにゆうじょうというものがないか考えてみた。

 例えば、夕場。有錠。優城。

 適当に組み合わせたものだけれど、ゆうとじょうと読む漢字は多数あった。そこからいくつか、勝手に作ってみたら、楽しかった。

 言葉として、友情は対人関係を意味していて、友も情けも人がかかわっていると思う。でも、同じ音でも漢字が違えば、こんなにも姿かたちが変わって、意味もちがうことに、言葉の不思議さ、漢字の多彩さを改めて実感した。

 動画などで、日本語は難しいというのを多言語の人が言っていたものをみたのを思い出した。同じ音で漢字も意味も異なるものが多々あるうえ、同じ漢字でも読み方が複数あるものもある。


 ってこんな感じで、これを段落にわけして。

 で、まとめをどうするかなんだよね。


 先生、それで提出したって話だったけど、許されたんね。それがびっくりね。

 ……山先生、山本先生だけれど、許してくれるかな?

 提出したっていう事実なら得られるからそれはそれでいいんだけど。山先生はおじいちゃん先生だからめっちゃ柔らかいんよね。

 授業好きだから、どうにかしたいっておもったけどダメだったんだよなー。


 友情というテーマだけれど、特段浮かぶことがなかった。だから、この課題だけ提出期限に間に合わなかった。書くことがなくて、筆をとることができなかった。

 でも、ちょっと見方を帰るだけで出来るってなんか楽しい。

 これだったら、読書感想文ももうちょっと出来たかも。


 まぁとりあえず。まとめだよまとめ。


 どう着地させるか。

 テーマの「友情」に着地したいけど。

 

 あ……。


 そっか。

 文字が違えば、意味合いが変わって、違うものになる。

 なら。


 友情だって様々形があっていいよね。


 ……。

 よし。


ーーーーー


 「書けたようでなにより」

 「なんとかなりました」

 期限内に提出された。

 「……んー。そういう着地か。人が関わっているからこそ、形に固定はなくて、言葉遊びをしてみて、改めてそれを感じたと。で、私には難しいテーマであった。か」

 最後のまとめはいい感じだな。

 「……適当だけど、それっぽくない?」

 「それっぽい?」

 「学生で友情に悩むって、青春って感じで、ぽいかなって」

 「……子どもがぽいとか言わない。子どもなんだから」

 はぁと溜息がでてしまった。

 「これで渡しておくね」

 「はい。ありがとうございます」


 さて。これを山先生にわたして。

 「最後の提出ですね」

 「ええ。ちゃんと出してきましたよ」

 「……読まれましたか?」

 「ざっとですが」

 「……以前、この生徒のように、言葉遊びをして提出した生徒がいました」

 ……。

 「他の先生は問題視していましたが、私はとてもいい作文だと思いました。たいていの生徒が、言葉の意味やその必要性を説いていましたが、違った目線からのアプローチはとても勉強になります。生徒から教えをいただいたなと思っています。きっとこの作文もそういったものがあるのでしょうね」

 「……やめてくださーい」

 「おやおや、どうされましたか」

 「いや、ちょっと困ってたから、きっかけになればと思っていっただけで、ほんとにそんな感じで書いてくるとはおもってなくて。でも最後のまとめとかめっちゃよくないですか?」

 「そうですね。固定されていないというのはいいですね。確かに、人間関係というのは、時間や場所などによって変わるものですからね。私や先生のように」

 「……すみませんでした」

 「いえいえ。いいと思いますよ。あの時の生徒とこうして一緒に教員をするとはあの時の私は思ってもなかったことです。こういった思いがけないことがあるからこそ、作文のテーマになにがいいかとても悩んでしまうんですよ」

 「俺だって、まさか同じ学校に赴任するなんて思ってなかったですよ」

 「私もです。その実体験を生徒に教えているのです。説得力があっていいと思いますよ」

 「せんせーい……」


 人間関係は変化する。

 その時は友情でも、それが色恋に変わることもあるし、疎遠になることもある。

 生徒と教師だった関係も、同僚という形になることもある。

 難しいというのは、俺だってそうだ。

 あの時、俺の作文を肯定してくれた先生と一緒に仕事をしている。

 

 「明日の準備するか……」

こんな先生がいたらおもしろかったかも。と思ったので書きました。

満足です。

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