8 一度ハマると大変なモノっぽいもんねぇ
『大』の男二人でファミレスに入っていく姿っていうのもなかなか滑稽だったと思う。
席に案内してくれた店員さんもちょっと躊躇っていたと思うし、特に意外にも佐伯ではなく俺が何者なんだろう?っていう視線をビシバシと受けていた感じがしていた。
特にお客さんで賑わっている時間帯ってわけでもなかったから、二人でも悠々と座ることが出来るテーブル席(本来ならば四人ぐらいで座るようなテーブル席)に店員さんに案内してもらうと、続いて水とメニュー表を受け取った。
「佐伯、こういうところで食べることってある?」
メニュー表を開きながらも、だいたい俺の中では食べたいモノが決まっていたから最初のページはほとんどちらりと目にしていくばかりで、次から次へとページを捲っていくのだけれど、佐伯はメニュー表を開くと『う~ん』と悩んでいるようだった。こういうのもなんだけれど、佐伯ってよく顔に考えていることが出るタイプだよねぇ。分かりやすくて助かるけれど。
「あー、たまに。時間があるときには、軽く飲み食いするぐらいしか無いっすけれど……」
軽く……ってことは、軽食ぐらいしかファミレスでは食べたことが無いのかな?だったら、ここは思い切って奮発してあげることにしようか。
「ふぅん?だったら今回は俺の奢り。何でも好きなモノ食べて良いよ?」
何を食べようか、何を注文していこうか、と迷っているらしい佐伯に好きなモノを、とつげていくとそれはそれで困惑した顔を向けてきてしまったので、ここは先に言った者勝ち、とさせることにした。
「え。いや、それは、さすがに悪いんじゃあ……」
「俺が言ったんだから、そこは素直に奢られておきなさいよ?あんまり食べないモノとかもあるんじゃない?あ、意外とベジタリアンだったりする?」
「あー、いや、肉とかも普通に食べますけれど……」
「だったら、このサーロインステーキとか良いんじゃない?佐伯ぐらい若いならこれぐらいの量でもぺろりと食べられちゃうんじゃない?」
「いやいや、たぶん俺と久保田さんってそう歳は違わないと思いますけれど……って、久保田さんはもう注文を決めているんすか?」
俺はそうそうにメニュー表を閉じてしまっているから食べたいモノは決定していた。だからこそ、佐伯にはあれこれとオススメしていったんだけれど、さすがに俺でもそんなには無理っすよ~と困った顔をされてしまったので、なにやらオムライスを注文していくらしい。
オムライス?確か、佐伯の話だと誕生日に母親に作ってもらったって話を聞いたことがあるような……それを懐かしく思ったんだろうか?
改めて店員さんを呼んでいくと、佐伯はデミグラスソースのオムライス。そして、俺はスペシャルイチゴパフェを注文していった。俺の注文を聞いたときの佐伯は、それはそれは面白い反応をしていたもので、ついつい笑いを堪えるのが大変だったのだけれど、まさか俺が可愛らしいパフェなんて注文するとは思わなかったんだろうか。
確か、若手の集まりのなかでもケーキを頼んでホールを注文し、結局一人でホール丸ごとを食べちゃったんだよね。俺の甘党は知っていたはずだったと思ったんだけれど、それでも意外だったのかな?……ついでに、コーヒーでも注文すれば良かったのかもしれない。
「……久保田さんってめちゃくちゃ甘いモノ好きなんですねぇ……ちょい前も、ケーキホール丸ごと一人で食べてましたし」
「そーだねぇ。甘いモノを食べていると頭もスッキリする感じがするんだよ。きっと日頃から頭を使っていることが多いんじゃないかな?」
「……疲れているってことっすか?もしかして、この業界に入ったからとか……」
「いやいや。俺の甘いモノ好きは昔からだから別にこの業界に足を突っ込んだとかからって理由は関係無いよ。それに、こっちだと佐伯が先輩らしく率先して動いてくれているから俺としてはめちゃくちゃ助かっているんだよね。いつも、ありがとね」
「!い、いえ……べ、べつに……それに、来たばかりだと分からないことも多いこともあるでしょうし……」
「そうそう。意外と細かなルールとかがあってびっくりしたよ。他のシマで活動しないのはもちろんのこと、ブツの売買があればきちんと報告したりとかさ。そこら辺は、しっかりとしているんだねぇ」
さすがに、ここは一般的なファミレス。直接的な物言いはしないように気を付けたつもりだったけれど、それでも佐伯には通用したようで、困った顔をしていた。
佐伯といろいろ話をしているとあっという間に時間が過ぎていく気がする。その間に、お互いに注文したモノがテーブルに運ばれて来たものだから、『あ、追加でコーヒーも二つお願いします』と俺が追加注文をお願いしていくと店員さんは快くオーダーを受け取ってくれたらしい。
佐伯の目の前に置かれているオムライスは、昔母親が作ってくれたオムライスとは見た目も全然違うモノだろう。それでもオムライスには目が無いのかもしれない。ちらりと表情を伺っていけば目をキラキラさせながらスプーンを手に取っていくと美味しそうにオムライスを口に運んでいたから佐伯の味にはとても合っていたんだろう。
俺もちょい長めのスプーンを手にしていくと所々にイチゴが乗せられているパフェを上から食べはじめていった。パフェって意外と崩れやすい食べ物でもあったりするから、そこは慎重に。それでもパクパクと食べるスピードはそれなりに早かったらしく佐伯がオムライスの半分を食べる頃には、俺もパフェも半分ぐらいまで食べていたようだった。
「……そう言えば、佐伯のお母さんって……まだ、ご存命?」
「あー、はい。一応、生きてはいるんすけれど……その、いろいろとヤバいところで働いているモンで……」
「……夜のお店って感じ?」
「それもあるんすけれど……その、風俗関係でも働いているモンっすから……その客にたぶらかされて薬にまで手を付けるようになってきちまって……たぶん、体はボロボロになってそうっすね……」
「佐伯は実家から一応通っているんでしょ?……ってことは、佐伯が帰る頃には働きに出て、逆に支部所に出て行くときには寝ているって感じ?」
「……まぁ、大人しく寝てくれていれば良いんすけれど……」
「あんまり常習者の話は詳しく無いんだけれど、キれると手が付けられないとか……暴れるとか、されてない?」
「!まぁ、たまに……っすね」
「……そっか。一度ハマると、なかなか抜け出すのも大変なモノっぽいもんねぇ……」
ふわりとコーヒーの匂いが漂ってきたものだから、一旦佐伯との会話を終了させると案の定店員さんは新たに追加注文したコーヒー二つを持ってきてくれた。『ごゆっくり、どうぞ~』と店員さんマニュアルそのまんまのセリフを言い残して去っていくことを確認したところで再び口を開いていった。
「……もしかして、佐伯がこの業界にいるのって……母親のため?」
「!え。なんで……」
「本当かどうかは分からないけれど、こういう業界にいるとそういうモノも安く気軽に手に入るモンなんじゃない?キれて暴れる母親には、それを与えることで大人しくさせる……まあ、どんどん中毒者にさせているのは間違い無いけれど実の息子にDVしていくようなことにでもなったら大変だもんねぇ」
「……悪いモノだと分かってるのに、暴れて欲しくなくて、キれたときの苦しそうな様子を見ていられなくて、それで……ってか、久保田さんって何でもかんでも見抜くの上手すぎません?ホント、言った通りっすよ」
「ん?そぉ?でも、あまりにも暴れるようだったら……俺にも、ちょっとした知り合いがいるからすぐに言いなよ?……まあ、そうなったらちょい病院とかに入院してもらうかもしれないけれどねぇ」
「知り合い、っすか?」
もちろん名前は出さなかったけれど、俺の『おじ』や『楊さん』のことである。刑事であるおじさんであればDVをしている母親はすぐに確保してくれるだろう。楊さんも確か医療には詳しかったはずだからいろいろと診てもらえる可能性も高いかもしれない。しかし、薬中常用者と分かれば即刑務所行きになるわけじゃなくて、落ち着かせるために病院とかで入院する必要もあるんだろうなぁ。それでも、佐伯へのDVは防がれるってわけなんだから……悪い話ではないと思う。
パフェを食べ終わった俺は、コーヒー……ブラックのままの状態のモノをそのまま口にしていけば、思わず『ふぅ』と溜め息を吐いた。甘いモノを食べた後の苦いコーヒーって、なんだか落ち着く気がする。甘いモノと苦いモノ……まったく正反対のモノを口にしているというのに、体の中に入ってしまったらごちゃごちゃになってしまって一緒になっちゃっているんだろうねぇ。
「!あ。そろそろ時間か……」
「ん?見回り?」
「……えっと、ウチのシマ管轄内にある水商売とか風俗関係の売り上げの徴収っす」
「ほぇ~。だったら、俺も挨拶がてら一緒についていくよ」
もちろん最初に言っていた通り、ここは俺の奢りでファミレスを後にしていった。
甘ったるいモノももちろん美味しい!だけれど、その後になるとしょっぱいモノとか苦いモノとかを無性に口にしたくなるって気持ち……分かります!!(苦笑)
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