7 ちょい、待ってくれる?
急に鳳来寺さんに佐伯ともども呼び出しを受けてしまった。
もちろん若手の集う支部に来いということではなく、支部の外に車を回しているから乗せてもらって鳳来寺さんが待っている事務所へ向かった。う~ん……なんとなくだけれど、あんまり良い予感はしないんだよなぁ。
「失礼します!」
「お邪魔しま~っす」
既に鳳来寺さんはきちんと整えられてピカピカに磨かれているデスクと椅子に座って待っていたらしい。俺と佐伯が事務所に入って来ると部下らしき人物にコーヒーを準備させたらしく俺たちは二人して室内に備えられているソファーに座った。すると間もなくしてザ・ヤクザって感じの風貌の男が(見た目はー……三十代ぐらいだろうか?)トレーに乗せて俺と佐伯にコーヒーを持って来てくれた。強面の男が丁寧にコーヒーを運んでくる様子に、ついつい口元が緩んでしまいそうになるもののなんとか我慢出来た自分を褒めてあげたい。
「忙しいところ呼び出してすまないね。実は二人に確認してもらいたいモノがあるんだが……」
俺は、冷めないうちに……とコーヒーを口にしていくが一口、口に入れたときに……一瞬?が浮かんだ。コレ、普通のコーヒー……じゃないかもしれない。佐伯もせっかく用意してもらったものだからとコーヒーに手を伸ばそうとするが、俺が慌てて佐伯の腕を止めた。
一応、同じ組に所属しているヤクザ。さすがに殺すために薬物を盛ったとは考えにくい。……とすれば、素直になれるお薬の類でも仕込まれただろうか。
「……久保田さん?」
コーヒーに手を伸ばそうとしたところで手を止められたものだから不思議に思ったんだろう。だが、ちらりと鳳来寺さんの顔色を伺っていけば面白そうに口元を緩めているのが見えた。……ちぇー……やっぱ何か入ってたかー。
「んー……ちょい、ソレ飲むの待ってくれる?」
「ほぉ?」
「さすがに死ぬような毒物とかは考えられないと思いたいんですけれどねぇ。……ヤバそうな薬とかだったりしたら……一応、佐伯は俺の部下でもあるし、先輩でもあるんで、ぶっ倒れられると困るんですよ」
「え、薬!?」
佐伯はやっと俺が腕を止めた理由を察したのか、すっかりコーヒーには手を伸ばそうとする気も無くなってしまったらしい。でも、一口とはいえ、俺は口にしちゃったんだよなぁ……遅効性か即効性か……まあ、この場で死ぬならそれも俺の人生はここまでってことで有りなのかなぁ。
「凄いな。それは、嗅覚かい?それとも味覚かね?」
「味覚ですね。コーヒーだけじゃない味がしたのは確実に分かったんで……それで、俺たちを呼び出した本当の理由ってところをお聞きしたいんですけれど?」
「……こちらを見てもらえるかな?」
おもむろに鳳来寺さんがデスクの引き出しを開けて取り出したのは小袋に入った白い粉。もちろん小麦粉とかの類だったら今夜は揚げ物でも出来るかなぁなんて呑気に考えられたんだけれど、さすがに鳳来寺さんが用意したのならそんな可愛らしいモノでは無いはずだ。
「……薬っすか?」
「最近、出回っている薬物だ。だが、出所が分からない。知らぬ間にウチのシマにも入ってきてしまっていて、なかにはこれに手を付けてしまっている者もいるようでね……」
「見た目以上に厄介な成分が入っている、とかですか?見た目はごくごく普通の薬物っぽいのに鳳来寺さんはめちゃくちゃ警戒しているふうに見えるし……もしかして依存性が高いとか?」
ただの薬だったりしたらわざわざ俺と佐伯を呼び出す必要なんて無いだろう。きっとコレにはワケがあって、それなりの問題も抱えているんじゃないかなぁ。
「はは、久保田くんは随分と頭が回るようで、若手のまとめ役だけに留めておくのは少々勿体無い気がするな。……コレは、なんとか手に入れた薬の一部でね。依存性も高く、なによりも高揚感に包まれて有りもしない神を崇めだしたりするという厄介な作用があるようでね……我々も何処から入り込んでいるのか調査をしているのだが、キミたち二人にも手伝ってもらえないだろうか」
「お、俺たちにも……っすか」
佐伯は薬物を目にするのは初めてなんだろうか。でも、この業界にいるわけだし、初めてってわけでもなさそうかな?それでも戸惑っているようで、まじまじと机の上に置かれている薬物を見つめているようだった。
「……でも、見た目は他の薬と変わらないですよね?区別とかはどうやって分かるんです?」
色とかが付いているならば問題無い。けれども、コレはそこら辺に出回っている薬とそう変わらない見た目をしている。それに一般人に見せたらそれこそ小麦粉?とでも思われそうな見た目をしている。見た目で区別が付かないとなると成分っぽいけれど……わざわざ舐めて確認するわけにもいかないよなぁ。
「売人たちは強い信仰心を持っているようだった……と、コレを手に入れたモノの言い分だったよ」
『だった』ってことは、薬中に落ちたか……最悪、死んじゃったかぁ……。
「売人っていったって……その……」
この世界中、いや、この横浜だけでも潜んでいる薬物の売人なんていくらでも存在するだろう。そのなかから、コイツを売買しているヤツを見つけろっていうのはさすがに無理がある気がする。それを分かっているから佐伯も言い淀んでいるんだろうねぇ。
「もっと特徴を教えてもらわないとさすがに俺たちだけじゃ探せませんよ?」
「コレを扱っていた売人たちの手には入れ墨があったそうだ」
「入れ墨?」
「龍やら虎やらの入れ墨ならこの業界でもそう珍しいモノでは無さそうなのだが、そのモノたちの手には花の入れ墨がされていたそうだよ」
「花?」
どうしても入れ墨って聞いてしまうと鳳来寺さんの言うように龍とか虎とか……まあ、なかには例外もいるだろうけれど権力の強さとかを示すために強い印象を付ける生き物を入れるケースが多いイメージがあるんだけれど……まさかの『花』とはね。
「さすがにどんな花だったのかまでは覚えていないらしい……それでもすぐに視界に入る手元に花の入れ墨というものは珍しいから関連のある人間を端から調べているところだよ」
「……なーるほど。分かりました。俺たちの方でも、それなりに探ってみます。……でも、歓迎しておいて薬を盛るのは今回限りにしておいてくれます?たぶん、佐伯の体にはキツいと思うんで」
「それは、すまないことをしたよ。では、薬物の調査の方くれぐれもよろしく頼んだよ」
手に『花』の入れ墨かぁ……。あんまりケースとしては見ないかも?これは、さっそく楊さんに聞いてみるとしようかなぁ。
「ちょ、ちょ!久保田さん!体の方は何とも無いんすか!?」
事務所から出た途端に佐伯は慌てて声を上げて俺の肩を掴んできた。その顔は、青くて今にもぶっ倒れそうな顔をしているけれど。
「え、何が?」
「何がって……」
「あー、もしかして薬入りのコーヒー飲んだこと?平気平気。たった一口……ほんの少しだけだったし」
さすがに死に至る毒物でも入っていたら話は変わってくるんだろうけれど、今もこうして何も無いってことは軽い薬……何処でも買えるような、それこそ鳳来寺さんたちが取り扱っている薬が少しぐらい入っていたって感じじゃないだろうか。
それでもコーヒーに違和感を抱いた。それを……そんな俺の反応を鳳来寺さんは試してみたかったんじゃないだろうか。鳳来寺さんも意地悪だよねぇ。
「さーて……取り敢えず……ちょっとファミレスでも寄ろうか」
いろいろ探っていくことは多そうだけれど鳳来寺さんのところで飲みかけたコーヒーはもちろんブラックだったしちょっとしか飲めなかったし(別にブラックでも飲めないことは無かったけれど)ちょうど良いところにファミレスの看板を発見してしまったものだからついつい口の中を甘いモノで満たしたくなってしまったと告げれば佐伯は苦笑いしながらも俺についてきてくれるようになった。
佐伯っていいヤツだよねぇ。俺なんかの用事にも、いろいろとついて来てくれるし、ファミレスだってきっとあまり自分からは行きたくないタイプかもしれない。それでも俺が『行こう』って言えば一緒に来てくれる。なーんか、ちょっと危ないかな。それこそ、俺が『一緒に死のうか』と言えば一緒になって死んでくれそうな気がして……ちょっと佐伯の従順さに危うさを感じながら某ファミレスに大の男二人して入店していくのだった。
え、え!?薬入りのコーヒー口にしたんでしょ!?久保田、何とも無いの!?(汗)
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