6 人のモノに手を出したら覚悟しないとね
俺が若手のまとめ役になった祝賀会……というか、ただどんちゃん騒ぎをしたかったんだろうねぇ。
まあ、若いうちにはこれぐらい元気があった方が良いのかなあ。
「!……原田って言ったよね?アレ、どうしたの?」
だいぶ、この若手が集う支部に足を運ぶことも慣れてきたある日のこと。黒髪短髪で絆創膏がトレードマークだった原田の顔に新たな傷が付いているように見られた。もしかして、若いヤツらと喧嘩でもしたんだろうか?それにしては、原田はイライラとしているようだし、原田と仲の良いらしい(話を聞いたところ同じ施設の出だという)斎藤や沖永が何とか原田のイライラを抑えようとしているようだったけれど、俺から見ると原田のイライラはしばらく止みそうにないっぽいなぁ。これは、どこかで鬱憤でも晴らしてあげないとそれこそ近場の一般人に迷惑を掛けるような事態にまで発展してしまうかもしれない。
「それが……小耳に挟んだ話なんすけれど、原田がナンパした女が、別のシマのヤクザの女だったとかって話で。後になって複数人に囲まれてボコボコにされたらしいんすよ」
佐伯は耳が早くて助かるねぇ。
んー、それにしても他人の女に手を出そうとして、ボコボコにされちゃったかぁ……。
「しょーがないでしょ?人のモノに手を出そうとしたんならそれ相応の覚悟を持たないと」
意外にも俺の声は事務所の中の周りにいたヤツらの耳にも届いてしまったようで、当然ながら原田たちの耳にも届いてしまったらしい。
「そ、それでも……俺ばっかこんなボロクソにやられるなんて悔しいじゃないっすか」
「まあまあ。たまたま声を掛けた女性が既に人のモノだったんでしょ?だったらさっさと他を探しなって。いつまでもそんなイライラしているなんて原田らしくないよ?」
ちょっと前に、俺の祝賀会……もといどんちゃん騒ぎをしていたときには原田たちはとても良い顔をしていたように思えた。歳相応……いや、それよりも幼さが残るような無邪気な笑みを浮かべていて、もしもこの業界に手を出していなかったのなら、どんな職に手を出していたんだろうかと考えてしまったぐらいだった。別に原田に限った話じゃない。あれこれ話を聞いていけば、誰にでも過去にはいろいろな暗い思い出っていうものもあって、それでまっとうに生きていくことが出来なさそうだったからこの業界に入り込んだらしい。でも、俺からすればコイツらはまだまだ可愛いヤツらだと思う。
ちょっと面白いことがあってからかってあげれば楽しく笑い声を上げていくし、面白い場面に出くわせばそれこそ腹を抱えて笑うほどにゲラゲラと笑っていけるんだから人間としては終わっていないんだよ。
「ただ、原田が声を掛けたってことは一応はウチのシマだったんでしょ?つまりは……お相手さんの方がコッチの敷地内で活動していたってことだ……なるほどねぇ」
「えーっと……久保田さん?まさかとは思いますけれど、報復でもしに行くんすか?」
「ん~……どうだろうねぇ。そもそも、俺、原田をボコボコにしたヤツの顔なんて分からないからなぁ」
すっかりコートも馴染む季節になってきた。
そのポケットからタバコを出そうとするものの、あいにく先ほど吸っていた一本で終わりだったらしい……残念。買いに行くかな。
「ちょっとコンビニ行ってくる」
「あ!俺も一緒に行きますよ!」
「あー、いいよいいよ。いろいろと寄りたいところもあるからねぇ。佐伯とのデートはまたの機会にでも取っておいてくれる?」
「で、デートって……」
もちろん『デート』って言ったのはからかい半分だったのだけれど、佐伯はマジに捉えたのか明らかに戸惑いをみせている。いや、だからそういうところ、ホント佐伯って見ていて飽きないよねぇ。
俺はきちんとコートを着直しながら事務所を出ていくと、かなり冷たい風をこの身に受けることになった。
「寒……」
もちろんコンビニに行ってタバコも買いに行く。だが、今回はちょっとした世間話ついでに寄りたいところもあったので、他のメンツを連れて行くのは少々憚られてしまったから一人で出て来てしまった。
ヤクザのことなんて、この業界のことなんて何も分からないから、まとめることなんて無理とも思っていたけれど意外にも若い連中は素直でいいヤツばかり。もちろんバカみたいに血の気が多いときもあるものだから時には外で喧嘩沙汰を起こすこともあるらしいけれど、そのときだってきちんと喧嘩をする相手には気を配っているらしく一般人に手を上げるようなことはしていないらしい。なんだ、結構きちんとしているんじゃないか。だったら、俺みたいなまとめ役がいなくてもじゅうぶんなんとかなるんじゃないかなぁ?
某コンビニにて一瞬期間限定と記載されていたアイスに心を奪われかけるものの、今回は渋々タバコだけ。いつも俺が吸っているメーカーのタバコをコンビニの店員さんに番号でつげるとささっと支払いを済ませてコンビニからはさっさと出て来てしまった。無駄にコンビニにいると、どうしてもアイスとかが食べたくなってしまうから早くに退散したというわけ。
さて、あの店に顔を出すのも久しぶりかな。あの人は元気にしているだろうか。……特に死んだとかって報告は受けてはいないから健在なんだろう。でも、少々特殊な商売をしている人だったりするものだから心配が無いとは言えないんだよなあ。
俺が足を運んだのは、若手の事務所からは少し離れた位置にある……横浜中華街の近くにある一つの店。ここでは、主に漢方だったり、ちょっとした雑貨を売っている店として表向きは通っている。が、俺はこの店の主の裏の顔も知っているものだから、すっかり仲良くなってきていると思っている。
「久しぶり~、楊さん。元気してた?」
「おや、久保田くんじゃありませんか。それはこちらのセリフですよ。あなたの方こそ、最近は裏の世界の一人に加わったそうじゃありませんか。今のところ危険は無いのですか?」
この楊さん、という人物がこの店の主。珍しい赤い髪をしていて、肩よりも伸びているらしく一つに縛っているところばかり目にしている。
名前の通り、中国人っぽいけれど本名は知らない。それに、今まで中国語らしき言葉を聞いたことは無いなぁ。中国系の血は引いているけれど、日本での暮らしが長いのかもしれない。日本語がぺらぺらの域を越えて、下手な日本人よりもしっかりとした日本語を使えている気がするし。
ここでは、いろいろな薬だったり、雑貨といったものを販売しているかたわら……裏では、少し面白い商売をしていたりする人だったりしている。
「ありゃ。さすが楊さん。俺が鳳来寺組の若手のまとめ役になっちゃったことまで知っていたんだ?」
「それはもちろん。あなたのことですからね。だいたいここで過ごしていればいろいろな情報が自然と流れて入ってくるものなんですよ」
そう、裏の一面の一つとして楊さんは情報屋なんてものも営んでいる。他にもあまり大きな声では言えないようなシロモノを扱うこともあるらしい……。
少なくとも俺の方から楊さんにヤクザに入っちゃった~なんてことは一言も伝えていないものだから、この中華街近辺で話を聞いていくうちにそれらしき噂なんかも飛び込んできたんだろう。中華街から支部所はそう遠くない場所とは言え、情報って流れていくの早すぎない?
「それにしても鳳来寺……ですか」
「ん?楊さん、知ってるの?」
「実際にお会いしたことは無いのですが、鳳来寺礼司さん……あまり、良い噂は聞かない人ですからねぇ。久保田くんもじゅうぶん注意した方が良いと思われますよ」
基本的に楊さんはあまり他人のいろいろな噂話には詳しいのだが、ここまで人を悪く言うことは珍しいかもしれない。もしかして、俺ってばヤバいところに足を突っ込んでしまったんだろうか。
「……珍しいね。楊さんが、そこまで言うなんて」
「久保田くんは良い話相手、友人の一人ですからね。これでも友人は大切にしていく人間ですから、私は」
「はは、そっか。俺って大事にされているんだなぁ~」
「……久保田くん。あなたのおじさんは刑事でしたよね?何か注意などは受けたりしていないのですか?」
不意に俺のおじの話になったものだから思わず肩を落としつつ、先日も電話で何気なくヤクザになったと話し始めたら凄い勢いで怒鳴り始められてしまった。刑事であるおじを持つ俺がヤクザになるなんて信じられないとでも思ったんだろうねぇ。
「あー、言われた言われた。お小言をたくさんいただきましたよ~」
久しぶりの楊さんとの話はやっぱり楽しい。
その間に、楊さんが温かなお茶を淹れてくれたんだけれど……中国茶だろうか?日本茶とは少し違う感じがするお茶も美味しく感じられた。外が寒かったから余計に温まる感じもしたんだろうけれど。
「さて、あまり遅くならないうちに戻ることにするよ」
「……一応、私の方でも探ってみますが、鳳来寺礼司さんには気を付けた方が良いでしょうね」
「ご忠告、ありがとうございます。それじゃ、またね、楊さん」
鳳来寺さん、単なるヤクザのトップってだけじゃないのかな?いろいろとヤバいことにでも手を出しているとか?楊さんがあそこまで言うからには、きっと何かあるんだろう。これからは鳳来寺さんに接するときがあるなら気を付けた方が良いのかもしれないなぁ。
横浜中華街!いいね!実際に行けたことは無いんですが……めちゃくちゃ行きたい!そしていろいろ見て回りたいですし、食べ歩きたい!!
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