1 ペテンを見抜け無い方も悪いんじゃない?
「こういうモノは、バレない者が勝ちって言うでしょう?」
今じゃほとんど見かけなくなった雀荘で俺は中年たちに交じって麻雀をしていた。
そして、中年たち以上に落ち着き払った表情で、俺はタバコ吹かしながらニィッと口端を上げて笑っていた。
十一月下旬。
~横浜、某雀荘~
「てめぇ!さっきから、ペテンだろうが!」
ついに痺れを切らしたらしい中年男が席から立ち上がり、俺の胸倉を掴み上げていったものの、これぐらいの力ならば、簡単に抜け出すのは容易そうだ。
たまたま気が向いたから雀荘に顔を出し、人数的に足り無さそうなテーブルに、『お邪魔しま~す』と声を掛けて座って麻雀を進めていくものの、先ほどからずーっと俺の一人勝ち。さすがに、これは何かがおかしいと思ったのか、同じテーブルに付いている中年男が立ち上がって俺の胸倉を掴み上げてきた。が、こんなモンなのか。どうやら勢いがあるのは口先だけ、らしい。
「ペテン、ペテンって言うけれどさ。それって見抜け無い方も悪いんじゃない?」
俺の胸元を掴み上げてきた中年男の腕をそれなりの力で掴み返していくと、それだけで中年男は『イデデデ!!』と声を上げて、俺の胸元からあっさりと手を離してしまった。なんだ、やっぱりその程度だったのか。……つまらない。
そろそろ吸い終わりそうなタバコの吸い殻の後始末をしていくと、今日もつまらなかったなぁと心の中で呟いていた。
「兄さん、最近ちょくちょく来るねぇ?しかも麻雀の強いこと、強いこと」
どうやらこの雀荘のマスター……ってことで良いんだろうか。
カウンターの向こう側から麻雀を楽しんでいる客たちの様子を伺いつつ、何かあれば咄嗟に対応していく立場の人っぽいが、今のところ俺が来て多少の騒ぎになったとしても俺自身の力で場を静めてしまうものだからマスターの見せ場というものを奪ってしまっているのかもしれない。
「そぉ?相手の捨てた牌をじっくりと観察していけば周りが何を求めているのか、何を狙っているのかなんて意外と分かってくるモンでしょ?」
少なくとも俺はそう考えている。
だって、麻雀ってそういうモノじゃん。
相手の捨てる牌、そして他の人たちが気にしている牌と表情をそれぞれ観察していけば周りが何を狙っているのか、そしてどんな牌を欲しているのかなんてことはある程度麻雀をしていれば自然と身に付いてくるもの……だったりしないのかなぁ?
「いやいや、ここで兄さんに勝てるヤツなんてきっといないんじゃないか?」
「あー……たまに、ヤバそうな連中が来るとは聞いているけれど、もしかしたらその連中となら面白いゲームが出来るかもしれんけれどね」
マスターの言葉に続いて、俺と同じテーブルに着いて麻雀を楽しんでいた客の一人が付け足してきた言葉に少しばかり興味を持ってしまった。
「ヤバそうな連中?」
「鳳来寺組の組合さんたちだよ。一応、この店もその組の管轄だから、たまに見回りだとか売り上げとかの徴収に来てることもあるらしいよ?」
鳳来寺組……そっか、覚えておこうかな。
実際に麻雀が出来るかどうかは分からないけれど……。
「それじゃ、俺はこの辺で」
「あれ、もう帰っちまうのかい?この後、若い姉さんとこの店にでも行こうかと思ったんだけれどねえ」
同じテーブルで麻雀を楽しんでいた、この人が言う若いお姉さんがいる店っていうのは、たぶん風俗店のことだろう。
例えキャバクラとかガールズバーとかだとしても興味は無いんだよなあ。
「あー、そういうのは興味無いんで」
「はは!まだ若いのに、そういう店には興味無しかい?勿体無いねぇ、兄さん、モテそうなのになあ」
モテるかどうかは分からないけれど、興味の無いことにわざわざ時間を掛ける必要っていうのが分からない。だから今度こそ、これでおさらばさせてもらうことにした。
雀荘の外に出ると、吹いてくる風がだいぶ冷たく感じられるようになってきた気がする。今度から出掛けるときにはコートでも羽織った方が良いかもしれない。マフラーもそろそろ必要になるだろうか?箪笥を漁るのも面倒くさいけれど、寒いのももっと面倒くさいか……。
体型はそうそう変わってはいないはずだから去年着ていたコートでもじゅうぶんに着られるはず……うん、お腹とかもさりげなく触ってみるけれど無駄にぷよぷよした肉は付いていない、はずだ。
雀荘に来ているのは、暇つぶしっていう理由もあったし、強い相手を求めてっていうのもあったし、あとはちょっとした小遣い稼ぎ。元々、賭け事みたいなモノは好きだ。ただ、パチンコだとかスロットだとか……機械相手にしていくモノは苦手だったりするけれど、生身の人間と対峙しながら人間の表情だとかを目にして駆け引きなんかを楽しめる麻雀だとかポーカーだとかは面白い。たまたま、気が付いたら麻雀の本を手にしていたし、麻雀に関する知識を高めていくことが出来ていた。
小遣い稼ぎとは言っても別に、生活に困っているほどお金が無いってわけでもない。たまーに気が向いたときに通帳を確認していくと、毎月決まった日には実家からは普通に生活する上ではじゅうぶん過ぎるぐらいの生活費というものが仕送りされているから別に派手な金遣いでもしない限りは節約とかも気にする必要は無いだろう。……でも、実家って何処にあったっけ?ちなみに俺が住んでいるのは横浜にある某マンション。そういえば、もう何年も実家には戻っていないし、親らしき顔もすぐには思い出せなくなってきてしまった。……俺もそろそろ歳なんだろうか。そんな話を、一応俺が一時期お世話になっていて……たまに今も交流がある、おじさんに話をしてみたこともあるのだけれど、おじさんは決まってゲラゲラと笑うばかりで『まだお前さん二十代だろう?なーに、バカなこと言ってんだ』と軽く背中を叩かれるんだよなあ。
「……そこのキミ、ちょっと良いかい?」
「……俺、ですか?」
ふと声を掛けられた。雀荘からそんなに歩いて来たってわけじゃないから雀荘から出て来る人間を待っていたんだろうか?……もしかして、俺の出待ち?
見た目は、四十代ぐらいだろうか。彼は近くに停めてあった黒塗りの車から降りてきたらしい。あまり表向きの人間って感じはしないんだけれど、まあそれは俺も似たようなモンか。
「お初にお目にかかる。私は、鳳来寺礼司という者なんだが、この後は忙しいのかね?少しばかりキミを紹介したいところがあるのだが」
「いえ、別に予定なんてものはありませんよ。でも、それって……所謂、暴力団の事務所みたいなところだったりします?」
鳳来寺さんという人は穏やかに言ったつもりだろうが、この人は明らかに裏の社会で生きている人だろう。黒塗りの車だって、堂々と停めているのはかなり目立つし、そこの後部座席から降りて来たってことはかなりの重役なのかもしれない。
そんな人が、俺に……用事?んー、あまりヤクザ関係の人に手を出したとかって記憶は無かったはずなんだけれどなあ……。
「まあ、立ち話もなんだろう?それに暴力団の事務所とは言っても別に何かがあるわけじゃないし。意外と普通のところなんだ」
鳳来寺さんは『普通』って言うけれど、あなたが言う普通って、一般人からすると『普通』じゃないってことがほとんどなんだけれどなあ。まあ、予定も無いし……取り敢えずやることも無いし、良いか。
「はぁ、良いですよ。それに外は寒くなってきましたもんねぇ。是非、部屋は暖めて置いてくれると嬉しいです」
『では、乗りたまえ』と鳳来寺さんに促されるままに黒塗りの車の後部座席に乗り込んでいくと、鳳来寺さんも俺に続いて後部座席に乗り込んで来た。こういう車に乗るのは初めてだったりするけれど、かなり座り心地が良いモノらしい。めちゃくちゃ高い車だったりするんだろうか。もしかして、内装とかも特別仕様にされていて鳳来寺さんが過ごしやすいように部下の人たちが気を配って用意した車になっているのかもしれない。
あ。不意にタバコが吸いたくなってきた。しかし、ここは他人の……しかも先ほど知り合ったばかりの人の車。しかも、バカ高そうな仕様をされているからタバコの匂いを付けるわけにはいかないだろう。……困ったな。雀荘から出てくるときに、もう一本吸っておくべきだったか……。
タバコは俺の嗜好品の一つ。他にも好きなモノはあったりするけれど、タバコは一番身近なところにあるから手を出しやすい。タバコの吸い過ぎはいけない?一応、それは分かってはいるんだけれどねえ。でもさ、タバコを吸わないまま、つまらない人生を終えてしまうよりも、タバコを吸って少しでも自分が満足する生き方をしてみた方が楽しいと思わない?……なんて、ね。
麻雀……実を言うとあまり詳しく無いんです(汗)いろいろ名前だとか複雑だし、点数?とかもあれこれあってこんな難しいモノをよく分かってるんですね!って麻雀をやっている人たちを尊敬しています!!
一応、作品的には法律に違反するモノの登場があるため、基本的に15指定をさせていただいています。それでも興味を持っていただけたらこの上なく、嬉しいです!
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