第1話:売れない小説家と異世界の万年筆
神野想人
30代の売れない小説家。異世界「イマジナリア」に転生し、想像した生物を召喚する能力を得る。キャラクター創造は得意だが、ストーリー構築は苦手。オタク知識を活かした独特の召喚能力で、未知の世界を冒険する。
締め切りまで、あと3日。
神野想人は、パソコンの画面を虚ろな目で見つめていた。カーソルは何も書かれていない真っ白な原稿用紙の上で、規則正しく点滅している。それが、想人の目には無言の責め立てのように聞こえた。
「はぁ...」
深いため息が、雑然とした仕事部屋に響く。机の上には積み上げられた参考書や、アニメやゲームのフィギュアが所狭しと並んでいる。壁には、かつて自身が書いたライトノベルのポスターが貼られていた。
デビュー作はそこそこヒットした。しかし、それ以降はパッとしない。最近では、編集者からの電話にも出るのが怖くなっていた。
「なんでだろうな...昔はこんなに苦労しなかったのに」
想人は立ち上がり、窓の外を見た。夜の街が、無数の光の点で彩られている。
「気分転換に、ちょっと外でも行くか」
コンビニに向かう道すがら、想人は自分の創作について考えていた。
(キャラクターを作るのは得意なんだけどな...でも、それを活かすストーリーが書けない)
信号が青に変わり、想人は横断歩道を渡り始めた。
その時だった。
突然のクラクション。眩しいヘッドライト。
「え...?」
そして、空を舞う。
意識が遠のく中、想人の脳裏に過去の記憶が走馬灯のように流れた。
...
...
...
風の音で目を覚ました想人は、見知らぬ草原の中にいた。
「ここ...どこだ?」
空は紫がかった青で、見たこともない形の雲が浮かんでいる。草は緑色だが、その葉の形は地球のものとは明らかに違っていた。
「死後の世界...?それとも夢...なのか?」
立ち上がろうとした瞬間、ポケットの中で何かが当たる感触があった。
「これは...万年筆?」
見たことのない、不思議な模様の刻まれた万年筆だった。
考える間もなく、突如、獰猛な唸り声が聞こえてきた。
振り向くと、オオカミ型の怪物が、牙をむき出しにして近づいてきていた。通常の狼の倍以上はある大きさで、その目は不気味な赤色に光っている。
「う、嘘だろ...」
パニックに陥った想人は、とっさにポケットの万年筆を握りしめた。
その瞬間だった。万年筆が淡い光を放ち、使い方が脳内に流れ込んできた。
(な...何だこれ?)
混乱する想人だったが、オオカミ型の怪物が牙を剥き出しにして襲いかかってくるのを目の当たりにし、咄嗟に空中に文字を書き始めた。
「翼のある小型ドラゴン」
文字が宙に浮かび、まばゆい光に包まれる。そして、その光から一匹の小型ドラゴンが現れた。
体長は2メートルほど、翼を広げれば3メートル近くになる堂々とした姿だ。緑色の鱗に覆われ、黄色い瞳が賢そうに輝いている。
「まさか...本当に出てきた?」
ドラゴンは想人を見つめ、小さな鳴き声を上げた。
オオカミ型の怪物が襲いかかってくる。
「飛んで!逃げるんだ!」
想人の叫びに応じるかのように、ドラゴンは素早く動いた。想人の背中に回り込み、爪でしっかりと服をつかんで空高く飛び上がる。
息をのむような景色が広がった。見渡す限りの草原、遠くには紫がかった山脈。そして、オオカミ型の怪物が地上で無力に吠えている。
小高い丘の上に着陸し、ようやく安全を確保した想人は、深い息をついた。
「ありがとう...助かったよ」
ドラゴンは、まるで返事をするかのように小さく鳴いた。
(これは...俺の想像が現実になったのか?)
想人は再び万年筆を取り出し、ドラゴンに向かって「償還」と書いた。するとドラゴンは光に包まれ、消えていった。
「なるほど...こうすれば返せるのか」
次に、想人は空中に「たくましい白馬」と書いてみる。
すると、本当に立派な白馬が現れた。筋肉質な体つきで、銀色のたてがみが風に揺れている。
「よし、これで移動手段は確保できたな」
想人は、自分の能力に戸惑いながらも、興奮を抑えきれなかった。
(小説を書いていた時も同じだったな...キャラクターを作り上げるのは得意だった。でも、そのキャラクターたちを活かすストーリーを組み立てるのが苦手で...)
遠くに、小さな町らしきものが見える。
(とりあえず、あそこを目指すしかないな)
想人は、召喚した白馬に乗り、未知の世界へと一歩を踏み出した。
...
草原に静寂が戻った。
そよ風が吹き、草が揺れる。すると、草原全体が淡く光り始めた。
ささやくような風の音が聞こえる。
「新たな創造者の芽生えを感じる」
その光は風に乗って、遠くの山々まで広がっていった。
未知の冒険の幕開けだった。