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アリナの家


商会の出口から外に出た私はアリナに大事なことを伝える。


「アリナ、外では私のことをエリスって呼んで。私は今から侯爵家のメイド仲間のエリスよ。敬語も使わないでね、怪しまれるから」

「え、そんなの無理です、お嬢さ…」

「エリスよ」

「…エ、エリス様」

「同僚の、ただのエリスよ」

「エ、エリス」


私の笑顔の圧力に押されたアリナは引き攣った声でエリスと呼んでくれた。

ちょっと不自然だけど、まぁ大丈夫だろう。


「うんうん、その調子よ。じゃあ早速孤児院に行こう。

あ、その前に、子供達へのお土産にお菓子を買わなきゃ。アリナ、案内してくれる?」

「もちろんで…しょ!」

「ふふっ、なにそれ」

「もう、笑わないでください!」


敬語になりかけた言葉をなんとか軌道修正した結果変なテンションになってしまったアリナの様子に思わず私が吹き出してしまい、それにつられてアリナも笑い出してしまった。


「街には、こんなにも沢山の人がいるのね」


馬車ではなく自分の足で実際に歩いてみると、この街のいろいろなことに気付かされる。

見回りをする首都の兵たちや昼間から傭兵や酔っ払いが集う酒場、そして街の所々にある薄暗い裏路地に潜む人々。

馬車の上からだと綺麗な部分しか目に入らなかったが、どうやらこの街にも闇は存在するみたいだ。


「やっぱり治安はあまり良くないの?」

「そんなことないです。革命前に比べればだいぶ治安が良くなったと思いますよ。夜も兵士の見回りがあるので、安心して外を出歩けます」


アリナによると、10年前に起きた大きな革命の前はもっと治安が悪かったらしい。

当時の皇帝は女好きの快楽に溺れた愚帝で、国の財源を使って奸臣と好き放題していたらしい。そしてそのせいで課せられた重税によって餓死する平民が大勢いて、輸入された麻薬も出回り、首都でも白昼堂々の窃盗や強盗が頻発していたとか。

しかし当時の皇帝の甥であるベルムート・レグス・ヴィルドが謀反を起こしてその首を切り落とし、腐敗した皇族や奸臣の貴族を一斉に処刑した。

そして新皇帝は新たな政治体制を築き上げ、優遇されていた貴族から税金を取るかわりに庶民の税金負担を軽くし、貧しい者たちに対して孤児院やシェルター、職業斡旋など様々な救済措置を講じた。

その上、街に蔓延るゴロつきや人身売買の業者を排除する為に治安警備隊が作られ、兵士の巡回も行われるようになり、首都の治安は改善されたらしい。


「今の皇帝陛下は貴族の方々には血の皇帝と呼ばれ恐れられているそうですが、平民にとっては救世主なんです。だから、年に一度の建国記念日は皇帝陛下への感謝を込めて皆で灯籠を飛ばすんですよ」

「そうだったのね…あ、つい流しちゃったけど敬語はダメよ」

「あぁ、またやってしまいました…お嬢様に敬語なしで会話をするのはとても難易度が高いですね」


そう言ってあからさまにショボンとするアリナを見て、可愛いと思ってしまう。

彼女は真面目なので、敬語を抜くのが難しいのかもしれない。


「ふふふっ、わかったわ。こうやって2人で歩いている時は敬語でもいいけど、他の人と会話をする時は敬語を使わないでね」

「はい!わかりました…あ、エリス様、あそこのお菓子屋はいかがですか?

あそこはクッキーがとても美味しいんです」

「わぁ素敵、行こう!」


アリナの言うお菓子屋はこじんまりとしたお店だが、プレーンやアーモンド、チョコチップなど様々な種類のクッキーが売っていた。なんと1ゴールドで10枚も買えるらしい。

今から向かう孤児院には20人ほどいるらしいのでとりあえず15ゴールド分買うことにした。もっと買いたかったが人気店のようだし買い占めるのも良くない。一枚がそこそこ大きいし、計算上1人7枚は食べられるのでなんとかなるだろう。

余った分は私とアリナが食べればいい…うふふ。

私は買ったクッキーが入った紙袋の甘い匂いを嗅ぎ、幸せな気分になりながら歩く。


「孤児院はクッキーの店からどのくらい歩くの?」

「すぐ近くですよ。多分、15分もかからないと思います。ですがすこし裏路地に入らなければならなくて…大通りと違って裏路地は薄暗いこともあってゴロつきや浮浪者の溜まり場になっていてあまり治安が良くないんです。

絶対に、離れないでくださいね」


真剣な表情でそう忠告したアリナに従い、彼女の手をギュッと握った。

そして彼女が私を庇うように前を歩き始めると、なんだかその背中が逞しく見えてくる。とても不思議な気分だ。

普段のアリナは掃除をしている時に花瓶を割りそうになる少しドジなロリっ娘メイドだけど、たまに年齢相応か、それ以上に思える表情や言動を見せる時がある。もしかしたら孤児院では頼り甲斐のあるお姉ちゃんポジションだったのかもしれない。

…そういえば私、侯爵家に来る前のアリナがどこで働いていたのか知らないな。25歳って言っていたし、侯爵家のメイドの前にも仕事をしていたと思うんだけど。


そんなことを考えていると、いつの間にか大通りを外れて、裏通りにやってきたらしい。

今まで見えなかった物乞いやホームレスがちらほら道端に座り込んでおり、中には怪しい露店を出している者もいる。

裏通りは一種のスラム街のようなものなのかもしれない。

だとしたら、小金持ちそうな格好をしている私たちなんてすぐに襲われ、攫われてしまうんじゃないだろうか。

うわぁ、服選び失敗したかも。もっと安い服がないか聞けばよかった。

後悔が頭によぎるが、今更悔やんでも仕方がない。

とにかくすれ違う人たちと目を合わせないようにしながら私はアリナの後をついていく。


しかし歩いて少し経った頃、私は妙なことに気づいた。

すれ違った人達は私たちに襲いかかるような気配は全くなく、それどころかむしろ私たちを避けているような感じがしたのだ。

さっきすれ違ったゴロつきっぽい人も私たちに道を譲らせようとするのではなく、私たちを見て眉を寄せ、さりげなく自分から私たちを避けていた。

これは間違いなくおかしいでしょ!?

だって、あんないかにも盗賊ですみたいな顔の人が何の理由もなく女に道を譲るはずがない。

万が一ぶつかりでもしたら「慰謝料払えよ。それとも死にてえのか、アアン?」とメンチをきるチンピラスタイルに決まっている。

…まぁ、偏見だと言われれば否定はできない。


「着きました、ここが私の育った孤児院です」

「え、もう着いたの!?」


脳内チンピラ劇場を開いていたらいつの間にか到着したらしい。

アリナの育った孤児院はレンガで作られた灰色の少し古い建物だったが、そこそこ大きかった。


「本当にあっという間だったわ…アリナ、ここからは敬語なしね」

「わ、わかった」


さっきの厳しい表情と一転していつもと同じ幼い雰囲気に戻ったアリナは緊張したように返事をする。本当に大丈夫なのか心配だけど、ここまできたら信じるしかない。

そう思って扉をノックすると、14歳くらいの気怠そうな雰囲気を纏った白髪の美少年が扉を開いた。

突然現れた美少年に危うく口を開いた間抜け面を晒しそうになるが、なんとか抑えた私を誰か褒めて欲しい。


「一体誰だよ…って、アリナ姉ちゃん!?」

「ハル、久しぶり。他のみんなは元気にしてる?」

「うん、元気元気、猿みたいに叫んで飛び回ってるよ。ってか、そこの女誰?」

「そこの女!?失礼でしょう!この子は…侯爵家で仲良くなったメイド仲間のエリスよ」


アリナは私がそこの女呼ばわりされたことにブチ切れてゴツンとエグい音が鳴るゲンコツを美少年…ハルくんの頭に落としてから、私を紹介した。

すごい、あのアリナがどこぞのお姉ちゃんみたいなことしてる。

私はそんな瞬間を見れたことに感動しつつ、目の前でゲンコツの痛みに悶えているハルくんに挨拶する。


「こんにちは。アリナのメイド仲間のエリスよ。アリナとはとても仲が良くて、アリナの育った孤児院が見たくて着いてきちゃったの。あ、クッキーを持ってきたから、よかったら皆で食べてね」

「いってぇ〜…あぁ、ご丁寧にどうも。にしてもアリナ姉ちゃんみたいなゴリラとこんな品の良さそうな人が仲良いなんて信じらんね…いっっってぇ〜〜!!そうやってすぐゲンコツするのやめろよアリナ姉ちゃん!俺の頭がへこむだろ!」

「うるさい!つべこべ言ってないでさっさと中に入れて」


2発目のゲンコツをハルくんの頭に落としたアリナは微笑みながらハルくんを威圧し、ハルくんは渋々扉を開いて私たちを招き入れた。

中に入ると、そこは思っていた以上に広い空間で、大勢が座れそうな長い黒いテーブルが2つ並び、それに沿うように椅子がズラッと並んでいた。上にかかるシャンデリアといい、なんというか、有名な魔法学校の食堂を想起させる見た目だ。もちろん、それよりは小さいけど。

部屋の突き当たりには大きな扉と左右に分かれた階段があり、上の階に続いている。

おそらく上の階は居住スペースなのだろう。


「あれ、先生や他の子たちは?」

「年長組は外に出てるけど、ちびっ子たちは先生と上で勉強してる。挨拶してくれば?」

「わかった。じゃあちょっと行ってくるから、エリスはここで待っててく…れるかな。あとハル、失礼な言動は慎まないと容赦しないからね」

「はいはい、りょーかい」


そう言って、アリナはそのまま階段を登っていき、私はハルくんと2人きりになってしまった。

まさか初対面の美少年と2人きりになるなんて…なんだか気まずくて黙ってしまう。

すると気怠げにアリナが登っていった階段を見ていたルビーみたいな赤い瞳がこちらに向いた。


「エリスさん?だっけ。とりあえず座れば?」

「あ、ありがとう…エリスだけでいいよ」


先に座っていたハルくんに促され、机の一番端にある椅子に座る。

スカートになるべく皺ができないように気をつけながら座ると、その様子を見ていたハルくんが机に肘をついてクスッと笑った。


「エリスって、元は良いところのお嬢さんでしょ?なんていうか、所作に上品さが滲み出てる。なんでメイドなんかやってんの?」


どうやらさりげない動きだけで良いところの出身だと悟られてしまったらしい。どうしよう、なんとか誤魔化さなければ。

焦った私は適当な設定をその場で作り上げた。


「わ、私は裕福な商家の生まれで、両親に貴族の作法を学ばせたいからとガノン大商会繋がりでガノン侯爵家のメイドにしてもらったの!」

「へぇ、どおりで良い服着てるわけだ。アリナ姉ちゃんの服も高そうだったけど、アレはあんたがあげたやつ?」

「いいえ、仕えているお嬢様が下さったものよ。

お嬢様がアリナと私にそれぞれ3セットずつ贈って下さったの」


何だか尋問されているような気分になりつつ、なんとか答える。

多分、答えたことはギリギリ嘘じゃないだろう。だってエリスが贈ったものじゃなくて、ルミエリスが贈ったものだし。

そんな苦しい言い訳をしながら内心冷や汗をかきつつハルくんを見る。するとどうやら信じてくれたのか、それともどうでもよかったのか。そのまま受け流してくれた。


「ふーん、貴族がそんな簡単に使用人に上等な服を与えるなんて、金持ちの道楽ってやつ?」

「それは…」

「あ、ちびっ子たちが降りてくる前に持ってきてくれたクッキー出してくるわ」


そう言って立ち上がり、キッチンへ皿を取りに行ったハルくんを見つめる。

さっきの言葉、刺々しい感じだった…

確かに孤児院の子供にとって金持ちの象徴である貴族から贈られる服なんて施しみたいで気持ちの良いものではないのかもしれない。

変装できればいいと考えるばかりで、相手がどう思うかを気にしていなかった。

アリナも本当は嫌だったのかな。

だとしたら悪い事したな…と少し落ち込んでいたその時、階段からドタバタと大勢が降りてくる音がして、意識がそちらへ向かう。


「「「「甘い匂いがする!」」」」


そう叫んで競うように階段を降りてきた10人くらいの幼稚園〜小学生くらいの幼い子供たちがキャッキャと興奮気味に一斉にクッキーを持ってキッチンから出てきたハルくんの元へ駆け寄る。


「おい猿ども落ち着け!ちゃんと席に座って皆で分け合わないとシメるぞ」

「「「「ハルってばこわーい」」」」


怖いと言いながらも全然そう思ってなさそうな子供たちはクスクスと笑いながら椅子に座る。そしてクッキーの皿がテーブルに置かれた瞬間、皆一斉にクッキーに群がった。

でもよくよく子供たちの様子を見ると、奪い合っているのではなく、数を数えてみんなで分け合っている。

幼いのにきちんと躾が行き届いているなんてすごい。普通の家庭でも奪い合ったりするのに…とても思いやりのある子供たちだ。

きっと、先生と呼ばれる孤児院の運営者が思いやりのあるしっかりした人だからだろう。

そう思いながら子供たちを見ていると、階段からアリナと白髪をお団子にまとめた上品な老婦人がゆっくりと降りてきた。

その婦人…おそらく、先生と呼ばれる人はクッキーを食べる子供たちに優しく微笑んで声をかけた。


「あらあら、みんな元気ねぇ。出かけている子達の分を考えて食べましょうね」

「「「はーい!」」」


そんな先生の声に子供たちは元気な返事を返し、自分たちの食べたクッキーと残ったクッキーを数えてそれぞれ分け合っていた。

本当に素晴らしい孤児院だ。


「先生、紹介します。こちらはエリス。私の働いている職場の同僚です」

「初めまして、エリスです。ガノン侯爵家に勤めていて、新人メイド同士アリナとは仲良くさせていただいています。今日はアリナの育った場所を見たくてお邪魔させていただきました」


アリナの紹介を受けて、私は先生に自己紹介する。すると先生は「まぁまぁ」と感動したような表情で私に近づき、両手で私の手をゆっくりと包み込んだ。


「嬉しいわ。アリナがお友達を連れてくるなんて。私はこの孤児院の運営を任されているレーゼ・ウィルガーと申します。

エリスさん、アリナはそちらに迷惑をおかけしていない?」

「先生っ、余計なことを言わないでくださいよ〜!」


私が答える間もなくアリナは私とレーゼさんの前に割り込み、彼女に泣きつく。

レーゼさんの言う迷惑というの何のことを言っているのだろう?

アリナはティーカップや壺を割りそうになってもギリギリ大丈夫なドジっ子なので迷惑と言われるようなことはされた覚えがないのだけど。

そう不思議に思って首を傾げていると、黙って私たちを見つめていたハルくんがニヤニヤと悪どい顔をして言った。


「エリスは知らないんだな。あのなぁ、アリナ姉ちゃんは昔この辺で1番強くて…」

「ハル!!余計なこと言ったら八つ裂きにするわよ!」

「あらあら物騒ねぇ」


ハルくんの言ったことも気になったが、それよりまさかあのアリナから八つ裂きという言葉を聞く日がやって来るとは思わず、驚いてアリナを見つめる。するとアリナはハッと何かに気づいたように慌て出し、私に弁解し始めた。


「あっ、違うの。本当に八つ裂きにするつもりはなくて…えっと、なんというか、言葉の綾というか!」

「いやなんで必死にエリスに弁解してるんだよ。言われたの俺だろ」

「うるさい、それにあんたはエリスって呼び捨てで呼ばないで!」

「エリスがいいって言ったのになんでアリナ姉ちゃんに文句言われなきゃなんねぇんだよ!」

「2人とも落ち着きなさい、お客さんの前ではしたないわよ」


兄弟喧嘩をするように言い合っていた2人が先生の優しい忠告でピタッと言い合いをやめてしまった。

その様子を見て、私は思わず笑ってしまう。


「ふ、ふふふっ、アリナったら、何をそんなに必死に隠しているの?」

「や、えっと、なんというか…昔、ちょっとヤンチャをしていたというか…」


そう言うと、アリナは黙ったまま恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、両手で顔を隠してしまった。

そしてそれに気づいた子供たちがアリナの周りを囲い込み、さらに追い詰める。


「「アリナ姉ちゃん顔真っ赤だー」」

「「なんでなんで?」」

「「お洋服も綺麗だしー」」

「「かわいいのに」」

「「何が恥ずかしいの?」」

「こらこら、揶揄うのはやめなさい。食べ終わったならアリナやハルと中庭で遊んできなさいな」

「「「はーい!」」」

「「え!?」」

「いいから行ってきなさい」


レーゼさんの急な命令に驚いた様子の2人は戸惑いながらも子供たちに引きずられるようにして突き当たりのドアを抜けて中庭へ向かった。

そしてレーゼさんと2人きりになってしまった私はレーゼさんに促されて対面するように座ると、レーゼさんが懐かしそうに話し始めた。


「アリナはね、5歳の時にご両親を亡くしてここにきたのだけれど、その時はまだ世が乱れていて、孤児院も子供にとって安全な場所とは言い難かったの」


当時、運営資金もまともに支給されていなかった孤児院は無法地帯であり、人攫いに子供を攫われることもあれば、運営者が子供を売り渡してしまうこともザラにあったらしい。

そして当時ここの孤児院の運営を任されていたのはレーゼではなく、他の人物で、その人物は子供を売り渡したり虐待するような最悪な人物だったらしい。


「当然、荒んだ環境で育った子供たちは必然的に荒んだ人物になってしまう。ある意味、社会の犠牲者とも言えるわ。アリナはそんな子供たちの1人だったの。」


今から15年前、アリナが10歳になった時に前運営者が失踪し、レーゼさんが縁あってこの孤児院にやってきた時、アリナはこの孤児院を取り締まるリーダー的存在だったらしい。

もちろんレーゼさんのことを信用するわけがなく、言うことなど聞かずに好き放題暴れていた。


「アリナはああ見えて腕っぷしが強くて、ご両親が教えた格闘技も相まって大人の男性にも負けない強さを誇っていてね。子供たちを攫おうとする悪い大人から守ろうとしていたの」


当時のアリナは子供ながらにゴロつきを殴り倒したり、他の子供と協力してスリや恐喝を行って日々暮らしていたらしい。

…どれもこれもアリナのことだとは信じられないような話だ。


「酷い話ばかりだけど、そんなことをさせていたのは私たち大人の責任。だから私は子供たちに真っ向から向き合うことにしたの」


レーゼさんは悪いことをした子供たちを怒るだけではなく、迷惑をかけた先には自分が頭を下げに行き、身銭を切って毎日子供たちにお腹いっぱい食べさせようと努力したらしい。

そうしていくうちにレーゼさんは子供たちに信用されるようになり、レーゼさんが来て3年経つ頃にはアリナもレーゼさんを信用するようになったとか。


「まぁそれでもアリナの喧嘩癖は長く続いて、首都中のゴロつきから恐れられるほどだったのだけど、それも16歳で働きに出始めてからは急に止んで、今に至るのよ」


それを聞いて、ふと、ここに来た時のことを思い出し、納得した。

だから強面のおじさんがこっちを避けたのか。

おそらく裏路地界隈で昔のアリナの噂が未だに残っているのだろう…恐ろしや、アリナのパワー。

まぁそれが治安維持に役立っているならいいのかもしれない。

それにしても、アリナがそんな感じの子供時代を送っていたとはかなり意外で驚いた…だけど、それで私たちの関係が変わることはない。

結局、アリナは昔から優しい人で、誰かを守るために戦える人だということが分かっただけだから。


「アリナは、昔からとても優しい子だったんですね」

「ふふっ、そう言ってくれて安心したわ。

エリスさん、アリナのことをこれからもよろしくお願いしますね」


私の言葉に安心したように笑うレーゼさんを見て、この人がアリナを育ててくれた人で良かったと心の底から思った。

きっとこんな暖かい所で育ったからこそ、アリナは素直で優しい人間に育ったのだろう。


「先生、余計なことは言ってないですよね!?」

「アリナってば、気にしないで大丈夫よ。私はアリナが悪ガキだったとしても大好きだから」

「しっかりバレてるじゃないですかぁ!」


先生の話が終わって間もなく、日が暮れ始めたため戻ってきたアリナは私に自分の過去がバレたことを悟り、心にしっかりダメージを負っていた。

分かるよ、人に黒歴史がバレるって恥ずかしいよね。


「2人とももう帰るのでしょう?寂しいわね。働きに出てる子達が戻ってきたらもっと色々話せるのに」

「さぁ、エリス。もう日が暮れてきたので帰りましょう」

「アリナ姉ちゃん、逃げようとしてるの丸わかりだぞ」


そんな3人のやり取りにクスッと笑いが溢れる。

この世界に来てから家族の団欒に触れたのは久しぶりなこともあって、なんだか別れが寂しかった。


「じゃあアリナ、元気に過ごすのよ。いつでも帰ってきなさいね」

「じゃあな、2人とも。気をつけて帰れよ」


そう言って、扉まで見送ってくれた2人は私たちが見えなくなるまで手を振ってくれていた。

本当に良い人たちだ。


そして私たちは何事もなく裏路地から表通りに出て、たくさんの人たちの流れに沿って馬車を停めてある広場へ向かう。


「アリナには素敵な家族がいるのね、羨ましいわ」

「まぁ、そうですね…自慢の家族です」


はにかみながらそう言いきるアリナの姿を見て幸せな気分になると同時に、愛情深かった両親を思い出して切なくなる。

でも、あの場所に戻ることはもう出来ないから。

私は過去を振りきるようにアリナの腕に自分の腕を絡ませて近づき、ニヤリと呟いた。


「それにしても、まさか裏路地がアリナのテリトリーだったなんてね。

今度は裏路地ツアーしてくれてもいいのよ?」

「へ?…っ違います!なんですかそれは!?」

「あら、照れなくていいのよ。

裏路地のクイーンなんて素敵じゃない」

「勝手に呼び名をつけないでください!!」


アリナを揶揄った私はかけっこのようにアリナを置いて先に広場へと駆け出す。

そしてアリナも私の言葉を叫ぶように否定しながら私を追いかけるように駆け出した。


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