商会
大幅に書き直しました。
ルミエリスの記憶の中に、大国ヴィルド帝国の首都シュリーテは発展したとても美しい街だと学んだ記憶がある。
認めよう、確かにこの街は美しい。
どこまでも続きそうな石畳の道に沿って並ぶ色とりどりなレンガの建物はヨーロッパの街並みを彷彿とさせ、まるで絵本の世界に入り込んだような綺麗さだ。
しかし、この街には大きな欠点が存在する。
「お尻へのダメージが、すごすぎるのよ…」
現代コンクリートと違って凹凸が酷く、ゴツゴツとしている石畳の上で馬車が走るとどうなるか?
…結論、お尻が死ぬ。
とにかく、長年引きこもりだったルミエリスのお尻は街に出て30分でもう限界を迎えていた。多分、シートが貴族仕様でなければもっと早くに私のお尻はお亡くなりになっていただろう。
もう耐えきれない私は向かい側に座るアリナに声をかける。
「ねぇ、アリナ。まだ着かないの?」
「お嬢様、もう少しのご辛抱ですよ。
本当はお屋敷の近くにも貴族の物を取り扱う高級質屋はあるのですが…その店はガノン商会の管理下なんです。私でもさすがにそれはマズいと思いました。」
「バレたら面倒だものね…頑張るわ。」
アリナの意見に納得し、お尻についてはもう少しの辛抱だと信じて耐え続ける。
貴族はどうやってこれを耐えているのか切実に教えてほしい。
この国は所謂大国の一つで、広大な土地を有している。そのため、首都から比較的に近いガノン侯爵家の領地に行くにも1日かかる。
それでもキツいのに、さらに遠い領地に住む貴族は馬車で何日もかけて首都へやってくるらしい…恐ろしい。鉄のお尻でもなきゃ無理である。
そんな馬鹿なことを考えていると、馬車がようやく止まった。
そして先に降りたアリナに支えられながら馬車を降りると、そこには金ピカのデカい建物が建っていた。
何なの…この成金趣味全開の建物は?
「お嬢様、ゴールデン商会へようこそ。」
「まぁ、名前まで成金っぽいわね。」
「あはははは……」
迎えに来た案内人らしいスーツの男を前に思わずボソッと本音が出てしまったが、彼には聞こえておらず、逆にちゃんと聞こえてしまったアリナにごまかし笑いされただけで済んだ。
危ない危ない、せっかくここまで来たのに口が滑ったことで入店拒否されたら悲劇だ。
気を取り直して、案内人の説明を聞きながら建物の中を進む。
中には至る所に創立者らしいアラブ系のちょっと太ったちょびひげおじさんの肖像画やら銅像が飾ってあった。
自己顕示欲が強すぎてもはや面白いまである。
「ゴールデン商会は平民出身の商人ルイ・ゴールデン様が築きあげた商会で、老舗とまでは言えませんが今年で60周年を迎えました。当商会は『安心・高品質・適正取引』を掲げていますので、言葉通り安心してご利用いただけます。本日はドレスの買取と購入ということですので、査定の間お客様専用VIPルームにて商品を自由にご覧ください。」
そう言い終わると案内人は一つの扉の前に立ち止まり、細工が施された銀のドアノブを掴んで扉をそっと開いた。
するとそこには高級そうなアフタヌーンティーセットが置かれた机と革張りのソファーに、マネキンに着せられた多くのドレスが並んでいた。
「うわぁ〜、これとかお嬢様にお似合いなのでは!?いや、こっちも捨てがたい…」
部屋に入り、2人きりになった瞬間興奮した様子のアリナは部屋にあるドレスを真剣に見つめている。
それに対し、私はフカフカのソファーの感触を噛み締めながら美味しいマカロンを美味しい紅茶と一緒にじっくりと味わっていた。
最初金ピカの建物や悪趣味な銅像を見た時は不安だったけど、この商会はサービスがとても良いようだ。商売の基本である『安心・高品質・適正取引』を掲げている所や、貴族ではなく一平民の商人が築き上げてきた商会というのも好感が持てる。
さすが競争が苛烈な王都で長く生き残っている商会…参考になる。
「お嬢様、お茶を楽しむのも良いですけど少しはドレスを見てくださいよ〜!」
そんなことを考えながらお茶を飲んでいると、いくつか絞ったらしい候補を目の前に並べたアリナが困ったような顔をしてこちらを見た。
「ごめんなさい、お菓子が美味しくてつい…ドレスもちゃんと見るわ。」
目の前に並べられた14着ほどのドレスを見て、選んだアリナのセンスに感服する。
並べられたドレスはどれも黒髪に白い肌のルミエリスに似合う寒色系カラーで、胸を強調せず、薄いレースで首元や袖先まで覆われていた。
ピンクのフワフワドレスとは比べ物にならないほど、私に似合うデザインだ。
「やっぱりお嬢様は肌が白く小柄なので、こういった暖色より寒色、そして上品なドレスが似合います!私のおすすめはこの青いドレスです。お嬢様の瞳のように綺麗な青色で、職人が手で編んだであろう複雑な模様のレースはお嬢様の白い肌に映えます!
これを着たお嬢様はきっと妖精のように美しいに違いありません!!」
興奮からか早口で捲し立てるアリナに苦笑いしつつ、私もアリナと同じドレスを1番気に入っていた。妖精という言葉が似合うほどの幻想的な雰囲気を持つドレスで、とても綺麗なのだ。
出会って間もないのに、アリナは家族よりも私のことをよく分かっている。
「流石よアリナ。私もアリナの言うドレスが1番気に入ったわ。他のも気に入ったし、アリナが選んだドレスは全部買ってしまいましょう。」
「これを全部ですか!?」
「ええ。売りに出したドレスも高く売れるでしょうし、どうせ社交界に出るためにもドレスは何着か必要になるから。アクセサリーは亡くなった侯爵夫人のを使えばいいけれど、ドレスは違うもの。」
母親のものは全部私が譲り受けたが、使えそうなアクセサリー以外は自分のドレスと合わせて売ると決めていた。特に愛着があるわけでもないし、なんならさっさと手放したいくらいだったが、母親は腐っても名家の令嬢だったのでアクセサリーは良いものが多い。
元は嫌いな人間の物とはいえ、使えるものは使うべきだろう。
「失礼します。お預かりしていました品々の査定が終わりました。こちらが買取金額になります。」
ノックして入ってきた従業員の男は銀のお盆に小切手を乗せ、それを私に差し出してきた。
小切手を受け取ると、そこには7万ゴールドと書かれていた。
「なかなか悪くないわね。」
査定内容を見ると、どうやら母の遺品の小物が良い金額で売れたみたいだ。まぁ元々が良い物だから当然と言えば当然かもしれないけど。
私はその金額に満足したことを表すように微笑み、そのまま小切手をお盆に置いてから目の前に並ぶドレスらを指差した。
「この並んでるドレスと、平民の少女が着るようなワンピースと靴を私とアリナでそれぞれ3セットほど欲しいのだけど、おいくらかしら?」
「ありがとうございます。ドレス14着とワンピースと靴が6セットで7万600ゴールドになりますが…ガノン侯爵令嬢様には今後もご贔屓いただきたいので、7万ゴールドでいかがでしょうか?」
つまり、値引きするからまた来てねということか。
従業員の営業スマイルを見ながら、私は頭の中で素早く算盤をはじく。
この国の平民の平均年収が1万ゴールドで、日本円換算すると大体500万円くらいでしょ?それでおそらくドレスが14着で7万ゴールド、1着あたり約250万円。そしてワンピースと靴が6セットで600ゴールド、つまり1セットあたり約5万円くらいか。ワンピースは平民でも小金持ちくらいが着そうな価格だが、おそらく私が貴族令嬢だから本当の平民が着るような服は売るつもりがないのだろう…まぁ商売ってそういうもんか。
ドレスは適正価格だと思うし、ワンピースと靴もタダにしてくれるっていうんだから、多少高級なものでも別に構わない。
よし、乗った。
「それでお願いするわ。ドレスは我が家の別館宛に送って欲しいのだけど、ワンピースと靴の方は1セットずつ、すぐに用意していただけるかしら?ここで着替えていきたいの。」
「分かりました。すぐにご用意致します。」
そう言って従業員はまた小切手の乗ったお盆を持って扉の外へ出ていった。
結局今回売った分のお金は貯金できなかったけど、必要経費だから仕方ない。マイナスが出なかっただけラッキーだ。
それにどうせ他に売れる物は沢山あるのだ。
それはこれからのお楽しみ…と想像してニヤニヤしていると、先ほどから私の隣で不思議そうにしているアリナが口を開いた。
「お嬢様、平民のフリをして出かけたいことは分かったのですが、何故私の分も買ってくださったのですか?」
「何故って、平民の隣にメイド服を着た貴女がいたら不自然じゃない。私に着いてくる貴女も変装した方がいいわ。それに、今日はアリナが住んでた孤児院に行ってみたいの。」
「え!?私の孤児院ですか?それは…なんというか…あそこはお嬢様が行くような所じゃない、といいますか…」
私の言葉に、アリナは抵抗感を露わにした。
孤児院はその特性上治安が良い場所にあるわけではないし、色々とリスクが高いから連れて行きたくないと思うのは侍女として当然だろう。
だけど、将来一般庶民として生きていく可能性を考えて、今この国の行政がどこまで機能しているのか確認しておきたい。
そのためにも、末端の公営組織である孤児院を見学することができればとても参考になるはずだ。
「アリナも知ってる通り、私は世間知らずで、首都を歩いた記憶もないくらいこの国のこと何も知らない。でもこれからは積極的に色々なことを学びたいし、貴族としてこの国で1番弱い立場にある子供たちをどうやって支援していくべきかについても知りたいの。
だからお願い、アリナの育った孤児院を見せてくれないかしら…」
手を組みながらアリナの目を見て必死にお願いすると、アリナは折れたようで、仕方なさそうにため息をついた。
「はぁ…分かりました、ご案内します。
でも、次回こういう事があったら事前に言ってください。自分の服を持ってくるので。」
「え、私が買った服じゃダメかしら?」
もしかして私が買ったのが気に入らなかったのかなと思い、しょぼんとしながらアリナを見つめると、アリナは必死に首を振った。
「いえいえ、違います!むしろ私にこんな高級な服と靴を買っていただけるなんて大変ありがたく思っています!
ですが、私の育った孤児院はなんというか、乱暴な子供が多くてですね…綺麗な洋服を汚す可能性が高いので…」
「あぁ、そういうことだったの!子供って元気たっぷりだものね。大丈夫、そのために3セット買ったのよ。汚れたり破れたりしても怒ったりなんてしないから安心してちょうだい。」
少し高級な洋服だけど、今の私にとっては大したことない金額だ。それに、もっと街に慣れてきたら普通の服屋でお手軽な服も買えるようになるだろう。子供たちとの交流で今の服や靴が汚れても怒るなんてありえないし、そんなことは気にしないでほしい。
そのことをアリナに伝えると、アリナは何故か可哀想な子を見るような目で私を見て、何かを決心したように私の手を掴んだ。
「安心してください、お嬢様の服は私が守りますから。」
「まぁ、面白い冗談ね。」
アリナの意味不明な誓いに思わず笑ってしまっていると、ノックが聞こえ、従業員が中に入ってきた。
「失礼します、着替えの準備が整いました。こちらへどうぞ。」
どうやら話していた間に準備ができたらしく、着替えるためにそれぞれ別の部屋に案内される。
そして案内された着替えの部屋には黒い皮のショートブーツに青と白を貴重とした襟付き長袖ワンピースと皮でできた黒いショートブーツが置かれていた。
なんだこれは…ワンピースはお任せにしたのでどうなるかと思ったが、とても可愛くて気に入った。
そして着替え終わった後の自分を見て、ふと考える。
顔の彫りが深いこの国の人達と違って何故か見た目が普通の日本人女性に近いルミエリスだが、やっぱり衣装が良いとなんだか良く見える気がする。
馬子にも衣装というやつだろうか。
「ワンチャン、アジアンビューティ好きを狙えば愛のある玉の輿婚狙えるかしら。」
そんなことを一瞬夢見たが、すぐに目を覚ました。アジアンビューティって、そもそもこの世界にアジアなんて無いじゃないか。
現実逃避をしようと儚い夢を見てしまった。
やっぱり彫りが深い顔が一般的だからこの顔はブスとまではいかなくても冴えない地味顔だろう…運命の出会いでもない限り誰かに愛されるのは難しいかもしれない。
だとしたらやっぱり信じられるのはお金よね…お金さえ手に入れればいずれ平民の誰かと恋に落ちることだってできるかもしれないし。
「ルミエリスの為にも、愛とお金を手に入れるために頑張らないと。」
そう呟き、準備が整ったのを確認して外に出ると、既にアリナが着替え終わっていて、私の姿を見て興奮した。
「さすがお嬢様、とてもお似合いです!」
「ありがとう、アリナもとても似合ってるわ。」
「そうでしょうか?でも私はやっぱり高級な服は着慣れないです…」
そう言うアリナはどこか居心地が悪そうだが、着ているワンピースは本当に似合っていると思う。
白を基調としたワンピースの肩から腰まで続くフリルと胸元の大きなリボン、そして茶色い腰のベルトが可愛らしくて、アリナのロリっぽい見た目を活かす術をよく分かっている。
これを選んだ従業員には拍手を送りたいくらいだ。
「そのうち慣れるから安心して、さぁ、行きましょう?」
そう言って私はアリナの手を掴み、従業員に案内されながら出口へ向かう。
良い買い物をしたわ…あまりに成金臭がする外装はいただけないが、中身は素敵な商会だった。
私に余計な詮索をしなかったし、今後もお世話になるだろう。
素敵な買い物ができたことに喜びながら、私は外の世界へ一歩を踏み出した。