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生まれ変わった人形


もう、時間がない。


呼吸が、今にもできなくなりそうな中、いつの間にか骨のようになってしまった私の手を涙を流して握る両親を見る。

本当は親よりも長生きして恩返しするはずだったのに、最期まで親を心配させてしまった。

最期にせめて、感謝の言葉を伝えたいけれど…私の身体は4年前に発覚した病のせいで随分と前から自由に動かすことができなくなっていた。

だからせめて、唯一動かせる眼球を使って2人にメッセージを送った。


『愛してくれて、ありがとう。

私は幸せだったよ。』


これが私が最期に送る両親へのメッセージ。

2人がちゃんとこれからも幸せに生きていけますように。

そう祈りながら私は27歳の生涯に幕を閉じた。




死んだ後、私は何もない真っ白な空間に立っていた。


「ここが、あの世…?」


思った言葉がそのまま声に出て、感動する。

私、喋れてる。立ってる。自由に動かせる!

自分の思い通りにならない身体から解放された喜びが溢れた。


「これで自由だ〜!!!」


そう叫び、その場から走り出して前に進む。

この先に待っているのが天国か地獄かは知らない。

だけどとにかく今はこの自由の喜びに浸りたくて、無我夢中で走り続けた。

そんなことをしていたら、私の少し前に真っ白な空間にポツンと蹲った子供が現れた。


「まさか、あの子も死んじゃった子じゃないよね?」


私は自分だって若く死んだ方だと思うのに、子供だなんて…酷すぎる。

せめて、一緒にいてあげなければ。

そう思ってその子の元へ駆け寄ると、6歳くらいの長い黒髪の女の子はベージュのドレスを着てシクシクと泣きながら蹲っていた。


「お嬢ちゃん、大丈夫?…って、大丈夫なわけないか。辛いよね、1人でこんなところに来るなんて。」


私は覚悟ができていたし、ここに来た時も病から解放された喜びが勝ったけど、普通はそうじゃない。突然死んでしまってこんな何もない真っ白な空間に投げ出されたら、大人だって泣き叫ぶか発狂するだろう。

今はとにかく、この子に寄り添ってあげるべきだ。


「ねぇねぇ、隣に座ってもいい?」

「………うん。」


少女は私の声を聞いて落ち着いたのか、泣き止んで、顔を上げた。

少女の顔は日本でめずらしい澄んだ青色の瞳だったが、それ以外は一重に小さくて低い鼻のアジア人顔で、中世ヨーロッパ風のドレスとはミスマッチだったが、十分に愛らしい子だった。

その顔に残った涙の跡に胸が苦しくなって、思わず隣からギュッと抱きしめた。


「よしよし、急にこんなところに来て1人で怖かったねぇ。お姉さんが一緒にいてあげるからもう安心だよ。」


身体に力が入ったままの彼女の頭をゆっくりと撫でる。すると、身体の力は徐々に抜けて、少女は私の胸に顔を擦り付けて大声で泣き始めた。


「グスッ、私ね、ずっと、苦しかったの。誰にも、愛されなくて、必要、じゃないから。」


そうやって、過呼吸になりながらも必死に訴える少女の頭をギュッと抱き寄せる。

こんなに苦しんでいるなんて、どれだけ酷い環境でこの子は育ったんだろう。

愛されないまま死んでしまうなんて、どれほど悲しかっただろう。

想像するだけで胸が苦しかった。


「大丈夫、大丈夫だよ。私はあなたのことが大好きだよ。だからもう泣かないで。」


私が両親や友人達から与えられた愛情を少しでもこの子に分けてあげられますように。

そんなことを思いながら少女の背中を撫でる。

少し経つと、少女は落ち着いたようで、短い腕で私をギュッと抱きしめながらこちらを見た。


「…お姉ちゃん、私はね、ルミエリス・ガノンっていうの。お姉ちゃんのお名前は?」

「私は、白沢ひかり。ひかりっていうのが名前でね、輝く光に因んでつけられた名前なんだ。」

「すごい!エリスも同じだよ!ルミエリスは光って意味なんだって乳母が言ってたの!お姉ちゃんとお揃いなんてうれしいなぁ。」


そう言って嬉しそうに眼を輝かせる少女に、こちらも頬が緩んでしまう。

名前は外国語のようだけど、日本人じゃないのだろうか?それともハーフかな。

まぁそんなことはどうでもいいか、もう死んでしまったのだし。


「ねぇねぇ、お姉ちゃんは何でここにいるの?」

「うーん、なんていうか、お姉さんは身体が動かなくなる病気になっちゃって、息ができなくなって死んじゃったんだ。そして気づいたらここにいたの。」


そう言うと、女の子はわからなそうに首を傾げる。

そうなるよねぇ…だってまだ6歳くらいに見えるし、死という概念すらよく理解してないんじゃないだろうか。


「お姉ちゃんは、もっと生きたい?」

「そうだね…本当はもっと生きたかったけど、私の身体じゃそれは無理だったから。」


本当はもっと長生きしたかった。

親に恩返ししたかったし、友達と旅行にも行ってみたかった。

でもそれはもう叶わないと知っている。

それに、あの不自由な身体のまま生きていても周りの人に迷惑をかけてしまうだけだったから、死ねたことに安心している自分もいた。


「そっかぁ…じゃあ、エリスの身体あげる。」

「え?」


エリスの身体あげる?

それってこの子の身体をってこと?

一体どういうことなんだ?


「エリスはね、本当はもっと大人なの。でも誰にも愛されなくて…辛くて、ずっとここに閉じこもってたんだ。」


そう言って彼女は天井を指差した。

すると真っ白な空間に突然映像が流れる。

それは15歳くらいのルミエリスが質素な部屋で座りながらただボーっと窓の外を見ている映像だった。

その瞳に光はない。


「感情がなくて、人形のルミエリスって呼ばれてるの。しょうがないよね、本当の私はずっとここにいるんだもん。

魂と身体が離れているせいで身体が弱ってて、あと少しで終わる予定だったけど…でも、お姉ちゃんがここに来たってことは、きっとこれが運命なんだ。」


そう言って、ルミエリスは私をギュッと抱きしめた。

そしてその身体がキラキラと光始める。


「お姉ちゃんは初めて私を愛してくれた人だから、私の記憶も、身体も、全部お姉ちゃんにあげる。」

「だ、ダメだよ!そんなことしたらルミエリスちゃんはどうなるの!?」


そんなのダメだ。私はこの子の人生を奪い取りたくて近づいたわけではない。

私はもう死んだ人間で、元の場所に戻るべきなのは彼女なのだ。

そんな私の考えを読み取ったのか、ルミエリスは無邪気に微笑む。


「大丈夫。私はお姉ちゃんの中にずっといるよ。お姉ちゃんの魂に溶け込むだけ。

それが、私の望む幸せだから。」

「そんな…」


キラキラと光りながら徐々に半透明になった彼女は私の顔を小さな両手で包みこんだ。


「お姉ちゃんは強い人。だから私じゃ耐えられなかった苦しみも、痛みも、お姉ちゃんならきっと乗り越えられる。

ありがとう、私に愛を教えてくれて。

お姉ちゃんはこんなに良い人なんだもん。

絶対に、幸せになってね。」


ルミエリスはそう言って微笑み、私の頬にキスを落とした。

するとそこから光が溢れ始め、徐々に強くなって周りを包み込む。

その眩しさに私も思わず眼を瞑った。


「…っ、ルミエリスちゃん!」


気がついて眼を開くと、そこはさっき映像で見た部屋だった。

木でできた最低限の家具しかない、質素な小さい部屋。

慌てて鏡を見ると、さっき見た少女と全く同じ、年頃でおとなしそうな女の子がそこにいた。ただし先ほどと違って、目に光が宿っている。

どうやら私は本当にルミエリス・ガノンになってしまったらしい。


「まさか、そんな…本当に?」


そう言って彼女を探すように胸に手を当てると、頭に彼女の記憶が突然流れ込んできた。


ルミエリスは生まれた時から孤独な少女だった。

父親のユリス・ガノン伯爵は母親のエリザベス・ミューラ侯爵令嬢に一目惚れされ、当時先代ガノン伯爵の借金があったこともあり、政略結婚した。


しかしエリザベスはこの世界ではあまりいないアジア人系の顔で、美しい顔とはいえないだけでなく、自分勝手で傲慢な令嬢だったため、ガノン伯爵は第一子であるユーグリットが産まれた後も彼女を愛することができなかった。


そんな時、ガノン伯爵はとある平民のメイドと恋に落ちた。花のように明るいメイドが、氷のように冷たい男の心を溶かしたのだ。

しかしその時はまだ自身の商会の経営が軌道に乗っておらず、借金という負い目から離婚ができなかったガノン伯爵は妻の嫉妬を恐れて安全な場所にその女を隠した。そしてそれから少し時が過ぎた頃、彼らの間に子供ができた。

そのほぼ同時期、ガノン伯爵に女がいることを察知したエリザベスは女を殺さないことを条件にもう1人子供を作ることを夫に要求し、やがて私…ルミエリスが産まれた。

私が産まれた時、エリザベスは自分にそっくりなその姿を見て鬼のような形相で私を投げ捨てようとしたらしい。

「ユリス様にも似てないこんな子、要らないわ!」と叫んで。

もちろん、父も私を愛するわけがなく、生まれてから何日かして乳母に請われてようやく私を一目見て、「そうか」と言って乳母に全てを任せてしまった。まぁその時は愛人の子も産まれていたので、父はほぼ家に帰らず、私どころではなかったのだろう。

そして両親から捨てられた可哀想な私は乳母のザーラによって名付けられ、彼女の手元で育った。

エリザベスの侍女だったザーラは色々なことを教えてくれ、私に常に完璧であることを求めた。彼女は私が間違いを犯すと、ムチでふくらはぎを叩いた。


「お嬢様はエリザベス様のお子、ひいては偉大なミューラ侯爵家の血を引くものなのです。常に完璧でなければありません。」


完璧でなければ、お父様にもお母様にも愛されないし、会うこともできない。

お兄様も私に無関心だけど、私もお兄様みたいに完璧になれば家族と仲良くなれるはず。

そう思い込んで育った私はザーラの言う通りにして、完璧な貴族令嬢としての礼儀と知識を学んで身につけていった。


しかし6歳の時、全ては覆った。

エリザベスの父であるミューラ侯爵が死んでしまったのだ。表向きは病死とされていたが、当時政治革命によって多数の処刑が行われていたこともあり、粛清による死だということは明らかだった。

そしてミューラ侯爵家の名誉は守られたものの、病弱な長男に家督が譲られてからミューラ侯爵家は表舞台から姿を消したことで、家族社会では実質的に滅んだものと見られていた。

そうして後ろ盾を失った母はミューラ侯爵は政治革命の過程で父に嵌められたのだと叫び、父への愛憎が入り混じって徐々に狂っていった。


その頃、父は当時の政治革命の貢献者として伯爵から侯爵に昇格し、同時に自分の作った商会が大成功して、ミューラ侯爵家にお金を返したとしても余裕があるほどの財力を得た。

一気に母と立場が逆転した父は母を私が住んでいた別館に閉じ込めて軟禁し、お花みたいなピンク色の髪の愛人セーラと6歳の娘アマリリスを本館に招き入れた。

彼女たちが父に迎えられた日、私は別館の窓からアマリリス達をお兄様とお父様が迎える瞬間を見ていた。お父様は駆け寄るアマリリスを愛おしそうに抱き上げ、何故だかお兄様とセーラも親しげに抱きしめ合っていた。


なんで、知らない子が私の居場所を奪うの?


私抜きの家族団欒を見た時、私の心にヒビが入った音がした。

アマリリスの姿はまるで平民そのもので、挨拶もしないで抱きしめるなんてはしたないこともしているのに…彼女は愛されている。


「私は、あんな風に抱きしめられたことはないのに…」


もちろん、母もその瞬間を窓から見て発狂し、部屋にあるものをそこら中に投げつけ、八つ当たりのように使用人達まで傷つけていた。

私はそれに巻き込まれそうになりながらもなんとか逃げて、クローゼットに隠れて一晩中泣いていた。


いつだったか、アマリリス達がこの屋敷にやってきてしばらく経ったある日。父が殺気を漂わせながら別館にやって来て、母の部屋に入っていった。

私は慌てて母の部屋の前に行くと、「やっと会いに来てくださったのね。」と嬉しそうに言った母はすぐさま父に殴られ、倒れ込んだ。父は慌てて止めに入った使用人達によってなんとか抑えられているが、今にも母を殺しそうな雰囲気だった。


「お前、お前がセーラをっ!」

「ふふ、あははははっ、あの女、ようやく死んだの!?苦労して毒を盛った甲斐がありましたわ。」


そうやって喜び、狂ったように笑う母を見て、父が剣を抜く。それを見て使用人が怯んでしまった隙に、父はそれを母の胸に突き刺した。

母は血を吐きながら、笑った。


「あの女に侯爵夫人の座は渡さないわ。」


そう言い残し、笑顔のまま息絶えてしまった。

その様子を震えながら見ていた私は部屋を出ていく父と目が合ってしまった。


「…忌々しい。連れていけ。」


冷たく吐き捨てられた言葉に、心が凍る。

…ザーラは、ザーラはどこなの?

唯一の頼れる人を求めてザーラを探しに部屋へ行くと、ザーラは服毒自殺していた。

遺された手紙には、セーラの毒殺に関わっていることと故郷の家族をよろしく頼むとだけ書かれていて、私はついに壊れてしまった。


私は、誰にも必要とされない子。


そうしてルミエリスの魂は身体から切り離され、白い空間に閉じ込められた。

魂が空っぽになった器は生きてはいたが、何も考えることなく、何も感じないらしい。

使用人達はそんな人形のようなルミエリスを気味悪がり、別館には最低限の使用人しか寄りつかない。

そうやって、ルミエリス・ガノンは別館で1人静かに暮らしてきた。


そんな記憶を見て、私は涙がポロポロと溢れる。

こんなの、酷すぎるじゃない。

ルミエリスは何も悪くないのに、幼い頃から心を踏み躙られて、大事にしてもらえなかった。

子供の愛は無償の愛なのに、それにも気づかないで…この家の人間には心底腹が立つ。


腐敗した貴族の孫?顔が可愛くない?傲慢で嫉妬深い母親?

だから何だっていうの!?(ルミエリス)が何か悪いことした?


それらの理由は全て(ルミエリス)のせいじゃない。

正妻の娘が、粗末に扱われる理由にはならない。

こんな陳腐な乙女ゲームみたいな設定なんかクソ喰らえ。


「どうせ跡継ぎの兄と愛人の娘である妹は愛されて、贅沢な生活してるんでしょ?」


私は愛を注がれて育った人間だからわかる。

血が繋がっているとはいえ、あんな父親に愛されるなんて幻想は抱くだけ無駄だ。

愛が貰えないのなら、せめて償ってもらおうじゃないの。


「手始めに、部屋の改装でもしてもらおうかしら。」


そう思って、私は年に一度渡される古臭いベージュのドレスを着て、別館から外へ一歩を踏み出した。


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