新しい命
新しい命が生まれようとしていた。サラが王妃になって約一年。吸血鬼には二つ種族を増やす方法がある。一つは人間の首などに牙を立てて五分一の確率で人間を吸血鬼にすること。そしてもう一つは当たり前だが吸血鬼同士で結婚して子供を産むことである。ユーリル王国はもう「旧ユーリル港湾都市」という名にはふさわしくないほど国土が広がっていた。人が住める可住面積が拡大していったのだ。失われた土地を回復させる。魔族や人間が一丸となれば出来るではないか。
と言ってもまだ吸血族の人口は十名ほどであとは出稼ぎ労働者なのだが。
そんなユーリル王国の王となったユーリルはとうとう王妃サラが新たな命を宿していたことが分かった。
本当はカラの傍に居てやりたい。しかし碌に医療設備がない国での出産は大変危険という事でサラは里帰りしていた。クローフィ城の傍にある病院に。ユーリルは王である。本当は出産時には一緒に駆け付け出産を見守りたいところである。しかし緊急時対応の観点から国を離れる事が出来ない。だって……国王だから。
水晶球越しに出産現場を見るユーリル。執務室に水晶を備えてくれた関係者には本当感謝の念でいっぱいだ。そしてその声は聞こえて来た。新しい命の声が。
――男の子ですよ! 元気です!!
助産師が水晶を写しているようだ。水晶越しに国民が喚起する。
「「第一王子誕生、ばんざーい!!」」
――あなた……やったわ。見てる? 新しい命よ。私たちの国の王子。そして私たちの子。
「ああ、見えてるぞ。聞こえてるぞ」
水晶越しに手を繋なごうとする。
――臍帯血、取りますね
看護師の声が聞こえる。どういう意味だと聞くとへその緒の中に含まれる血だという。なんと白血病などの難病に使うという。そう、吸血族は生まれた時からもう血を活用しているのだ。そして今や人間族も魔族も臍帯血を活用しているという。特に魔素中毒になると白血病にかかりやすい。だから他人事じゃないのだ。
(生きている)
ユーリルは己の墓碑に没年を勝手に刻まれたあの忌まわしき出来事を思い出す。だけど、僕たちは、生きている。
――あなた、この子の名前は帰ったら考えましょうね。
「ああ、ゆっくりしていってくれ」
(それにたぶん、この子だけの出産じゃないだろうしな)
窓を見る。喜んでる市民の傍にあるのは樹や草原。もうここは死の砂漠ではない。防御壁も遠くに見える。新緑の季節だ。ユーリルは吸血鬼になってからもう二年になろうとしていた。
「今度は吸血族の病院に行かずともここで医療が出来るようにしないとな」
「「王様、そうですよ!」」
ゴーレムたちが言う。ゴーレムは本来セメントなどで補修するので関係ないのに他の種族の事まで考えてる。申し訳ねえ。ありがとう。
この出産現場に自分の父や母が居ないのが残念だが。そう、サラの父と母は出産に駆け付けていた。母・サレイと父・モレイだった。結婚式以来の出会いだった。
――ユーリル君、サラと息子を不幸にしたら君を許さない
笑いながら言ってるけど笑えないよ。お父さん。水晶越しで苦笑いする国王。
そう、新しい「お父さん」と「お母さん」と呼べる存在も居た。
生きている。生きている場所を作るのが王の役目なんだね。
(そうだ。『生きる』という名前を一部入れよう。リレーベン。だめかなあ?)
サラに怒られたら止めとくけど。新緑の時期に何度も生まれ変わる命という意味だ。僕の名前ユーリルという名は冬至の時に何度も生まれ変わるという意味の名を授かったように自分の人生のテーマを子に授けよう。でもそれは親のエゴなのかな。でも僕はいつか吸血族と人間の垣根を本当の意味で超えるような人生に、国にしてみせる。
ユーリル王国の命は海も大地も輝いていた。
<真・END>




