【最終任務】あなたの笑顔を守ること
コンコンコン
「姫様、シリウス参りました」
「……どうぞ入って」
ガチャ
「ごめんなさいね、こんな夜遅くに呼び出してしまって」
「いえいえ、姫様がお呼びになられたら、このシリウス、どこからでも駆け付けますので」
「うふふ、流石私に対する忠誠心はピカイチね」
「お褒めに預かり光栄です」
姫様は椅子に腰掛けながら、微笑む。
「あ、いつまでも立ってないで、どうぞそこに座って」
「はい、失礼します」
「紅茶もどうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
差し出された紅茶を一口。
……美味しい。
「どう?美味しいかしら?」
「えぇ、すごく美味しいです」
「そう、それは良かったわ。……隣国の王子が美味しい茶葉だと言って持ってきただけあるわね」
「……」
「そう言えば、貴方が私の部屋に来るのも今回が初めてね。」
「そうですね、はい」
「どう?私のお部屋は?」
「……うーん、とても可愛らしいお部屋だと思います。こう言ったらなんですが、姫様らしいという感じですね」
「……それは私も可愛いという事で良いかしら?」
「お、あ、いや、えっとぉ、まぁ……そういうことです、ね」
「……ウフフ、アハハハッ、ごめんなさい、意地悪しちゃったわね」
向かいに座る姫様は目尻の涙を拭いながら、そう言う。
「でも、まさか真面目な貴方がここまで狼狽えるとは思ってもいなかったわ」
「……お恥ずかしい限りです」
「いいのよ、それがあなたの良い所なのだから。気にしないで」
俺は恥ずかしい気持ちを隠すかのように、紅茶をまた一口飲む。
「それにしても……貴方が可愛らしいと言ったこの部屋とも、もう別れを告げなくてはならないのね」
「……」
「あぁ、もう、そんな顔をしないで。私はそんな怖い顔をしている貴方は嫌いよ?」
「……申し訳ありません。……ですが、やはり俺は納得できません。姫様が隣国の王子の妃になるなんて」
「……仕方が無いのよ。貴方もこの国が経済的に瀕している事を知っているでしょ?」
「……はい」
「そのせいで農民や町民などの平民と貴族たちの貧富の差が生まれてしまったわ。結果的に平民たちは私たちに不満を持つようになってしまい、暴動などが起こるように……」
「……」
「そんな時だった、隣国からの援助の提案があったのは。……私達からしたら、それが希望だったのよ。この国を守る、たった1つの」
「ですが、奴らはその見返りに姫様を……。……隣国の王子については良いうわさを聞きません。やはり考え直しを!」
「……もう変えられないわ。先日の会議で決まってしまったのだから。王である父上も賛成なさっていたし、私にはどうにもできない……」
「ですが……!」
「仕方がない事なのよ。この国を『国』としてあり続けるには誰かが犠牲にならないといけないの。今回はそれが私だっただけだわ」
「……」
「……明日にはもう、荷物をまとめてここから出ていかないといけないのね」
姫様は席から立ち、無駄に大きい窓から外の夜空を眺める。
……俺はただジッとその後ろ姿を見ることしかできない。
無力だ……
拳をグッと握りながら、そう思う。
少し無言の時間が続き、話のきっかけを掴めずにいると、姫様が口を開く。
「貴方、ここに仕えるようになってから何年経つかしら?」
「……確か8年ほどかと」
「そう……もうそんなに経ったのね。時がたつのは早いわ」
「そうですね……」
「だって、貴方、初めて会った時はまるでもやしのようにヒョロヒョロだったのよ。それなのに、今じゃあこんなにもがっしりと立派になって」
「あははは、些か過去の話は恥ずかしいですな」
「それに初対面なのにあんなことを言うなんて。うふふ、覚えてる?貴方が最初に私に会った時の言葉」
懐かしい、そして恥ずかしい……
「……覚えておりますよ。確か――」
「あぁ、言わなくていいわ。覚えているのならそれで良いの……。……ちゃんと覚えているのね」
「……姫様?」
「い、いえ、何でもないわ」
「そうですか……」
そこで会話が途切れる。
姫様は黙り込んだまま。
だが、何故か逡巡した様子でこちらを見ている。
そして、心の中で何かが決まったのか、口を開く。
「ねぇ、シリウス」
「はい、何でしょうか」
「貴方、私のためにすべてを失う覚悟が出来ているかしら」
「もちろんですとも、この体、地位は全て姫様御身のために」
「そう……ならどうか私のことを攫ってくれないかしら?」
「……姫様、それは命令ですか?」
「いえ……お願いよ。明日からもうこの国のお姫様じゃなくなってしまう、そんな残酷な運命にとらわれた私の……最初で最後のお願い」
「そう……ですか……」
一瞬固まる。
だが、答えは決まっている。
「……その願い引き受けましょう」
「えっ、ホント!?……貴方、この願いに乗るという事は今までの地位も名誉も何もかも失ってしまうことになるのよ。そ、それでも良いの?」
「たとえ、そうだとしても1番大切なものは失いたくありません」
「シリウス……」
「それに俺は最初に言った言葉を忘れていませんから」
俺がそう言うと、姫様の目から大粒の雫が流れ落ちる。
……多分、今まで我慢していたのだろう。
小さくも大きい後ろ姿も、ただ大きく見せていたのかもしれない。
俺はまだ泣き止みそうにない、姫様の事を優しく抱きしめる。
柔らかく、温かい。
「姫様、ご安心ください。このシリウスが命を懸けて姫様を攫って見せますので」
「シリウス……ありがとう……」
「いえ、こちらこそ最後に俺を頼っていただきありがとうございます」
姫様はまだ泣き続けている。
この姫様の事は絶対に守らなけらばならない。
姫様に最初に言った言葉及び俺の最終任務は
姫様の笑顔を守ることなのだから。
皆さんこんにちわ 御厨カイトです。
今回は「【最終任務】あなたの笑顔を守ること」を読んでいただきありがとうございます。
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