予知能力者と千年後の未来
「ああ……始まった」
着ている服が、下着が、家具やテレビ、パソコンが……そして私の住んでいるボロアパートそのものが、あっという間に砂粒となり崩れて消えていってしまいました。この瞬間だけは、高層マンションの綺麗な夜景が一望できる部屋の持ち主でなくて本当に良かったと心から思います。
物心ついたときから、幾度となくこの幻覚に襲われてきました。おそらく未来予知の一種ではないかと推測しています。ただし漫画や小説で描かれるような、近い未来をそのまま視ることができる便利な能力ではなく、数百年、あるいは数千年後に残っているものしか視えなくなってしまう、ちょっと厄介な能力なのです。
歴史や科学の専門家ではありませんから、どれだけ先の未来なのかは正確に分かりません。そもそも、大地や海や青空以外に残るものなんてめったにお目に掛かれないのですから、確かめる方法もありません。それでも、今の私はこの力を結構気に入っています。
触覚をたよりに見えない椅子に腰かけたまま、見えないマウスを使ってスクロールすると、何もない空間に文字が、正確には小説のタイトルがするすると浮かび上がってきました。
「やった、今日は当たりだ!」
この奇妙な未来予知を使った最近の趣味。それは、千年後にも人類に読まれ続けている、いわば未来の歴史的名著を探すことです。物質はほとんど消え去ってしまうのに対して、こういったデータ類に関しては遠い未来でも意外と保存されることになるようで、予知の発動中、2割程度の確率で作品と遭遇できます。
「へえ、このエッセイ、こんなに面白いのにまだ誰も読んでないんだ。じゃあ、せっかくなので未来の枕草子に記念すべき初評価とブックマークしちゃいますか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、この佐藤栞という人物について説明できる人はいますか?」
「はい! 本名・経歴等は一切明らかになっていませんが、彼女は当時ネットに投稿されていた膨大な作品の中から、後に文豪として後世に名を遺す小説家の無名時代の名作を数千作以上密かに見出していた優秀なスコッパーで、『令和の無自覚万葉集撰者』と呼ばれています」
「その通りです。彼女が一体どのような手法で奇跡的な偉業を成し遂げたのかは分かっていませんが、その功績は文芸界の歴史に計り知れない影響を与えたことだけは確実です。彼女のアカウントに保存されたブックマークは、イニシャルとスーパースペシャルを掛けて『SSブックマーク』と名付けられ、文学研究の基礎となっています。本日は、そのSSブックマークナンバー913の小説を授業で扱っていきます……」